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第I部 わが国を取り巻く安全保障環境

2 国際テロリズムをめぐる動向

1 ISIL系国際テロ組織の動向
(1)組織目標・概要

ISILは従来の国家による統治体制を真っ向から否定し、独自のイスラム法解釈に基づくカリフ制国家の建設やスンニ派教徒の保護などを組織目標としている。14(平成26)年6月、指導者バグダーディーを「カリフ」5とする「イスラム国」の樹立を一方的に宣言し、整備された組織機構や独自通貨の発行などを通じて、イラクとシリアにまたがる一定の領域を事実上支配した。

ISILは、サイバー空間を活用した高度な広報戦略のもと、ソーシャル・メディアなどを通じて巧みに組織の宣伝や戦闘員の勧誘を実施してきた。その結果、ISILの呼びかけに応じて、イラク及びシリアの国外から4万人以上にのぼる外国人戦闘員などが両国に移住したとの指摘がある。

ISILが保有する武器や弾薬については、占領したイラク軍の施設などから奪取したほか、密輸、略奪などを通じても入手しているとされる。また、武器の製造や改良にも着手しているとされ、合法な取引を通じて入手した化学物質などから即席爆発装置(IED:Improvised Explosive Device)を製造し、自爆攻撃などに利用しているとの指摘がなされている6。さらに、無人機の活用も指摘されており、ISILは手りゅう弾などを搭載できるように小型商用無人機を改良しているとみられ7、無人機から爆薬を投下して敵車両などを攻撃したとする動画を公開している8。また、無人機で撮影した動画を活用して自爆攻撃用の車両を巧みに誘導し、被害の拡大を図っていたとの指摘もある9

(2)対ISIL軍事作戦の進展とISILの現状

ISILは、13(平成25)年以降、宗派間の対立や内戦により情勢が不安定であったイラク、シリアにおいて勢力を拡大させ、14(平成26)年1月以降、シリア北部・東部、イラク北部などを制圧した。これを受け、米国が主導する有志連合軍は、同年8月以降イラクにおいて、また同年9月以降はシリアにおいても空爆を実施している10。また有志連合軍は、現地勢力に対する教育・訓練や武器供与、特殊部隊による人質救出などにも従事している。

こうした軍事作戦との連携により、イラクにおいては、イラク治安部隊(イラク軍のほか、準軍隊や警察を含む)やクルディスタン地域政府の軍事組織「ペシュメルガ」が国内要衝都市の奪還を進めた。その結果、17(平成29)年12月には、イラク政府がイラク全土をISILから解放したと宣言した。またシリアでも、現地のクルド人勢力とアラブ人勢力を主体とする「シリア民主軍」が、米国などの支援を受け、イスラム国の首都とされるラッカをはじめ、同国北部や東部におけるISILの拠点を奪還した。19(平成31)年3月には、「シリア民主軍」がシリア東部のISILの最終拠点を制圧したことを受け、トランプ米大統領が声明で有志連合とともにシリア及びイラクにおけるISILの支配地域を100%解放したと宣言した。

一方ロシアも、アサド政権の存続やシリア国内のロシア軍基地11の防衛などを目的に、15(平成27)年9月からシリアでの軍事作戦を開始した。この軍事作戦において、ロシア軍は空爆や洋上からの巡航ミサイル攻撃のほか、戦略爆撃機からの衛星誘導を活用した精密誘導弾による攻撃、一時的に展開させた空母の艦載機による空爆などを実施した12。こうしたロシアの支援を受け、アサド政権は主にシリア南部や東部におけるISILの拠点を制圧し、17(平成29)年12月、ロシアはISILからのシリア全土の解放を宣言した。これに伴いロシアは、シリア国内のロシア軍基地は維持しつつ、シリアに展開していた露軍の一部を撤退させると発表した。

このように対ISIL軍事作戦に進展がみられている一方、依然として数千人の戦闘員がイラク、シリアの国境付近を中心に潜伏しているとみられている13。この点、両国内の様々な地域で、ISILの戦闘員によるものとみられる治安部隊、有志連合軍、市民などを標的としたテロが発生しており14、ISILは依然活動を継続しているとみられる。

(3)イラク・シリア国外への拡散

ISILが「イスラム国」の樹立を宣言して以降、イラク、シリア国外に「イスラム国」の領土として複数の「州」が設立され、こうした「州」が各地でテロを実施している。

参照図表I-3-7-2(アフリカ・中東地域の主なテロ組織)

図表I-3-7-2 アフリカ・中東地域の主なテロ組織

特にアフガニスタンにおいては、首都カブールなどにおいて、「イスラム国ホラサン州」によるテロが多発している15。また「ホラサン州」は、18(平成30)年9月のイラン南西部における軍事パレード襲撃事件や、同年11月のパキスタン北西部の市場における自爆テロについても、犯行声明を発出している。そのほか、イエメン、エジプト、リビア、ナイジェリアなどにおいても、ISILの「州」が犯行を自認するテロが確認されており、今後もこうした組織によるテロの脅威が継続するとみられる。

さらに、東南アジアにおいても、ISILを支持する組織が存在し、治安部隊や市民を標的としたテロ攻撃を実施している。フィリピンでは、17(平成29)年5月、ISILに忠誠を誓う組織が同国南部のミンダナオ島・マラウィ市の一部を占拠した。同年10月にフィリピン政府が戦闘の終結を宣言したものの、現在も組織関係者の捜索などが続けられており、18(平成30)年11月の同国南部での国軍に対する襲撃事件や、19(平成31)年1月の教会爆破事件について、ISILが犯行声明を発出した。またインドネシアにおいても、18(平成30)年5月、東ジャワ州スラバヤにおいて、家族による連続自爆テロが発生し、ISILが犯行声明を出している。このように、ISILの脅威が東南アジアにも浸透していることが懸念される16

さらに、19(平成31)年4月、南アジアのスリランカにおいて邦人の犠牲者を出す大規模な同時爆破事件が発生した。スリランカ当局は、現地のイスラム過激派組織を実行犯として摘発する一方、同組織が海外のテロ組織の支援を受けた可能性に言及している。事件後、ISILが犯行声明を発出しており、米国は、今回のテロについて、ISILに感化された犯行の可能性があると指摘している。

(4)外国人戦闘員

14(平成26)年以降のISILの台頭を受けてイラク、シリアに流入する外国人戦闘員の数は、その後ISILの勢力が縮小するにつれて減少しつつあるとみられる17。一方、こうした戦闘員が両国で戦闘訓練や実戦経験を積んだ後、本国に帰国してテロを実行する懸念は引き続き存在する。17(平成29)年10月時点で、イラク、シリアから少なくとも5,600人の外国人戦闘員が帰国したとされており18、欧州では、15(平成27)年11月にパリで発生した同時多発テロや、16(平成28)年3月にベルギーで発生した連続爆破テロのように、シリアでの戦闘に参加したISILの戦闘員が関与したとみられるテロが発生した19。今後もこのような外国人戦闘員によるテロを防止するため、国際社会による様々な取組が求められる。

2 アルカイダ系国際テロ組織の動向
(1)アルカイダ

アルカイダは、これまでに前指導者のウサマ・ビン・ラーディンをはじめ、多くの幹部が米国の作戦により殺害されるなど弱体化しているとみられる。しかしながら、北アフリカや中東などで活動する関連組織に対して指示や勧告を行うなど、中枢組織としての活動は継続している。また、現在の指導者であるザワヒリは欧米へのテロを呼びかける声明を繰り返し発出しており20、アルカイダによる攻撃の可能性が根絶されたわけではない。

(2)アラビア半島のアルカイダ(AQAP)

イエメンを拠点に活動するイスラム教スンニ派の過激派組織AQAPは、主にイエメン南部で活動し、敵対するイエメン治安部隊や反体制派武装勢力ホーシー派との戦闘を継続している。米国は無人機による空爆を継続21し、AQAPの幹部を多数殺害してきた。しかし、AQAPはイエメン情勢の混乱に乗じて同国内で一定の勢力を維持しているほか、インターネットを通じて宣伝動画や機関誌を公開し、暴力的過激思想を拡散させている。

(3)イスラム・マグレブ諸国のアルカイダ(AQIM)

アルジェリアに拠点を置き、近隣のマリ、チュニジア、リビアなどでも活動するイスラム教スンニ派の過激派組織AQIMは、主にアルジェリアの治安部隊や欧米人を標的としたテロ攻撃や誘拐事件を起こしてきた22。13(平成25)年に開始されたフランス主導の軍事介入やアルジェリア当局による取締り強化などにより、テロの回数や規模は縮小傾向にあるとされるものの、依然としてマリ、ブルキナファソ、コートジボワールなどで、AQIMの傘下組織によるテロが発生している。

(4)アル・シャバーブ

ソマリアを拠点に活動するイスラム教スンニ派の過激派組織アル・シャバーブは、首都モガディシュなどにおいて、ソマリア軍や警察のほか、内戦後のソマリアの情勢安定化を目的に駐留する平和維持部隊(AMISOM)などを標的としたテロを継続している。さらに、19(平成31)年1月に隣国ケニアの首都ナイロビのホテルを襲撃したように23、外国人などを狙ったテロを実行しており、周辺国にとっても脅威となっている。

3 その他の国際テロ組織の動向
(1)タリバーン

アフガニスタンを拠点に活動しているイスラム教スンニ派過激派組織タリバーンは、米国が01(平成13)年に開始した掃討作戦により、一時はその勢力が大幅に減退した。しかし、アフガニスタン全土の治安維持を担っていた米軍主導の国際治安支援部隊(ISAF:International Security Assistance Force)が14(平成26)年12月に任務終了に伴い撤収したことを契機に、タリバーンは再び攻勢を強め、アフガニスタン国内における支配地域を拡大させている24。18(平成30)年7月以降、タリバーンは米国との協議を行っているが、19(平成31)年1月には、米国との協議期間中に同国東部でアフガン軍施設を爆破・襲撃する25など、政府や外国人を標的とした自爆攻撃や銃撃などを継続する可能性は否定できない。

(2)ボコ・ハラム

ナイジェリアに拠点を置くイスラム教スンニ派の過激派組織「ボコ・ハラム」は、ISILに忠誠を誓い、一部はISILの「西アフリカ州」として活動している。ナイジェリア軍が周辺国とともに実施している掃討作戦を受け、多くの占拠地を失ったとみられる一方、ナイジェリア北東部を中心に、住民や軍兵士への襲撃を繰り返しており26、引き続き同国の治安上の懸念となっている。

4 「ホーム・グロウン型」テロの脅威

ISILやアルカイダなどのテロ組織は、支持者に向けて、機関誌などを通じてテロの手法を具体的に紹介し、テロ実行を呼びかけている。例えばISILは、機関誌「ルーミーヤ」などにおいて、ナイフや車両などを用いたテロの手法や標的などを詳細に例示している。また、アルカイダも、身近に存在する材料を使用した爆弾の製造方法を機関誌に掲載している。

こうした中で、テロ組織が拡散する暴力的過激思想に感化されて過激化し、居住国でテロを実行する、いわゆる「ホーム・グロウン型」テロが引き続き脅威となっている。特に近年では、欧米などにおいて、国際テロ組織との正式な関係はないものの、何らかの形でテロ組織の影響を受けた個人や団体が、単独又は少人数でテロを計画及び実行する「ローン・ウルフ型」テロが発生している。「ローン・ウルフ型」テロの特徴としては、18(平成30)年11月の豪州・メルボルンにおける襲撃事件や同年12月のフランスにおけるクリスマス・マーケット襲撃事件など27でみられたように、刃物、車両、銃といった個人でも比較的入手しやすいものが利用されることや、事前の兆候の把握や未然防止が困難であることが挙げられる。

5 アラビア語で「後継者」を意味する。預言者ムハンマド没後、イスラム共同体を率いる者に対して用いられ、その後ウマイヤ朝やアッバース朝などいくつかの世襲王朝君主がこの称号を用いた。

6 ISILが14(平成26)年7月から16(平成28)年2月に使用したIEDについては、約50社(計20か国に所在)が製造・輸出した部品がISILの手に渡り、ISILはこれらを入手後1年以内には使用したとの指摘がなされている。

7 近年、ドローンを用いたテロ事案(未遂を含む)が各国で発生している。例えば、18(平成30)年11月、トルコ南東部において複数の政府施設に対して、クルド労働者党(PKK)によるドローン攻撃未遂事案が発生したとされる。今後、こうした脅威に対抗するための技術に関する研究開発も重要なものとして認識されており、例えば、小型UAVに対しては、小型UAVの探知・識別能力が高いレーダーの開発のほか、米陸軍は、レーザー兵器や無線妨害装置による小型UAVの撃墜についての試験を行っている。

8 こうした攻撃により、車両の一部を破壊し、戦線から離脱させることを目的としているとの指摘がなされている。

9 ISILは無人機を用いて上空から標的を発見し、待機している自爆要員に攻撃開始を指示したり、最適な経路を指示することで、攻撃の効果を高めているとの指摘がなされている。

10 17(平成29)年8月現在、有志連合軍は、イラクで1万3,331回、シリアで1万1,235回の空爆を実施している。

11 ロシアにとって、タルトゥースはシリア国内においてロシア唯一の地中海に面した海軍基地であり、艦船に対する燃料・食料などの供給や艦船の修理を実施できるドックがあるとされている。

12 ロシアによる一連の軍事行動については、自国の軍事的な能力を誇示するとともに、その能力を作戦で実証するために行われたものであるとの指摘がある。また、軍事作戦の標的はISILではなく、アサド政権と対立する反体制派であるとの指摘もなされている。

13 19(平成31)年1月に米国家情報長官が発表した「世界脅威評価書」において、ISILは今なおイラク、シリアにおいて数千人の戦闘員を擁しているとされている。

14 シリアにおいては、例えば18(平成30)年7月、南部スワイダ県において自爆や襲撃が相次いで発生し、221人が死亡したテロ攻撃について、ISILが犯行声明を発出している。またイラクにおいても、同年12月に発生した北部ニナワ県における自動車爆弾爆破事件について、ISILが犯行声明を発出している。

15 政府機関、シーア派や他教徒、教育施設などを標的としたテロ攻撃のほか、18(平成30)年10月には、下院議会選挙候補者の選挙集会や選挙委員会を狙った自爆テロについて、ISILホラサン州が犯行声明を発出した。

16 フィリピン・マラウィ市における戦闘には、フィリピン人のほか、インドネシア人やマレーシア人もISIL支持組織に参加したとみられている。

17 17(平成29)年10月、有志連合軍の報道官は記者会見において、イラク、シリアに流入する外国人戦闘員について、現在はほぼゼロになっているとの認識を示した。

18 Soufan Centerによると、帰国した外国人戦闘員の国別人数は、チュニジア約800人、サウジアラビア760人、英国425人、ドイツ約300人、フランス271人などとなっている。

19 15(平成27)年11月にパリで発生した同時多発テロでは、難民・移民の流入に紛れて欧州に入った実行犯の存在が指摘されている。また、16(平成28)年3月にベルギーの首都ブリュッセルの空港や地下鉄の駅における連続テロについては、実行犯がシリアにいる指令役と疑われる人物とテロ計画について協議していたと指摘されている。

20 最近では、18(平成30)年9月11日、米国同時多発テロから17年が経過したことに合わせて、イスラム教徒に対して米国への攻撃を呼びかける声明を発表した。

21 米中央軍は、18(平成30)年1月にイエメンにおいてAQAP及びISILを標的とした空爆を計10回実施したほか、2月から9月にかけて、AQAPを標的とした空爆を26回行ったと発表している。

22 13(平成25)年1月にアルジェリアで邦人が犠牲になったテロについては、AQIMから分離した「覆面旅団」による犯行とされているが、同旅団は15(平成27)年に他の組織と合併して「アル・ムラービトゥーン」を結成し、再びAQIMの傘下組織となった。さらに、同旅団は17(平成29)年に他の組織と合併して「イスラム教及びイスラム教徒の守護者(JNIM)」を結成している。

23 この事件については、襲撃されたホテル敷地内のオフィス棟に複数の日本企業が入居していたが、邦人に被害はなかった。

24 タリバーンは現在、アフガニスタン北部、南部などを中心に支配地域を拡大しており、アフガニスタン全土でテロ攻撃を実施している。

25 19(平成31)年1月21日から26日まで米国とタリバーンとの間で協議が行われていた一方、タリバーンは同年1月21日にアフガニスタン中部の軍事基地を襲撃しており、100人以上が死亡した。

26 18(平成30)年11月にはナイジェリア北東部で軍基地や住民が相次いで襲撃されたほか、19(平成31)年2月にも北東部の町で住民が襲撃され、60人以上が死亡している。

27 「ローン・ウルフ型」テロとして、最近では、例えば、18(平成30)年8月、英国ロンドンの国会議事堂前で車両が歩行者に突入する事件が発生したほか、 同年11月には、豪州メルボルンにおいて通行人がナイフで襲撃される事件が発生し、同年12月には、フランス東部で開催されていたクリスマス・マーケットにおいて銃乱射事件が発生している。