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第I部 わが国を取り巻く安全保障環境

➋ 湾岸地域情勢

13(平成25)年6月、イランの大統領選挙においてローハニ候補が選出され、E3+3(英仏独米中露)との協議を進めた結果、同年11月、核問題の包括的な解決に向けた「共同作業計画」の発表に至り、14(平成26)年1月から同計画の第一段階の措置の履行が開始された。そして、15(平成27)年7月14日には、イランの核問題に関する最終合意「包括的共同作業計画」(JCPOA:Joint Comprehensive Plan of Action)が発表された。これを受け、同年7月20日にはJCPOAを承認する国連安保理決議第2231号が採択された。本合意においては、イラン側が濃縮ウランの貯蔵量及び遠心分離機の数の削減や、兵器級プルトニウム製造の禁止、IAEAによる査察などを受け入れる代わりに、過去の国連安保理決議の規定が終了し、また、米国・EUによる核関連の独自制裁の適用の停止又は解除がなされることとされた1。16(平成28)年1月16日、IAEAがイランによるJCPOAの履行開始に必要な措置の完了を確認する報告書を発表したことを受け、米国はイランに対する核関連制裁を停止し、EUは一部制裁を終了したほか、安保理決議第2231号に基づき、イランの核問題にかかる過去の国連安保理決議の規定が終了した。

その後も、IAEAは、イランが合意を遵守していることを累次確認しているが、トランプ米大統領は18(平成30)年5月、現在のイランとの合意では、完全に履行されたとしても短期間で核兵器を完成させる寸前までたどり着ける、また、弾道ミサイル開発への対応に失敗しているなどと指摘したうえで、米国は合意から離脱すると表明した。トランプ政権は同年11月に、JCPOAのもとで解除されていた制裁を全て再開2するとともに、米国はイランと新しくより包括的な合意(ディール)を行う用意があるとし、イランに対して交渉のテーブルに着くことなどを要求している。一方、イランは米国による制裁の再開に反発し、19(令和元)年5月、JCPOAから離脱するつもりはないとしつつ、JCPOAで規定されている濃縮ウランと重水の貯蔵量制限遵守義務の停止を発表した。続く同年7月には第2段階としてウラン濃縮度の制限遵守義務の停止を、9月には第3段階として新型遠心分離機の無制限の研究開発の推進を、11月には第4段階としてフォルド地下濃縮施設におけるウラン濃縮活動の開始を発表した。20(令和2)年1月にはJCPOAの義務履行停止措置の最終段階として、濃縮能力に関する制限遵守義務を放棄する旨発表した。こうした動向について、同月、英仏独はJCPOAに規定される紛争解決メカニズムに基づきJCPOA合同委員会に付託するとともに、イランがJCPOAに基づく義務を再び完全に履行することを求めた。これに対しイランは核合意の問題が国連安保理に通知された場合、NPTからの脱退も検討する姿勢を示すとともに、欧州が合意を履行すれば、イランも合意遵守に戻ると表明した。

こうした状況の一方で、米国は19(令和元)年5月以降、自国の部隊や利益などに対するイランの脅威に対応するためなどとして、空母打撃群や爆撃機部隊などの派遣について発表した。こうした中、同年6月、イランはホルムズ海峡上空の領海で地対空ミサイルにより米国の無人偵察機を撃墜したと発表した。米国は撃墜された事実を認めたが、国際空域であったと主張するとともに、トランプ米大統領が報復攻撃を実行寸前で中止したことを明らかにした。同年7月には、米国はホルムズ海峡上空で米強襲揚陸艦が防衛的な措置としてイラン無人機を撃墜したことを明らかにした。

さらに、同年5月、サウジアラビア中部の石油パイプライン施設が無人機による攻撃を受け、原油輸送が一時的に停止した。また、同年9月には、サウジアラビア東部の石油施設が攻撃を受け、同国の原油生産量が一時半減した。これらの攻撃については、当初、イランが支援しているとされるイエメンの反政府武装組織ホーシー派が犯行声明を発出したが、米国などは9月の攻撃についてイランの関与があったと指摘している。一方で、イランはこれを一貫して否定している。

こうした事態を受け、米国は同年5月以降、中東への米軍の展開兵力を拡大し、イランへのけん制を強めている。例えば、同年7月、03(平成15)年以来およそ16年ぶりにサウジアラビアに部隊を駐留させるとともに、9月及び10月に防空ミサイル部隊などの追加部隊の派遣を発表した。

一方、19(令和元)年10月以降、イラクにおいて米軍駐留基地などに対する攻撃が多発した。同年12月にはイラク北部の基地にロケット弾が着弾し、米国人1名が死亡した。米国は、この攻撃にイランが関与しているとし、イランが支援しているとされるシーア派3武装組織のひとつである「カターイブ・ヒズボラ」の拠点を空爆した。さらに、20(令和2)年1月、米国は、さらなる攻撃計画を抑止するためとして、同組織の指導者とともにイラク国内で活動していたイラン革命ガード・コッヅ部隊のソレイマニ司令官を殺害した。米国は、従来から海外でテロ組織を支援しているとしてコッヅ部隊の活動を問題視しており、19(平成31)年4月にはイラン革命ガードをテロ組織に指定していた。イランは、ソレイマニ司令官殺害に対する報復として、イラクにある米軍駐留基地に弾道ミサイル攻撃を行った。しかし、この攻撃による死者は発生しなかったとされており、また、イランのザリーフ外相は、イランは相応の報復措置を完了し、さらなる緊張や戦争を望まない旨表明した。また、トランプ大統領も同日、イランに対して軍事力を行使したくない旨を述べるなど、米国・イラン双方ともに、これ以上のエスカレーションを回避したい意向を明確に示した。

イランによる弾道ミサイル攻撃を受けたイラクにある米軍駐留基地の被害状況【AFP=時事】

イランによる弾道ミサイル攻撃を受けたイラクにある米軍駐留基地の被害状況
【AFP=時事】

解説イラン革命ガードとは

イラン革命ガードは、1979(昭和54)年のイラン革命を機に、イラン革命と革命の成果の防衛を役割として設立されたイランの国家組織の一部であり、正規軍や内務省傘下の治安維持軍とともにイラン・イスラム共和国の軍隊を構成している。対称戦を遂行する正規軍と異なり、革命ガードは、一般に非対称戦の遂行を主任務とし、小型舟艇、弾道ミサイルなど非対称戦の装備を運用しているとみられる。

また、隷下部隊に海外工作を担うコッヅ部隊を擁しており、国外の親イラン派の活動や指導者への支援を通じ、地域に影響力を行使しているとの指摘もある。

こうした状況の一方で、19(令和元)年5月以降、中東の海域では、民間船舶の航行の安全に影響を及ぼす事象が散発的に発生した。具体的には、19(令和元)年5月、オマーン湾においてタンカー4隻(サウジアラビア船籍2隻、アラブ首長国連邦・ノルウェー船籍各1隻)が攻撃を受け、また、同年6月にはオマーン湾でわが国の海運会社が運航するケミカルタンカー「コクカ・カレイジャス」を含む2隻の船舶が攻撃を受けた。一連の攻撃について、米国などはイランによる犯行であると指摘する一方、イランは一貫して関与を否定している。なお、「コクカ・カレイジャス」への攻撃については、関係国などから入手した情報、船舶の被害状況についての技術的な分析、関係者の証言などを総合的に検討した結果、わが国としては、本事案における船舶への被害は、吸着式機雷4により生じた可能性が高いと考えている。

19(令和元)年6月にオマーン湾で攻撃を受けて炎上する石油タンカー「フロント・アルタイル」【EPA=時事】

19(令和元)年6月にオマーン湾で攻撃を受けて炎上する石油タンカー
「フロント・アルタイル」【EPA=時事】

このように、中東地域において緊張が高まる中、各国は地域における海洋の安全を守るための取組を開始した。米国は19(令和元)年7月、海洋安全保障イニシアティブを提唱した後、国際海洋安全保障構成体(IMSC:International Maritime Security Construct)を設立して、同年11月にその司令部がバーレーンに開設された。IMSCには、米国に加え、英国、豪州、サウジアラビア、UAE、バーレーン、アルバニア及びリトアニアの7か国が参加している(20(令和2)年4月現在)。また、欧州においては、20(令和2)年1月、フランス、オランダ、デンマーク、ギリシャ、ベルギー、ドイツ、イタリア、ポルトガルの欧州8か国がホルムズ海峡における欧州による海洋監視ミッション(EMASOH:European Maritime Awareness in the Strait of Hormuz)の創設を政治的に支持する声明を発表し、これまで、フランス、オランダがアセットを派遣している。

その一方で、イランは、19(令和元)年9月、ペルシャ湾及びホルムズ海峡の安全を維持する独自の取組として、「ホルムズの平和に向けた努力(HOPE:HOrmuz Peace Endeavor)」構想を提唱し、関係国に参加を呼びかけた。また、イランは、同年12月、海上交通路の安全を確保するためなどとして、オマーン湾などで中国及びロシア海軍と初の3か国合同軍事演習となる「海洋安全ベルト」を実施した。

わが国としては、引き続き、湾岸地域情勢をめぐる今後の動向を注視していく必要がある。

1 JCPOAにおけるイランに対する主な核関連の制約としては、ウラン濃縮関連では、ウラン濃縮のための遠心分離機を5,060基以下に限定すること、ウラン濃縮の上限を3.67%にするとともに、保有する濃縮ウランを300kgに限定すること、プルトニウム製造に関しては、アラク重水炉は兵器級プルトニウムを製造しないよう再設計・改修し、使用済核燃料は国外へ搬出すること、研究開発を含め使用済核燃料の再処理は行わず、再処理施設も建設しないことなどが含まれる。ケリー米国務長官(当時)によれば、本合意により、イランのブレークアウトタイム(核兵器1個分の核物質の取得にかかる期間)は、JCPOA以前の90日以下から、1年以上になる。また、JCPOAはあくまで核問題にかかる合意であるため、国際テロ、ミサイル、人権問題などにかかる制裁は停止又は解除されるものに含まれない。

2 具体的には、イラン政府による米ドル購入の禁止、イランからの石油・石油製品・石油化学製品の購入の禁止、イラン中央銀行などの金融機関との取引の禁止などが含まれる。19(令和元)年5月には、一部国・地域への石油などの購入の禁止にかかる適用除外措置も廃止された。

3 イスラム教の二大宗派のひとつ。スンニ派との分裂は、イスラム教を興した預言者ムハンマド(632年没)の後継者(カリフ)をめぐる考え方の違いに由来する。現在、シーア派は、イランで国教に定められているほか、イラクでも約6割を占める。最大宗派であるスンニ派は、中東・北アフリカ地域のイスラム教国の大半で多数を占める。

4 水中武器の一種。一般的に、船舶の航行を不能にすることなどを目的として、船体などに設置して起爆させる。