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第I部 わが国を取り巻く安全保障環境

2 宇宙空間における各国の安全保障利用の動向

1 米国

米国は、1958(昭和33)年1月、旧ソ連に次いで米国初の人工衛星「エクスプローラ1号」を打上げた。その後も世界初の偵察衛星、月面着陸など、軍事、科学、資源探査など多種多様な宇宙活動を発展させ続け、今日では世界最大の宇宙大国となっている。米軍の行動においても宇宙空間の重要性は強く認識されており、宇宙空間は、安全保障上の目的でも積極的に利用されている。米国は10(平成22)年6月、宇宙政策に関する目標、原則などの基本的指針を示す「国家宇宙政策」を公表している7。17(平成29)年12月に公表した国家安全保障戦略NSS(National Security Strategy)においては、多くの国が戦略的な軍事行動を支援するため衛星を購入しているほか、宇宙空間のアセットに対する攻撃能力は非対称的な優位性をもたらすと考え、様々な対衛星兵器を追求している国も存在すると指摘した上で、宇宙空間への無制限のアクセスと活動の自由が米国にとって重要な利益であるとの認識を示すとともに、新たに設立された国家宇宙会議で、長期宇宙目標を検討し、戦略を発展させるとしている。18(平成30)年3月には、国家宇宙戦略が公表され、敵対者が宇宙を戦闘領域に変えたとの認識を示し、宇宙空間における米国及び同盟国の利益を守るため、脅威を抑止及び撃退していくと表明した。こうした戦略的指針に基づき、米国防省は昨今、紛争が宇宙空間までおよぶ可能性に備えなければならないとの認識のもと、米国が宇宙から得られる国家安全保障上の優位性を維持・強化することを目標としている。

組織面では、国家航空宇宙局(NASA:National Aeronautics and Space Administration)が米国の非軍事分野の宇宙開発などを担っている。また、米国防省は国家安全保障面から宇宙活動や開発に関与し、米戦略軍隷下の統合宇宙コマンドが軍事面で宇宙活動を担っている。

主な軍事利用の衛星として、画像偵察、早期警戒、電波情報収集、通信、測位などの衛星があり、その運用は多岐にわたる。

2 ロシア

ロシアの宇宙活動は、旧ソ連時代から継続している。旧ソ連は、1957(昭和32)年10月、人類初の人工衛星「スプートニク1号」の打上げを皮切りに、数々の人工衛星を打上げ、旧ソ連解体に至るまで世界一の人工衛星打上げ数を誇った。その中には多数の軍事利用の衛星も含まれ、冷戦期間中、米国及び旧ソ連による宇宙空間の軍事的な利用が進展した。1991(平成3)年の旧ソ連解体以降、ロシアの宇宙活動は低調な状態にあったが、近年、再び活動を拡大している。

安全保障面での動向としては、15(平成27)年12月に承認された「ロシア連邦国家安全保障戦略」において、米国による宇宙への兵器の配備が、グローバル及び地域的な安定を阻害している要因の1つと指摘している。また、14(平成26)年4月に「国家安全保障戦略」の理念を軍事分野において具体化する文書として策定された「ロシア連邦軍事ドクトリン」では、宇宙においてロシア軍の活動を支援する周回軌道宇宙飛翔体群の展開及び維持を主要な任務の一つとして挙げている。

組織面では、国営宇宙公社ロスコスモス(Roscosmos State Corporation for Space Activities)がロシアの科学分野や経済分野の宇宙活動を担う一方で、国防省が安全保障目的での宇宙活動に関与し、航空宇宙軍8が実際の軍事面での宇宙活動や衛星打上げ施設の管理などを担当する。

主な打上げ衛星として、画像偵察、早期警戒、電波情報収集、通信、測位などの衛星があり、いずれも安全保障分野に活用されているとみられる。また、現在ロシアは、新型運搬ロケットであるアンガラロケットを開発中9のほか、極東のボストーチヌイに新たな発射場を建設中10である。

3 欧州

欧州における宇宙活動は、フランスが旧ソ連及び米国に次ぐ1965(昭和40)年、英国が1971(昭和46)年に衛星打上げ国となったほか、イタリアが1964(昭和39)年12月、ドイツが1965(昭和40)年7月にそれぞれ米国のロケットを利用し、人工衛星の保有国となった。一方、1975(昭和50)年5月の欧州宇宙機関(ESA:European Space Agency)11条約に基づき同月に発足したESAは、1979(昭和54)年に衛星を打上げた。

欧州では、EU、ESA、欧州各国がそれぞれ独自の宇宙活動を推進しているほか、相互の協力による宇宙活動が行われている12

ESAにおいては、04(平成16)年5月、EUとの「枠組み協定」により、連携した宇宙開発を推進することや定期的な閣僚級理事会を開くことなどを規定し、07(平成19)年5月、EU・ESA合同閣僚級理事会において、「欧州宇宙政策」を承認13している。この「欧州宇宙政策」では、民生目的及び防衛目的の宇宙活動の相乗効果の向上や、加盟国の調整のとれた宇宙活動、国際競争力のある宇宙産業の確保などの重要性が示され、安全保障が優先分野の一つとして位置づけられている。

今後はEU・ESAが計画している衛星測位システム「ガリレオ」14、地球観測プログラム「コペルニクス」15、欧州防衛庁(EDA:European Defence Agency)16による偵察衛星プロジェクト(MUSIS:Multinational Space based Imaging System)17などが、欧州における安全保障分野に活用されていくものとみられる。

4 中国

中国は、1950年代から宇宙開発を推進し、1970(昭和45)年4月、ミサイル開発を発展させた技術を用いて運搬ロケット「長征1号」に搭載した中国初の人工衛星「東方紅1号」を打上げた18

中国は、これまでに有人宇宙飛行、月面探査機の打上げなどを行っている。中国の宇宙開発は、国威の発揚や宇宙資源の開発を企図しているとの見方がある。

組織面では、国務院の工業・情報化部のもとにある国防科学技術工業局が、宇宙・核・航空・船舶及び兵器産業などを所管し、国家航天局が、民・商用宇宙分野における行政管理を統括し、対外的に政府を代表する。

15(平成27)年5月の中国の国防白書「中国の軍事戦略」では、宇宙空間は国家間の戦略競争の攻略ポイントであると指摘している。その一方で中国は、自らの宇宙空間における活動を「宇宙空間の平和利用」と主張し、「宇宙兵器化と宇宙軍備競争に反対し、国際宇宙協力に積極的に参与」する旨強調するほか、「宇宙の情勢をつぶさに追跡、把握し、宇宙空間の安全に対する脅威と挑戦に対処し、宇宙資産の安全を守る」としている。また、16(平成28)年12月に公表した中国の宇宙白書「2016中国の宇宙」では、「宇宙強国の建設」や「中国の夢の実現」といった方針が示され、20(平成32)年ごろまでの打上げ計画19を提示したほか、国際協力や宇宙の平和利用を強調している。一方、安全保障の要求も満たすとしており、宇宙空間の軍事利用を否定していない。

実際に中国は、情報収集、通信20、測位21など軍事目的での宇宙利用を積極的に行っている。16(平成28)年1月に新設された戦略支援部隊の任務や組織の細部は公表されていないものの、宇宙・サイバー・電子戦を担当しているとの指摘がある。また、運搬ロケット「長征」シリーズの新型の打上げの継続22のほか、さらに超重量級の運搬ロケットの開発を行うとしている。運搬ロケットは、中国国有企業が開発・生産を行っているが、これらの企業は弾道ミサイルの開発・生産なども行っているとされている。中国は、官、軍、民が密接に協力しながら、今後も宇宙開発に注力していくものとみられる。衛星地上局の整備にも注力しているとみられ、北欧スウェーデン・キルナ近傍に中国初の国外の衛星データ受信局を16(平成28)年12月に開設した23。また、独自の宇宙ステーション建設24を目指す「有人宇宙プロジェクト」を進めている。17(平成29)年4月には文昌衛星発射センターから「長征7号遥2」運搬ロケットにより、無人宇宙貨物輸送船「天舟1号」を初めて打ち上げ、その後、「天舟1号」と宇宙実験室「天宮2号」のドッキングに成功した。この他、海南省リモートセンシング研究所は、19(平成31)年から21(平成33)年にかけ、10個の人工衛星を次々と打ち上げるとされている。さらに、中国は投資、研究開発、米国などからの技術導入などによって、宇宙大国の一つとなったとされ、将来的には、米国の宇宙における情報優位を脅かすおそれがあるとの指摘25がある。また、前述のとおり、中国は対衛星兵器の開発を継続しており、07(平成19)年1月には地上から発射したミサイルで自国の人工衛星を破壊する実験を、14(平成26)年7月には対衛星ミサイルの実験で人工衛星の破壊を伴わないもの26を行ったほか、衛星攻撃衛星「キラー衛星」や電波妨害装置(ジャマー)、レーザー光線などの指向性エネルギー兵器27を開発しているとの指摘もある。

5 インド

インドの宇宙開発は、国家5か年計画のもと、社会及び経済発展を目的とした宇宙プログラムを推進している。第12次5か年計画28では、通信、測位、地球観測(災害監視・資源探査、気象観測など)、輸送システム、宇宙科学、スピンオフの促進などの非軍事的な計画を主として推進している。

首相のもと、宇宙委員会(SC:Space Commission)が宇宙政策を決定し、宇宙開発予算の準備、宇宙開発のプログラム実行の責任を負う。また、それをもとに宇宙庁が宇宙開発政策を実行し、ロケットの開発、打上げ、衛星の開発、製造などを行うインド宇宙研究機関(ISRO:Indian Space Research Organisation)を管理する。

インドは、16(平成28)年4月、インド周辺国の測位が可能な測位衛星29を運用させたほか、地球観測衛星を打上げ、安全保障目的にも使用しているとの指摘がある。また、17(平成29)年2月、インドは世界最多となる104機の衛星30を1基のロケットで打上げることに成功した。今後、惑星探査、有人宇宙飛行31などが計画されている。

6 韓国

韓国は、1990年代後半から宇宙開発を本格化させたものとみられる。13(平成25)年11月、自国製32のロケットの初打上げを20(平成32)年6月に前倒し33するなどとした「宇宙開発中長期計画(2014~2040)」34に加え、民間企業が宇宙開発を主導するよう誘導する計画「宇宙技術産業化戦略」、自国製のロケットを活用し、惑星・宇宙探査及び高軌道衛星の独自開発を行う「韓国製のロケット開発計画修正」の主要三計画を制定し、宇宙活動を推進している。

組織面では、韓国航空宇宙研究院が実施機関として研究開発を主導する。また、国防科学研究所が各種衛星の開発利用に関与している。

主な利用衛星として、画像偵察、通信などの衛星がある。なお、衛星の打上げは、他国に依存している。

7 17(平成29)年12月、トランプ大統領就任後、最初の宇宙政策を指示する「宇宙政策指令─1」の署名式を行い、スピーチの中で軍事利用と宇宙の関連性に触れ、米国宇宙政策の重要性を示すなど、新たな動きもみられる。

8 ロシア国防省によると、航空宇宙軍は空軍と航空宇宙防衛部隊が統合して創設され、15(平成27)年8月に任務を開始したとされる。また、航空宇宙軍の任務は①航空兵力の集中的な戦闘指揮、②防空・ミサイル防衛、③人工衛星の発射及び制御、④ミサイル攻撃警戒、⑤宇宙空間の監視などとしている。

9 14(平成26)年7月、「アンガラ1.2PP」の初打上げに成功し、同年12月、「アンガラA5」が模擬衛星の初打上げに成功した。また、ロシアがソ連崩壊後に初めて開発した大型ロケットとされ、今後、商業衛星や軍事目的の衛星を打上げるとされている。

10 ロシアが租借しているカザフスタンのバイコヌール宇宙基地に替わる発射場として建設されており、20(平成32)年までの完全稼働を目指している。

11 1975(昭和50)年5月、ESAは宇宙研究・技術・応用分野において、主に平和目的で利用するための単一の欧州宇宙機関の設立を目的としたESA条約に基づき設立。1980(昭和55)年10月、正式に発足

12 00(平成12)年9月、欧州委員会(EC:European Commission)とESAによる欧州宇宙戦略は、欧州の統一的なかつ効果的な宇宙活動を進めることとし、ECが宇宙政策に関する政治的・戦略的な決定を行い、ESAがその実施機関となるとの方向性などを示した。現在稼働中の衛星測位システム「ガリレオ」及び環境・安全保障監視プログラム「コペルニクス」においては、政策分野をEUが、技術分野をESAが主に担当するなど、双方が補完し合いながらプロジェクトを進めている。

13 16(平成28)年10月、欧州委員会は欧州宇宙戦略を発表している。

14 16(平成28)年12月、衛星18基で初期サービスを開始。衛星数の不足からGPSと併用するとしている。また、20(平成32)年までに全30機の衛星で運用開始予定。

15 地球観測のために必要な画像を取得する新たな観測衛星「センチネル」の打上げが進められている。観測衛星「センチネル」は、目的に応じて、①全天候型であり、陸海のレーダー撮像を実施、②全天候型であり、植生、内陸水路、沿岸地域の撮像、高解像度で陸上監視が可能な衛星、③陸海表面の温度や地勢図の測定に分類される。18(平成30)年1月現在、6機が衛星軌道上にあると指摘されている。

16 04(平成16)年、欧州における危機管理面での防衛能力の向上と安全保障・防衛政策を実施・維持する目的で設置

17 ベルギー、ドイツ、ギリシャ、フランス、イタリア及びスペインによって開始。10(平成22)年12月、ポーランドが加わった。フランスの軍事偵察衛星「ヘリオスII」、軍民両用地球観測衛星「プレアデス」、ドイツの軍事レーダー衛星群「サールーペ」、イタリアの地球観測衛星群「コスモ・スカイメッド」、スペインの光学衛星「インゲニオ」の後継となる共同プロジェクト

18 16(平成28)年の運搬ロケット打上げ回数は、米国22回、中国22回、ロシア17回、欧州11回、インド7回、日本4回、イスラエル1回。打ち上げ回数で、中国は初めてロシアを上回り、米国に並んだ。なお、17(平成29)年は、米国29回、ロシア19回、中国18回、欧州(仏国)11回、日本7回、インド5回。

19 月探査機のほか、独自の測位衛星である北斗の全世界規模でのサービス開始、火星探査、小惑星探査及び木星探査などを記述している。

20 16(平成28)年8月、中国は世界初の宇宙・地上間の量子通信実験を行う量子科学実験衛星「墨子」を打上げた。

21 12(平成24)年12月には、衛星航法システム「北斗」がアジア太平洋の大部分の地域を対象にしたサービスを正式に開始し、既に海軍艦艇、海上法執行機関所属の公船、漁船などへの「北斗」システムの搭載が開始されていると報じられている。「北斗」は測位だけでなく双方向のショートメッセージ機能を有しており、同機能を利用することで、中国艦船が確認した他国艦船の位置情報などをリアルタイムで一元的に把握・共有することが可能になるなど、海洋などにおける情報収集能力が向上するとの指摘もある。

22 15(平成27)年9月、長征6号(小型衛星打上げ用)及び長征11号(固体燃料・小型衛星即時打上げ用)、16(平成28)年6月、長征7号(有人宇宙船「神舟」打上げ用)、同年11月、長征5号(大型衛星打上げ用)の初打上げにそれぞれ成功した。一方、17(平成29)年7月には長征5号ロケットの打ち上げに失敗している。また、低軌道への打上げ能力100トンを目指した、長征9号(超大型衛星打上げ用)を30(平成42)年前後に打上げる計画を公表した。

23 北極圏内にあるこの受信局では、太陽同期軌道を回る地球観測衛星(画像偵察衛星を含む)が取得したデータを受信しやすいなど、安全保障上の利点が多いとの指摘がある。

24 06(平成18)年2月、中国国務院が公表した「国家中長期科学技術発展計画綱要」では、宇宙ステーション建設の他、月面探査、高解像度地球観測システムを重大特定プロジェクトと位置づけている。

25 15(平成27)年11月、米中経済安全保障再検討委員会の年次報告書による。

26 15(平成27)年2月の米国家情報長官「世界脅威評価」は、中国は14(平成26)年7月、対衛星ミサイルの実験であって人工衛星の破壊を伴わないものを行ったと指摘。また、中国は衛星に対する電波妨害(ジャミング)能力を保有し、対衛星システムを追求していると指摘している。

27 17(平成29)年6月、米国防省が発表した「中華人民共和国の軍事及び安全保障の進展に関する年次報告書」によると、中国は危機や紛争時に、敵による宇宙資産の使用を制限・阻止するため、指向性エネルギー兵器や電波妨害装置(ジャマー)、さらには対衛星能力を含むさまざまな能力開発を続けているとしている。

28 第12次5か年計画は、12(平成24)年4月から17(平成29)年3月を対象。

29 インドは、16(平成28)年4月に7機目の地域測位システム(IRNSS:Indian Regional Navigation Satellite System)衛星の打上げに成功し、軌道配備を完了した。

30 衛星は極軌道に打上げられ、約700kgのインドの地球観測衛星「Cartosat-2D」1機の他、約10kg以下の小型衛星103基(イスラエル・カザフスタン・オランダ・スイス・アラブ首長国連邦の各1基、インド2基、米国96基)を同時に打上げた。

31 14(平成26)年12月、インド宇宙研究機関は、無人の宇宙船を搭載した大型ロケットの打上げ実験に成功した。

32 13(平成25)年1月、ロシアのアンガラロケット1段目を元として開発したロケット「羅老(ナロ)号(KSLV-1)」の打上げに3回目で初成功した。

33 試験用ロケットの打上げを17(平成29)年12月に予定していたが技術的な問題から18(平成30)年10月に延期した。

34 1996(平成8)年発表された、「宇宙開発中長期基本計画(1996~2015)」が韓国初の宇宙計画とされる。