Contents

第I部 わが国を取り巻く安全保障環境

3 軍事態勢と動向

ロシアの軍事力は、連邦軍、連邦保安庁国境警備局、連邦国家親衛軍庁などから構成される。連邦軍は3軍種2独立兵科制をとり、地上軍、海軍、航空宇宙軍と戦略ロケット部隊、空挺部隊からなる。

参照図表I-2-4-2(ロシア軍の配置と兵力)

図表I-2-4-2 ロシア軍の配置と兵力

1 核戦力

ロシアは、国際的地位の確保と米国との核戦力のバランスをとる必要があることに加え、通常戦力の劣勢を補う意味でも核戦力を重視しており、即応態勢の維持に努めていると考えられる。

戦略核戦力については、ロシアは、依然として米国に並ぶ規模のICBM、潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM:Submarine-Launched Ballistic Missile)と長距離爆撃機(Tu-95「ベア」、Tu-160「ブラックジャック」)を保有している。

ロシアは米国との間で締結した新戦略兵器削減条約で定められた戦略核兵器の削減義務を負っており11、この枠内で、ロシアは、「装備国家綱領」に基づく核戦力の近代化を優先させる方針に従い、引き続き新規装備の開発・導入の加速化に努めている。

11(平成23)年3月には、ICBM「トーポリM」の多弾頭型とみられているRS-24の部隊配備を開始している12。新型のSLBM「ブラヴァ」を搭載するボレイ級弾道ミサイル搭載原子力潜水艦(SSBN:Ballistic Missile Submarine Nuclear-Powered)は、12(平成24)年12月以降3隻が就役しており、今後、北洋艦隊及び太平洋艦隊にそれぞれ4隻配備される予定である。18(平成30)年10月には、オホーツク海及びバレンツ海のSSBNからSLBMを発射する訓練を実施したほか、長距離爆撃機による巡航ミサイル発射訓練も行われた。

ボレイ級潜水艦

ボレイ級潜水艦

【Jane's by IHS Markit】

〈諸元、性能〉

水中排水量:1万9,711トン

最大速力:25ノット(時速約46km)

主要兵装:SLBM「ブラヴァ」(最大射程8,300km)

〈概説〉

12(平成24)年に1番艦が就役したロシア海軍の新型弾道ミサイル(戦略)原子力潜水艦。SLBMを16発搭載可能。太平洋艦隊には15(平成27)年から配備

プーチン大統領は、同年12月の国防省評議会拡大会合の場で、核の三本柱の最新装備の割合が82%に達したと述べ、19(平成31)年の優先事項として、ミサイル防衛システムの突破能力が強化された近代的な戦略核戦力の必要性に触れ、今後、極超音速滑空兵器(HGV:Hypersonic Glide Vehicle)「アヴァンガルド」の量産を強調した。同年2月、同大統領は、HGV「アヴァンガルド」、ICBM「サルマト」、空中発射型弾道ミサイル(ALBM:Air-Launched Ballistic Missile)「キンジャル」などの新型兵器の開発や配備の進捗状況を半年おきに報告するよう指示したほか、最高速度約マッハ9で1,000km以上の射程を持つとされる海上発射型の極超音速ミサイル「ツィルコン」を開発中であることを初めて明らかにした。

非戦略核戦力については、ロシアは、射程500km以上、5,500km以下の地上発射型短距離及び中距離ミサイルを米国とのINF全廃条約に基づき1991(平成3)年までに廃棄し、翌年に艦艇配備の戦術核も各艦隊から撤去して陸上に保管したが、その他の多岐にわたる核戦力を依然として保有しており、近年では、通常弾頭又は核弾頭を搭載可能とされる地上発射型ミサイル・システム「イスカンデル」や海上発射型巡航ミサイル・システム「カリブル」の配備も進めている。

米国は13(平成25)年5月以降、ロシアのINF全廃条約違反を指摘するとともに条約遵守への回帰を求め続けてきたほか、同条約違反のミサイルが地上発射型巡航ミサイル(GLCM:Ground-Launched Cruise Missile)であると公表している。一方、ロシアは条約違反を一貫して否定するとともに、米国のイージス・アショアがトマホークも発射可能な発射機を備えており同条約違反であると非難するなど、米露の主張は平行線をたどっている。

KEY WORD米国がINF全廃条約違反と指摘するロシアの地上発射型巡航ミサイルとは

米国は14(平成26)年7月、ロシアのINF全廃条約に違反する地上発射型巡航ミサイルの存在について初めて公に指摘し、その後、同ミサイルを米国などが「SSC-8」、ロシアが「9M729」とそれぞれ称していることや、18(同30)年後半までに、同ミサイル大隊が複数配備されていることなどを発表している。射程など同ミサイルの詳細について米国は明らかにしていないが、射程2千kmとされる海上発射型の対地巡航ミサイル「カリブル」を基に開発されたとの指摘もある。これに対して、ロシアは19(同31)年1月、米国が条約違反と指摘する「9M729」を初公開し、同ミサイルが地対地ミサイル・システム「イスカンデル」の巡航ミサイル搭載型「SSC-7」(露側名称「9M728」)の改良型であり、その射程は480kmであるなどと主張し、条約違反を改めて否定した。

ロシアが初公開した地上発射型巡航ミサイル9M729(2019年1月)。手前がミサイルのキャニスター、奥が発射台付き車両【Jane's by IHS Markit】

ロシアが初公開した地上発射型巡航ミサイル9M729(2019年1月)。
手前がミサイルのキャニスター、奥が発射台付き車両
【Jane's by IHS Markit】

このような中、19(同31)年2月、米国が6ヶ月以内に同条約から脱退することを通告し、通常弾頭搭載の地上発射型中距離ミサイルの開発を表明すると、ロシアは、対称的且つ非対称的な対応をとるとして、海上発射型巡航ミサイル「カリブル」の地上発射型や極超音速の地上発射型巡航ミサイルを開発することを表明し、同年3月には、同条約の義務履行を停止する旨米側に通知したことを発表した。同年8月、ロシアは米側の脱退により同条約が失効したことを確認するとともに、世界の緊張を高める責任は全て米国に帰すると非難した。その上で、戦略的安定性の確保及び安全保障に関する完全な対話を再開させることは必須であり、その用意がある旨言及した。

2 通常戦力など

ロシアは、通常戦力についても、「装備国家綱領」に基づき開発・調達などを行っている。Su-35戦闘機や地対地ミサイル・システム「イスカンデル」の導入に加えて、いわゆる「第5世代戦闘機」として開発されている「Su-57」13や「T-14アルマータ」戦車14などの新型装備の開発、調達及び配備の動向にも注目していく必要がある。

Su-35戦闘機

Su-35戦闘機

【Jane's by IHS Markit】

〈諸元、性能〉

速度:マッハ2.25

主要兵装:空対空ミサイルRVV-BD(最大射程:200km)、空対艦ミサイルKh-59MK(最大射程:285km)

〈概説〉

ロシア空軍の新型多目的戦闘機であり、14(平成26)年から極東にも配備

ロシア軍は各種の演習を行っており15、13(平成25)年2月以降、軍管区などの戦闘即応態勢の検証を目的とした「抜き打ち検閲」をソ連解体後行っている16が、こうした検閲はロシア軍の長距離移動展開能力の向上に寄与している17。国外では、黒海艦隊を中心に編成された艦艇部隊が常時地中海に展開しており18、18(平成30)年9月、地中海東部のシリア沖において北洋艦隊、バルト艦隊、黒海艦隊及びカスピ小艦隊が集結し、航空機も参加する大規模な合同演習を実施した。北極圏では10箇所の飛行場を建設又は再建する計画が進められていることに加えて、18(平成30)年8月から10月にかけて、北洋艦隊のウダロイ級駆逐艦を中心とする艦艇部隊がコラ半島から北極東部まで遠洋航海を行いながら各種訓練を実施したほか、一部の艦艇部隊は大規模演習「ヴォストーク2018」の一環としてベーリング海に進出した19

ロシア軍は、こうした海軍艦艇の展開・訓練、軍事施設の運用再開のほか、SSBNによる戦略核抑止パトロールや長距離爆撃機による哨戒飛行を実施するなど、北極における活動を実施している。特に18(平成30)年は、9月にTu-95長距離爆撃機がアラスカ西方まで飛行したほか、12月にTu-160長距離爆撃機がバレンツ海、ノルウェー海、大西洋、カリブ海の上空を飛行しベネズエラまで1万kmを超える飛行を実施した。

また、ロシア軍は、15(平成27)年以降実施してきたシリアにおける軍事作戦を17(平成29)年12月におおむね終了した後も、シリア内の2つの基地を恒常的に運用している。

このように、ロシアは北極圏、欧州、米国周辺、中東に加え、極東においても軍事活動を活発化させる傾向にあり、その動向を注視していく必要がある20

また、ロシア軍の将来像についても、今後のロシアの経済・社会発展の水準や、欧州諸国などとの外交関係に左右されると考えられることから、今後の動向について引き続き注視していく必要がある。

11 ロシアと米国は、10(平成22)年4月、第1次戦略兵器削減条約(STARTI:Strategic Arms Reduction TreatyI)に代わる条約として新戦略兵器削減条約に署名し、11(平成23)年2月、当該条約は発効した。条約発効後7年までに双方とも配備戦略弾頭を1,550発まで、配備運搬手段を700基・機まで削減する義務を負う。19(平成30)年3月現在の数値として、米国はその配備戦略弾頭が1,365発、配備運搬手段が656基・機であると公表。また、19(平成31)年3月現在の数値として、ロシアはその配備戦略弾頭が1,461発、配備運搬手段が524基・機であると公表。

12 このほか、発射重量が大きく、堅固なICBM発射拠点を撃破でき、多数の弾頭を搭載できる新型の重ICBM「サルマト」(RS-28)や、軽量化された移動式固体燃料のICBM「ルベジ」(RS-26)、ミサイル防衛突破能力の向上を目指した新型の弾頭の開発も進めているとみられている。

13 Su-57戦闘機については、18(平成30)年8月に暫定的なエンジンを搭載した2機を軍が発注したが、同戦闘機の量産化は23(令和5)年の予定との指摘もある。

14 15(平成27)年5月9日の戦勝記念パレードで初公開された、無人砲塔を搭載する新型戦車。この他ファミリー化した装軌式・装輪式の歩兵戦闘車、装甲人員輸送車及び自走榴弾砲などを開発中。16(平成28)年に100両の発注契約が結ばれ、20(令和2)年に調達予定とされる。

15 ロシアは軍改革を進める中、その検証などを目的として近年大規模な演習を行っている。その中でも、毎年、戦闘訓練の総括となる大規模な演習を各軍管区で持ち回る形で実施している。本年は「ツェントル2019」を実施予定。(過去4年間の実績:「ツェントル2015」(中央軍管区)、「カフカス2016」(南部軍管区)、「ザーパド2017」(西部軍管区)、「ヴォストーク2018」(東部軍管区))

16 13(平成25)年2月に中央軍管区及び南部軍管区、3月に南部軍管区、5月に西部軍管区、7月に東部軍管区及び中央軍管区、10月に戦略核部隊、14(平成26)年2~3月には西部軍管区及び中央軍管区などを対象に「抜き打ち検閲」が行われた。14(平成26)年9月には東部軍管区を対象とした「抜き打ち検閲」が大規模演習「ヴォストーク2014」に移行するかたちで行われている。

17 15(平成27)年12月の国防省評議会拡大会合において、ショイグ国防相は、抜き打ち検閲が年平均5回実施されており、結果として、どの軍管区、どの軍種の指揮官及び参謀も長距離の移動展開ができ、未知の地域において課題を遂行できると述べている。

18 13(平成25)年6月1日をもって編成が完結したとされる地中海のロシア海軍艦艇部隊は「常設作戦部隊」と位置づけられている。

19 北極圏で整備されている軍事施設の中でも、フランツ・ヨシフ群島のアレクサンドラ島及びノヴォシビルスク諸島のコテリヌイ島で建設中の基地は、それぞれ150人及び250人の兵員を収容でき、かつ、18か月間支援を受けずに生活し続けることが可能とされる。また、北洋艦隊は12(平成24)年以降毎年、ノヴォシビルスク諸島までの遠距離航海を実施している。

20 軍の戦闘即応態勢の維持・向上を目的としているほか、ウクライナ情勢に関連した欧米諸国などへの牽制や自国の影響力拡大を企図しているものとみられる。