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第II部 わが国の安全保障・防衛政策

5 わが国の防衛の基本方針

1 基本方針

以上の策定の趣旨、安全保障環境を踏まえ、新防衛大綱はわが国の防衛の基本方針を明らかにしている。

まず、わが国は、国家安全保障戦略を踏まえ、積極的平和主義の観点からわが国自身の外交力、防衛力などを強化し、日米同盟を基軸として各国との協力を進めてきたこと、日本国憲法の下、専守防衛に徹し、他国に脅威を与えるような軍事大国にならないとの基本方針に従い、文民統制の確保や非核三原則を守ってきたこと、そしてこのような平和国家としての歩みを決して変えることはないことを明示した上で、わが国が、これまでに直面したことのない安全保障環境の現実の中で、国民の生命・身体・財産、領土・領海・領空及び主権・独立を守り抜くといった、国家安全保障戦略に示した国益を守っていかなければならないとしている。

その中にあって、新防衛大綱は防衛の目標として、①望ましい安全保障環境の創出、②抑止、③対処を挙げた。すなわち、平素から、わが国が持てる力を総合して、わが国にとって望ましい安全保障環境を創出すること、また、わが国に侵害を加えることは容易ならざることであると相手に認識させ、脅威が及ぶことを抑止すること、さらに、万が一わが国に脅威が及ぶ場合には、確実に脅威に対処し、かつ、被害を最小化することである。

この防衛の目標を確実に達成するため、その手段であるわが国自身の防衛体制、日米同盟及び安全保障協力をそれぞれ強化していくとした。また、これらの強化は、格段に変化の速度を増し、複雑化する安全保障環境に対応できるよう、宇宙・サイバー・電磁波といった新たな領域における優位性を早期に獲得することを含め、迅速かつ柔軟に行っていかなければならないとしている。

また、核兵器の脅威に対しては、核抑止力を中心とする米国の拡大抑止が不可欠であり、わが国は、その信頼性の維持・強化のために米国と緊密に協力していくとともに、総合ミサイル防空能力の強化や国民保護を含むわが国自身による対処のための取組を強化する。同時に、長期的課題である核兵器のない世界の実現へ向けて、核軍縮・不拡散のための取組に積極的・能動的な役割を果たしていくとしている。

新防衛大綱において基本方針として示されている3つのアプローチ、すなわちわが国自身の防衛体制、日米同盟及び安全保障協力の強化について、以下で説明する。

シンガポール海軍と親善訓練を行う海自護衛艦「いなづま」(18(平成30)年10月)

シンガポール海軍と親善訓練を行う海自護衛艦「いなづま」(18(平成30)年10月)

2 わが国自身の防衛体制の強化
(1)総合的な防衛体制の構築

これまでに直面したことのない安全保障環境の現実に正面から向き合い、防衛の目標を確実に達成するためにいかなる体制を作る必要があるのか。新防衛大綱では、まず、あらゆる段階において、防衛省・自衛隊のみならず、政府一体となった取組及び地方公共団体、民間団体などとの協力を可能とし、わが国が持てる力を総合することを挙げている。特に、宇宙、サイバー、電磁波、海洋、科学技術といった分野における取組及び協力の加速のほか、宇宙、サイバーなどの分野の国際的な規範の形成にかかる取組の推進を明示した。

また、わが国が有するあらゆる政策手段を体系的に組み合わせることなどを通じ、平素からの戦略的なコミュニケーション1を含む取組を強化するとしている。

有事やグレーゾーンの事態などの各種事態に対しては、文民統制の下、これまでも態勢の強化に努めてきたが、今後、政治がより強力なリーダーシップを発揮し、迅速かつ的確に意思決定を行うことにより、政府一体となってシームレスに対応する必要があり、これを補佐する態勢も充実させるとした。

そのほか、各種災害への対応及び国民の保護のための体制の強化、緊急事態における在外邦人などの迅速な退避及び安全の確保、電力、通信といった国民生活に重要なインフラや、サイバー空間を守るための施策を進めるとしている。

(2)わが国の防衛力の強化

ア 防衛力の意義・必要性

新防衛大綱は、防衛力を、独立国家として国民の生命・身体・財産とわが国の領土・領海・領空を主体的・自主的な努力により守り抜くという、わが国の意思と能力を表すものであるとし、同時に、日米同盟におけるわが国自身の役割を主体的に果たすために不可欠のものであり、また、諸外国との安全保障協力におけるわが国の取組を推進するためにも不可欠のものであると表した。

その上で、防衛力が、これまでに直面したことのない安全保障環境の現実の下で、わが国が独立国家として存立を全うするための最も重要な力であり、主体的・自主的に強化していかなければならないことを強調している。

イ 真に実効的な防衛力 ─ 多次元統合防衛力 ─

その防衛力の具体的なあり方については、わが国を取り巻く安全保障環境が格段に速いスピードで厳しさと不確実性を増していることを踏まえ、新防衛大綱では、新たに「多次元統合防衛力」を目指すとした。具体的には次のとおりである。

まず、軍事力の質・量に優れた脅威に対する実効的な抑止及び対処のためには、宇宙・サイバー・電磁波といった新たな領域と陸・海・空という従来の領域の組合せによる戦闘様相に適応することが死活的に重要になっている。このため、今後の防衛力については、個別の領域における能力の質及び量を強化しつつ、全ての領域における能力を有機的に融合し、その相乗効果により全体としての能力を増幅させる領域横断(クロス・ドメイン)作戦により、個別の領域における能力が劣勢である場合にもこれを克服し、わが国の防衛を全うできるものとすることが必要であるとした。

また、平時から有事までのあらゆる段階における活動をシームレスに実施できることが重要であるが、近年では、平素からのプレゼンス維持や広範かつ高頻度に及ぶ情報収集・警戒監視などの活動のため、人員、装備などに慢性的な負荷がかかり、部隊の練度や活動量を維持できなくなるおそれが生じている。このことから、今後の防衛力については、各種活動の持続性・強靭性を支える能力の質及び量を強化しつつ、平素から、事態の特性に応じた柔軟かつ戦略的な活動を常時継続的に実施可能なものとすることが必要であるとした。

さらに、わが国の防衛力は、日米同盟の抑止力及び対処力を強化するものであるとともに、多角的・多層的な安全保障協力を推進し得るものであることが必要であるとしている。

以上の観点から、新防衛大綱では、今後、わが国は、宇宙・サイバー・電磁波を含む全ての領域における能力を有機的に融合し、平時から有事までのあらゆる段階における柔軟かつ戦略的な活動の常時継続的な実施を可能とする、真に実効的な防衛力として、「多次元統合防衛力」を構築することを明らかにした。

これを踏まえ、防衛省においては、多次元統合防衛力の構築を推進すべく、19(平成31)年3月に防衛副大臣を委員長とする「多次元統合防衛力構築委員会」を設置し、省内横断的な体制のもと、検討を進めている。

「多次元統合防衛力構築委員会」を主催する原田防衛副大臣

「多次元統合防衛力構築委員会」を主催する原田防衛副大臣

(3)防衛力が果たすべき役割

防衛力は、国民の命と平和な暮らしを守るため、様々な役割を果たすものである。新防衛大綱では、その役割について、以下のとおり具体的に示した。

ア 平時からグレーゾーンの事態への対応

防衛力は武力攻撃事態、すなわち有事にのみ活用されるものではなく、平時においては抑止のために、グレーゾーンの事態においては事態の悪化を防ぐためにも活用される。新防衛大綱では、平素から、積極的な共同訓練・演習や海外における寄港といった戦略的なコミュニケーションを外交と一体となって推進すること、自衛隊の能力を活用して、わが国周辺において広域にわたり常時継続的な情報収集・警戒監視・偵察(ISR:Intelligence, Surveillance, Reconnaissance)活動や、状況に応じた抑止のための活動(「柔軟に選択される抑止措置」)などにより事態の発生・深刻化を未然に防止すること、そしてこれら各種活動による態勢も活用し、領空侵犯や領海侵入といったわが国の主権を侵害する行為に対し、警察機関などとも連携しつつ、即時に適切な措置を講じることを示した。

警戒監視活動中の海自P-1哨戒機

警戒監視活動中の海自P-1哨戒機

弾道ミサイルなどの飛来に対しては、常時持続的にわが国を防護し、万が一被害が発生した場合にはこれを局限することとしている。

イ 島嶼(とうしょ)部を含むわが国に対する攻撃への対応

わが国には数多くの島々が存在し、これら島嶼部を含む国土に対する攻撃に対応することは、重要な防衛力の役割である。これについて新防衛大綱は以下のとおり具体的に示している。すなわち攻撃に対しては、必要な部隊を迅速に機動・展開させ、海上優勢・航空優勢2を確保しつつ、侵攻部隊の接近・上陸を阻止すること、海上優勢・航空優勢の確保が困難な状況になった場合でも、侵攻部隊の脅威圏の外から、その接近・上陸を阻止すること、さらに万が一占拠された場合には、あらゆる措置を講じて奪回することとする。

ミサイル、航空機などの空からの攻撃に対しては、最適な手段により、機動的かつ持続的に対応するとともに、被害を局限し、自衛隊の各種能力及び能力発揮の基盤を維持することとする。

ゲリラ・特殊部隊による攻撃に対しては、原子力発電所などの重要施設の防護並びに侵入した部隊の捜索及び撃破を行うこととする。

ウ あらゆる段階における宇宙・サイバー・電磁波の領域での対応

各国が軍事能力の向上のために技術の優位を追求している宇宙・サイバー・電磁波といった新たな領域における防衛力の役割について、新防衛大綱は自衛隊自身の活動を妨げる行為を未然に防止するために常時継続的に監視し、関連する情報の収集・分析を行うこと、かかる行為の発生時には、被害の局限、被害復旧などを迅速に行うこと、わが国への攻撃に際しては、こうした対応に加え、宇宙・サイバー・電磁波の領域を活用して攻撃を阻止・排除することを挙げた。

また、社会全般が宇宙空間やサイバー空間への依存を高めていく中、関係機関との適切な連携・役割分担の下、防衛力が政府全体としての総合的な取組に寄与することも明記した。

Xバンド防衛通信衛星(イメージ)

Xバンド防衛通信衛星(イメージ)

サイバー専門部隊による対処のイメージ

サイバー専門部隊による対処のイメージ

戦闘機(F-15)の電子戦能力の向上

戦闘機(F-15)の電子戦能力の向上

エ 大規模災害などへの対応

国民生活に甚大な影響を及ぼす大規模災害などの発生に際しても、防衛力は大きな役割を果たす。新防衛大綱においても、災害に際して所要の部隊を迅速に輸送・展開し、初動対応に万全を期するとともに、必要に応じ、対応態勢を長期間にわたり持続すること、また、被災者や被災した地方公共団体のニーズに丁寧に対応するとともに、関係機関、地方公共団体及び民間部門と適切に連携・協力し、人命救助、応急復旧、生活支援などを行うことを示した。

オ 日米同盟に基づく米国との共同

新防衛大綱では、平時から有事までのあらゆる段階において、「日米防衛協力のための指針」を踏まえ、日米同盟におけるわが国自身の役割を主体的に果たすことにより、日米共同の活動を効果的に実施することが防衛力の役割であることが示された。

カ 安全保障協力の推進

新防衛大綱は、地域の特性や相手国の実情を考慮した方針の下、共同訓練・演習、防衛装備・技術協力、能力構築支援、軍種間交流などを含む防衛協力・交流を戦略的に推進するなど、安全保障協力の強化のための取組を積極的に実施することが防衛力の役割の一つであることを明記した。

スリランカに寄港した、海賊対処部隊として派遣中の護衛艦「いかづち」において、隊員に訓示し激励する小野寺防衛大臣(当時)(18(平成30)年8月)

スリランカに寄港した、海賊対処部隊として派遣中の護衛艦「いかづち」において、隊員に訓示し激励する小野寺防衛大臣(当時)(18(平成30)年8月)

3 日米同盟の強化

新防衛大綱においても、日米安全保障条約に基づく日米安全保障体制がわが国の安全保障の一つの基軸であり、また、日米同盟がわが国のみならず地域、さらには国際社会の平和と安定及び繁栄にとっても重要な役割を果たしているというこれまでの認識を踏まえているが、わが国が自らの防衛力を主体的・自主的に強化していくことによって独立国家としての第一義的な責任をしっかりと果たしていくことこそが、日米同盟の下でのわが国の役割を十全に果たし、その抑止力と対処力を一層強化していく道であることを具体的に示した。その上で、以下の点を明記した。

まず、普遍的価値と戦略的利益を共有する米国との一層の関係強化がわが国の安全保障にとってこれまで以上に重要となっているとともに、米国も同盟国との協力がより重要になっているとの認識を示していること、すなわち、同盟の重要性が両国において増しているということである。

次に、平和安全法制により新たに可能となった活動などを通じて、これまでも日米同盟は強化されてきたが、わが国を取り巻く安全保障環境が格段に速いスピードで厳しさと不確実性を増す中で、「日米防衛協力の指針」の下で、同盟の一層の強化を図ることが必要であるとした。

さらに、同盟の抑止力・対処力の強化、幅広い分野における協力の強化・拡大及び在日米軍駐留に関する施策の着実な実施のための取組を推進する必要があることを示した。

4 安全保障協力の強化

新防衛大綱においては、防衛力を活用した各国との安全保障協力をこれまで以上に重視している。具体的には、自由で開かれたインド太平洋というビジョンを踏まえ、地域の特性や相手国の実情を考慮しつつ、多角的・多層的な安全保障協力を戦略的に推進すること、その一環として、防衛力を積極的に活用し、共同訓練・演習、防衛装備・技術協力、能力構築支援、軍種間交流などを含む防衛協力・交流に取り組むこと、また、グローバルな安全保障上の課題への対応にも貢献することを明示した。こうした取組の実施にあたっては、外交政策との調整を十分に図るとともに、日米同盟を基軸として、普遍的価値や安全保障上の利益を共有する国々との緊密な連携を図るべきとしている。

1 わが国にとって望ましい安全保障環境を作るため、言葉のみならず、適切な場合には自衛隊の部隊などによる活動、例えば共同訓練や艦艇の寄港なども組み合わせた形で、国際社会とコミュニケーションを図るもの。

2 海域・空域において相手の海上・航空戦力より優勢であり、相手から大きな損害を受けることなく諸作戦を遂行できる状態