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第I部 わが国を取り巻く安全保障環境

5 北方領土におけるロシア軍

旧ソ連時代の1978(昭和53)年以来、ロシアは、わが国固有の領土である北方領土のうち国後島、択捉島と色丹島に地上軍部隊を再配備してきた。その規模は、ピーク時に比べ大幅に縮小した状態にあると考えられるものの、現在も1個師団が国後島と択捉島に駐留しており、戦車、装甲車、各種火砲、対空ミサイルなどが配備されている27

10(平成22)年11月のメドヴェージェフ大統領(当時)による元首として初めての国後島訪問後、ロシアの閣僚などによる北方領土への訪問が繰り返され、最近では19(令和元)年8月にメドヴェージェフ首相が択捉島を訪問した28。また、ロシアは北方領土における軍事施設地区の整備を進めているほか29、16(平成28)年には、択捉島及び国後島への沿岸(地対艦)ミサイル配備を発表した30。さらに、18(平成30)年1月には、択捉島の軍用飛行場である天寧飛行場に加え、14(平成26)年に開港した新民間空港が軍民共用となり、同年8月には同空港にSu-35戦闘機が3機配備されたと伝えられている。北方四島を含み得る諸島での軍事演習も継続して行われており、18(平成30)年4月には、2,500名以上の人員、多連装ロケット砲、戦車、ヘリなどが参加する軍事演習を実施した旨発表している。

このように、ロシアは、わが国固有の領土である北方領土においてロシア軍の駐留を継続させ、事実上の占拠のもとで、昨今、その活動をより活発化させているが、こうした動向の背景として、ウクライナ危機などを受けて領土保全に対する国民意識が高揚していることや、SSBNの活動領域であるオホーツク海に接する北方領土の軍事的重要性が高まっていることなどについての指摘がある31

19(令和元)年5月に開催された日露外務・防衛閣僚協議(「2+2」)の場では、北方領土におけるロシア軍による軍備強化について、わが国の法的立場から受け入れられない旨伝えるとともに、日本周辺におけるロシア軍機の活発な活動への懸念を表明し、ロシア側の冷静な対応を求めたところであり、引き続き北方領土を含む極東におけるロシア軍の動向を注視していく必要がある。

27 2個連隊よりなる第18機関銃・砲兵師団は、軍改革による旅団化が進んだロシア軍の中で、数少ない師団編成部隊であり、着上陸防御などを目的として択捉島及び国後島に駐留している。北方領土には、1991(平成3)年には約9,500人の兵員が配備されていたとされているが、1997(平成9)年の日露防衛相会談において、ロジオノフ国防相(当時)は、北方領土の部隊が1995(平成7)年までに3,500人に削減されたことを明らかにした。05(平成17)年7月、北方領土を訪問したイワノフ国防相(当時)は、四島に駐留する部隊の増強も削減も行わないと発言し、現状を維持する意思を明確にしている。また、参謀本部高官は11(平成23)年2月、北方領土の兵員数について旅団に改編する枠組みの中では3,500人を維持する旨述べたと伝えられている。一方、14(平成26)年11月に発表された地対艦ミサイル部隊(海軍)の配備及び18(同30)年8月に伝えられた戦闘機部隊(空軍)の配備に伴い、北方領土における総兵員数は増加しているとみられる。

28 10(平成22)年11月以降のロシア政府要人による北方領土訪問は以下のとおり。(肩書はすべて当時)
10(平成22)年12月シュヴァロフ第1副首相(国後島・択捉島)、11(平成23)年1~2月バサルギン地域発展相(国後島・択捉島)、同年1月ブルガコフ国防相代理(国後島・択捉島)、同年2月セルジュコフ国防相(国後島・択捉島)、同年5月イワノフ副首相(国後島・択捉島)、同年9月パトルシェフ安全保障会議書記(国後島・歯舞諸島の水晶島)、12(平成24)年7月メドヴェージェフ首相他3閣僚(国後島)、同年9月フョードロフ農相(択捉島)、15(平成27)年7月スクヴォルツォヴァ保健相(国後島・色丹島)、同年8月メドヴェージェフ首相他3閣僚(択捉島)、同年9月トカチェフ農業相(択捉島)、ソコロフ運輸相(国後島・択捉島)、17(平成29)年9月ドンスコイ天然資源・環境大臣(択捉島)、19(平成31)年2月イワノフ大統領特別代表及びノスコフ・デジタル発展・通信・マスコミ相(色丹島)、同年8月メドヴェージェフ首相他2閣僚(択捉島)

29 ショイグ国防相は、15(平成27)年12月の国防省内の会議において、択捉島及び国後島における軍事施設地区の建設を活発に行っており、合計で392の建物及び設備の建設が予定されている旨述べた。18(平成30)年12月には、東部軍管区司令官が択捉島及び国後島の宿舎を視察したほか、19(同31)年に新たな宿舎が択捉島に2棟、国後島に1棟整備予定である旨発表した。

30 16(平成28)年3月、ロシア国防省は北方領土・千島列島に地対艦ミサイル「バスチオン」、「バル」などを年内に配備する予定であることを明らかにしたほか、同年11月の太平洋艦隊機関紙「ボエヴァヤ・ヴァフタ」では、択捉島で「バスチオン」沿岸ミサイル大隊が、そして、国後島で「バル」沿岸ミサイル大隊が、砲兵中隊による戦闘当直を行っている旨言及されている。

31 米国防省は、報告書「Soviet Military Power 1989」の中で、旧ソ連が自国領土に近い海域において、地勢も利用しつつ、陸海空のアセットにより防護する戦略原潜の活動領域を「バスチオン」と呼んでおり、太平洋地域においては、主としてオホーツク海内に「バスチオン」が設定されることを想定している。また、ロシア海軍総司令官は12(平成24)年に、旧ソ連時代から大きく縮小させていたロシアの戦略原潜の恒常的な長期間のパトロールを再開する旨述べている。