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第I部 わが国を取り巻く安全保障環境

第7節 南アジア

➊ インド

1 全般

広大な領土に13億を超える人口を擁し、近年着実な経済発展を遂げているインドは、世界最大の民主主義国家であり、南アジア地域で大きな影響力を有している。また、アジア・太平洋と中東・ヨーロッパを結ぶ海上交通路を有するインド洋のほぼ中央という、戦略的及び地政学的に重要な位置に存在しているインドは、「インド太平洋」という概念が国際社会に浸透しつつあることもあいまって地政学的プレーヤーとして存在感を増しており、国際社会からもインドが果たす役割への期待が高まっている。

19(令和元)年5月に発足した第二次モディ政権は、外交面では南アジア諸国との関係を強化する近隣諸国優先政策を維持しつつ、「アクト・イースト」政策に基づき関係強化の焦点をアジア太平洋地域へと拡大させているほか、米国、ロシア、欧州などとの関係も重視する積極的な対外政策を展開している。国防分野においても、インド洋を中心に海洋安全保障への取組を重視しており、各国との連携を深めている。15(平成27)年10月に公表した海洋安全保障戦略では、貿易をインド洋に依存しているため、同海域を重視するとともに、ペルシャ湾や紅海からマラッカ海峡などを含む自国を中心とした広い海域を国益が存在する「主要関心地域」と規定し、近隣海域における安全保障提供者になるとしている。

一方、中国及びパキスタンと国境未画定地域を抱えているほか、国内においては、多様な民族、宗教、文化、言語を抱えていることもあり、極左過激派や分離独立主義者などの活動や、パキスタンとの国境をまたいで存在しているイスラム過激派の動向も懸念されており、インドにとって陸上国境への備えや国内でのテロの脅威への対処は引き続き大きな関心である。

2 軍事

インドは、特に海軍力及び空軍力の近代化において、海外からの装備調達や共同開発を推進しており、世界第2位の兵器輸入国であると指摘されている1。また、「メイク・イン・インディア」イニシアティブのもと、海外企業の国内国防産業への直接投資の拡大や、他国との技術協力強化を通じた装備品の国産化を推進している。

このうち、海上戦力としては、通常動力型のロシア製空母「ヴィクラマディチャ」を運用しているほか、フランス、イタリアの支援を受けて通常動力型の国産空母「ヴィクラント」を建造中である。また、潜水艦については、12(平成24)年4月にロシア製のアクラ級攻撃型原子力潜水艦「チャクラ」をリース方式により導入したほか、19(平成31)年3月にも別のアクラ級潜水艦のリース契約を締結した。また、ロシアの支援を受けたインド初の国産の弾道ミサイル原子力潜水艦「アリハント」が16(平成28)年8月に就役したと伝えられており、20(令和2)年1月、インドは水中プラットフォームから潜水艦発射弾道ミサイル「K-4」の試験発射を実施した。さらに、フランスと協力して通常動力型潜水艦6隻の自国生産を進めており、17(平成29)年12月に1番艦「カルバリ」、19(令和元)年9月に2番艦「カンダーリ」がそれぞれ就役したほか、19(平成31)年1月には、外国企業と協力して別の通常動力型潜水艦6隻の国産プロジェクトを推進していくことを決定している。このほか、米国から購入したP-8I哨戒機8機をインド南部の基地に配備しており、16(平成28)年7月には追加4機の購入契約を締結している。

一方、航空戦力としては、多目的戦闘機導入計画の一環として、16(平成28)年9月にフランス製ラファール戦闘機36機を同国から購入する契約に署名し、19(令和元)年10月から引き渡しが開始された。

参照図表I-2-7-1(インド・パキスタンの兵力状況(概数))

図表I-2-7-1 インド・パキスタンの兵力状況(概数)

なお、インドは、03(平成15)年に発表された核ドクトリンに基づき、最小限の核抑止、核の先制不使用、核兵器非保有国への不使用、98(平成10)年の核実験の直後に表明した核実験の一時休止(モラトリアム)の継続などを維持している。また、各種弾道ミサイルの開発、配備を推進しており、18(平成30)年12月に「アグニ5」の、19(令和元)年11月に「アグニ2」の発射試験を実施したほか、射程が最大で1万kmに及ぶとされる「アグニ6」の開発にも着手していると伝えられており、弾道ミサイルの射程の延伸などの性能向上を追求しているとみられる。巡航ミサイルについては、ロシアと共同開発した超音速巡航ミサイル「ブラモス」を配備しているほか、極超音速巡航ミサイル「ブラモスII」や弾道ミサイル防衛システムも開発中である2

3 対外関係
(1)米国との関係

インドは、米国との関係強化に積極的に取り組んでおり、米国もインドの経済成長にともなう関係拡大に加え、インドを普遍的価値や地域における戦略的利益を共有するパートナーとみなす認識の高まりを背景に対印関与を促進している。両国は、わが国も交えて「マラバール」3などの共同演習を定期的に行っているほか、近年、米国はインドにとって主要な装備調達先の一つになっている4

16(平成28)年6月にモディ首相が訪米した際には、米国はインドを「主要な国防パートナー」と認識していることを表明した。同年8月には、国防相による共同声明において、米国はインドとの防衛分野の貿易及び技術の共有を最も緊密な同盟国及びパートナー国と同等の水準まで引き上げることに合意したほか、後方支援協力に関する覚書に調印している。

17(平成29)年6月、モディ首相が訪米し、トランプ米大統領との初の首脳会談を実施した際には、引き続き、戦略的パートナーシップを強化していくことで両国は一致した。また、18(平成30)年9月には初となる米印「2+2」閣僚会合を実施し、先端防衛システムへのアクセスを促進し、インドが保有する米国製プラットフォームの最適な活用を可能とする通信互換性安全保障協定を締結した。さらに、19(令和元)年11月、両国は初となる多軍種共同演習「タイガー・トライアンフ」を実施し、インド側からは陸海空軍が、米側からは海軍及び海兵隊が参加した。

(2)中国との関係

参照本章2節3項6(3)(南アジア諸国との関係)

(3)ロシアとの関係

参照本章4節6項5(2)(アジア諸国との関係)

(4)南アジア諸国・東南アジア諸国との関係

インドは、15(平成27)年6月に公表した「変容する外交」の中で、南アジア諸国との関係を強化する近隣諸国優先の方針を明確にした。こうした方針に基づき、インドは、19(令和元)年11月、スリランカとの間でテロ対策等のために45億米ドルを、18(平成30)年12月にはモルディブとの間で経済開発等のため47億米ドルをそれぞれ援助することで合意している。このほか、バングラデシュとの間では、17(平成29)年4月に経済開発等のため45億米ドルをインドが援助することで合意するとともに、防衛分野における5億米ドルの援助を含む防衛協力に関する覚書を締結している。

東南アジア諸国などのアジア太平洋地域に所在する国々に対しては、「アクト・イースト」政策に基づき、二国間・地域的・多国間での関与を継続し、経済・文化関係を促進するとともに、戦略関係の発展を図るとしている。インドはロシア製装備品の運用経験を活用し、ベトナムやマレーシアなどロシア製装備品を運用する国に対して能力構築支援を行っている。また、19(令和元)年9月、インド、シンガポール、タイの3か国による初の海上合同演習が実施された。

1 SIPRI YEARBOOK 2019が実施した14(平成26)年から18(平成30)年までの統計による。

2 「アグニ5」は、射程約5,000~8,000km、移動型で3段式固体燃料推進方式の弾道ミサイル、「アグニ6」は、射程約8,000~10,000km、3段式固体/液体燃料推進方式の弾道ミサイル、「ブラモス」は、射程約300~500km、固体/ラムジェット推進方式の超音速巡航ミサイルと指摘されている。また、弾道ミサイル防衛システムは、高度80kmまでの高層用ミサイル(PAD)と高度30kmまでの低層用ミサイル(AAD)による2段階の迎撃システムを開発中と指摘されている。

3 「マラバール」は米印の二国間海軍共同演習であったが、日本は07(平成19)年から参加しており、「マラバール17」、「マラバール18」及び「マラバール19」は日米印3か国の共同訓練として実施した。

4 SIPRI YEARBOOK 2019が実施した14(平成26)年から18(平成30)年までの統計による。