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第I部 わが国を取り巻く安全保障環境

➋ 韓国・在韓米軍

1 全般

17(平成29)年5月に発足した文在寅(ムン・ジェイン)政権は、対北朝鮮政策について、18(平成30)年4月の南北首脳会談における「板門店宣言文」や同年9月の南北首脳会談における「9月平壌共同宣言」などに基づき、南北関係の改善及び緊張緩和を重視している。文在寅政権による対北朝鮮政策が、南北関係にどのような影響を与えていくか、引き続き注目していく必要がある。

韓国には、朝鮮戦争の休戦以降、現在に至るまで陸軍を中心とする米軍部隊が駐留している。韓国は、米韓相互防衛条約を中核として、米国と安全保障上極めて密接な関係にあり、在韓米軍は、朝鮮半島における大規模な武力紛争の発生を抑止するうえで大きな役割を果たすなど、地域の平和と安定を確保するうえで重要な役割を果たしている。

2 韓国の国防政策・国防改革

韓国は、約1,000万人の人口を擁する首都ソウルがDMZから至近距離にあるという防衛上の弱点を抱えている。韓国は、「外部の軍事的脅威と侵略から国家を守り、平和的統一を後押しし、地域の安定と世界平和に寄与する」との国防目標を定めている。この「外部の軍事的脅威」の一つとして、かつては国防白書において「主敵」あるいは「北朝鮮政権と北朝鮮軍は韓国の敵」との表現が用いられていた。しかし、19(平成31)年1月に発刊された「2018韓国国防白書」においては、引き続き北朝鮮の大量破壊兵器は朝鮮半島の平和と安定に対する脅威であるとしつつも、北朝鮮を敵とする表現は消え、「韓国の主権、国土、国民、財産を脅かし、侵害する勢力をわれわれの敵とみなす」との表現が用いられている。また、同白書では、全方位からの安全保障脅威への対応を強調している。

韓国は、国防改革に継続して取り組んでいる。近年では、18(平成30)年7月、全方位からの安全保障脅威への対応、先端科学技術を基盤とした精鋭化及び先進国家にふさわしい軍隊育成を3大目標とする「国防改革2.0」を発表した。本計画では、北朝鮮の脅威に対応するための戦力の確保を引き続き推進するとしたほか、兵力削減や兵役期間の短縮などが盛り込まれている。

3 韓国の軍事態勢

韓国の軍事力については、陸上戦力は、陸軍21個師団と海兵隊2個師団、合わせて約46万人、海上戦力は、240隻、約25.5万トン、航空戦力は、空軍・海軍を合わせて、作戦機約620機からなる。

韓国軍は、北朝鮮の脅威はもとより、未来の潜在的な脅威にも対応する全方位国防態勢を確立するとして、陸軍はもとより海・空軍を含めた近代化に努めている。海軍は、潜水艦、大型輸送艦、国産駆逐艦などの導入を進めており、現在はステルス性を備えた次世代戦闘機としてF-35A戦闘機の導入が推進されている。

17(平成29)年11月、韓国政府は、北朝鮮の武力挑発への抑止力を高めるため、1979(昭和54)年に米韓両政府間で合意された、自ら保有する弾道ミサイルの射程などについて定めたミサイル指針について、弾道ミサイルの弾頭重量制限を解除する改定を行ったことを発表した。また、北朝鮮の核・ミサイルの脅威に対応するため、韓国軍のミサイル能力の拡充に加え、ミサイルなどによる迅速な先制打撃を行い、北朝鮮の指揮部を直接狙って反撃するシステムである「戦略打撃体系」と、「韓国型ミサイル防衛システム」(KAMD(Korea Air and Missile Defense))の構築などに取り組み、対象も北朝鮮のミサイル脅威対応から、全方位からの安全保障脅威への対応に変更されている。

弾道ミサイルについては、例えば、射程300~800kmとされる「玄武(ヒョンム)2」を実戦配備しているとみられるほか、17(平成29)年のミサイル指針改定で弾頭重量の制限が撤廃されたことを受け、新たな弾道ミサイルを開発中とみられる。巡航ミサイルについては、例えば、地対地巡航ミサイルとして、射程約500~1,500kmとされる「玄武3」や、艦対艦・艦対地巡航ミサイルとして、最大射程1,000km~1,500kmとされる「海星(ヘソン)」系列のミサイルを実戦配備しているとみられる。なお、潜水艦「島山安昌浩(トサンアンチャンホ)」や「2020~2024国防中期計画」で導入することとされている合同火力艦に弾道ミサイルを将来的に搭載すると報じられている。

さらに、韓国は近年、装備品の輸出を積極的に図っており、17(平成29)年の輸出実績は契約額ベースで約32億ドルに達し、06(平成18)年から11年間で約13倍となっている。輸出品目についても通信電子や航空機、艦艇など多様化を遂げているとされている。

なお、2020年度の国防費(本予算)は、対前年度比約7.4%増の約50兆1,527億ウォンとなっており、00(平成12)年以降21年連続で増加している。なお、「国防改革2.0」によれば、韓国は国防費を年平均で7.5%増加させていくとしている。

参照図表I-2-3-8(韓国の国防費の推移)

図表I-2-3-8 韓国の国防費の推移

4 米韓同盟・在韓米軍

米韓両国は近年、米韓同盟を深化させるため様々な取組を行っている。

平素から首脳レベルで米韓同盟の強化について確認するとともに、具体的な取組として、両国は、13(平成25)年3月に北朝鮮の挑発に対応するための「米韓共同局地挑発対応計画」に署名したほか、同年10月の第45回米韓安保協議会議(SCM:Security Consultative Meeting、両国防相をトップとする協議体)において、両国は、北朝鮮の核・大量破壊兵器の脅威に対応する抑止力向上の戦略である「オーダーメード型抑止戦略(Tailored Deterrence Strategy)」を承認した。また、14(平成26)年10月の第46回米韓安保協議会議においては、北朝鮮の弾道ミサイルの脅威に対応する「同盟の包括的ミサイル対応作戦の概念と原則(4D作戦概念)」に合意し、15(平成27)年11月の第47回米韓安保協議会議において、その履行指針を承認した。さらに、16(平成28)年1月の北朝鮮による核実験の強行などを受け、米韓両国は、同年7月に在韓米軍へのTHAAD(Terminal High Altitude Area Defense)28配備を公式に決定し、17(平成29)年9月に同システムの臨時配備が完了した。加えて、同月の米韓首脳会談において、韓国や周辺地域に、米国の戦略アセットの循環配備を拡大することで合意した。

米韓合同軍事演習について、北朝鮮との対話の進展を受けて、米韓両国は、18(平成30)年6月、同年8月に予定されていた米韓合同軍事演習「フリーダム・ガーディアン」及び今後3か月以内に予定されていた米韓海兵隊による2回の訓練を停止する旨発表したほか、同年10月には、米朝の外交プロセス継続のためのあらゆる機会を提供するため、毎年11月から12月に行われる定例の空軍演習の「ヴィジラント・エース」の中止を発表した。さらに、19(平成31)年3月、毎年3月から4月にかけて行われる「キーリゾルブ・フォールイーグル」演習の「終結」を発表するとともに、「同盟(ドンメン)」と呼ばれる連合指揮所演習を実施したほか、19(令和元)年8月、連合指揮所演習を規模や名称等を明確に公表しないまま実施した。同年11月には、外交的努力と平和を促進する環境をつくるための善意の措置として、米韓合同空中訓練を延期する旨発表した。20(令和2)年2月には、新型コロナウイルス感染の拡大を防止するため、米韓連合訓練を延期すると発表した。

一方、両国では、米韓連合軍に対する戦時作戦統制権の韓国への移管29や在韓米軍の再編などの問題についての取組が進められている。まず、戦時作戦統制権の韓国への移管については、10(平成22)年10月に移管のためのロードマップである「戦略同盟2015」が策定され、15(平成27)年12月1日までの移管完了を目標として、従来の「米韓軍の連合防衛体制」から「韓国軍が主導し米軍が支援する新たな共同防衛体制」に移行する検討が行われていた。しかし、北朝鮮の核・ミサイルの脅威が深刻化したことなどを受け、第46回米韓安保協議会議において、戦時作戦統制権の移管を再延期し、韓国軍の能力向上などの条件が達成された場合に移管を実施するという「条件に基づくアプローチ」が採られることが決定された。韓国は戦時作戦統制権の移管に必要な、核・ミサイルの脅威の抑止及び対応のための「核心軍事能力」を23(令和5)年までに整備するとしている。また、18(平成30)年10月の第50回米韓安保協議会議では、戦時作戦統制権移管後は、未来連合軍司令部として米韓連合軍司令官に現在の米国軍人に代わり韓国軍人を置くことを決定したほか、19(平成31)年に韓国軍の運用能力についての基本運用能力(IOC:Initial Operating Capability)評価を実施することを決定した。19(令和元)年8月には、連合指揮所演習においてIOC検証が実施された。同年11月の第51回米韓安保協議会議では、同演習がIOCを検証する上で重要な役割を果たしたことが確認され、20(令和2)年に未来連合軍司令部に対する完全運用能力(FOC:Full Operational Capability)評価を実施することとされた。

在韓米軍の再編問題については、03(平成15)年、ソウル中心部に所在する米軍龍山(ヨンサン)基地のソウル南方の平沢(ピョンテク)地域への移転や、漢江(ハンガン)以北に駐留する米軍部隊の漢江以南への再配置などが合意された。その後、平沢地域への移転が移転費用の増加などの事業上の要因により遅延したほか、戦時作戦統制権の移管延期に伴い、米軍要員の一部が龍山基地に残留することや、北朝鮮の長距離ロケット砲の脅威に対応するため在韓米軍の対火力部隊を漢江以北に残留することが決定されるなど、計画が一部修正された。17(平成29)年7月に米第8軍司令部が、18(平成30)年6月に在韓米軍司令部及び国連軍司令部が平沢地域に移転した。在韓米軍の再編は、朝鮮半島における米国及び韓国の防衛態勢に大きな影響を与えるものと考えられるため、今後の動向に引き続き注目する必要がある。

在韓米軍の安定的な駐留条件を保障するため、在韓米軍の駐留経費の一部を韓国政府が負担する在韓米軍防衛費分担金については、20(令和2)年5月時点で、第11次防衛費分担特別協定の締結に向けて米韓が協議している。

解説在韓米軍防衛費分担金とは

在韓米軍防衛費分担金とは、在韓米軍の安定的な駐留条件を保障するため、在韓米軍の駐留経費の一部を韓国政府が負担するもので、防衛費分担特別協定(SMA)に基づき、91(平成3)年から支援が開始された。最近では第10次防衛費分担特別協定が19(平成31)年2月10日に結ばれたが、第11次協定が結ばれないまま、19(令和元)年末に失効した。米国は、20(令和2)年1月にポンペオ米国務長官とエスパー米国防長官が連名で「韓国は同盟国、扶養家族ではない」と題した寄稿をするなど、韓国に負担増を求める一方で、韓国側は「合理的で公平な合意が導き出されるべき」との立場を示しており、同年5月時点で、協議が続いている。

5 対外関係
(1)中国との関係

中国と韓国との間では継続的に関係強化が図られてきている一方、懸案も生じている。13(平成25)年11月に中国が発表した「東シナ海防空識別区」が、韓国の防空識別圏と一部重複し、また排他的経済水域の管轄権をめぐって中韓の主張が対立している暗礁・離於島(イオド)(中国名・蘇岩礁)周辺海域上空なども含んでいたことから、韓国政府は同年12月、韓国防空識別圏の拡大を発表し、同月から発効させた。韓国は、中国機が韓国の防空識別圏に繰り返し進入しているとしてその都度抗議してきている。

中国は在韓米軍へのTHAAD配備について、中国の戦略的安全保障上の利益を損うものであるとして反発しているが、この点、17(平成29)年10月、中韓両政府は、軍事当局間のチャンネルを通じ、中国側が憂慮するTHAADに関する問題について疎通していくことで合意した。また、17(平成29)年12月に文在寅大統領が就任後初めて訪中し、首脳間のホットラインを構築し緊密なコミュニケーションを続けていくとともに、ハイレベルな戦略的対話を活性化していくことなどで合意している。「2018韓国国防白書」においても、中国との戦略的疎通の強化が明記されている。

(2)ロシアとの関係

韓国とロシアとの間では、軍事技術、防衛産業、軍需分野の協力について合意されている。12(平成24)年には初の韓露国防戦略対話が開催され、同対話を定例化することで合意したほか、13(平成25)年11月には、プーチン大統領が訪韓し、政治・安保分野における対話の強化などを盛り込んだ共同声明を発表した。

18(平成30)年6月には文大統領が韓国大統領として19年ぶりにロシアを国賓訪問したほか、同年8月、国防戦略対話を実施し、同対話を次官級に格上げすること、空軍間のホットラインを設置することなどに合意した。

他方、ロシアは在韓米軍へのTHAAD配備について、米国のミサイル防衛網の一環であり、地域の戦略的安定を損うとの理由で反対している。

28 ターミナル段階にある短・中距離弾道ミサイルを地上から迎撃する弾道ミサイル防衛システム。大気圏外及び大気圏内上層部の高高度で目標を捕捉し迎撃する。弾道ミサイル防衛システムについては、III部1章2節参照

29 米韓両国は、朝鮮半島における戦争を抑止し、有事の際に効果的な連合作戦を遂行するための米韓連合防衛体制を運営するため、1978(昭和53)年から、米韓連合軍司令部を設置している。米韓連合防衛体制のもと、韓国軍に対する作戦統制権については、平時の際は韓国軍合同参謀議長が、有事の際には在韓米軍司令官が兼務する米韓連合軍司令官が行使することとなっている。