Contents

第I部 わが国を取り巻く安全保障環境

3 海洋安全保障への各国の取組

海洋においては、適切なルール作りを進め、当該ルールを尊重しつつ国際社会が協力してリスクへの対処や航行の自由の確保に向けた取組を行うことが、経済の発展のみならず安全保障の観点からも一層重要な課題となっている。「開かれ安定した海洋」は、世界の平和と繁栄の基盤であり、各国は、自ら又は協力して、海賊、不審船、不法投棄、密輸・密入国、海上災害への対処や危険物の除去といった様々な課題に取り組み、シーレーンの安定を図っている。

1 米国

中国の海洋進出について、マティス国防長官は、17(平成29)年6月のシャングリラ会合において、南シナ海における中国の建設活動の範囲や影響は、軍事化という性質、国際法の無視、他国の利益に対する軽視、平和な問題解決をはねつける取組などの点で他の国のものとは異なっており、米国は、現状に対する一方的で強制的な変更を受け入れることはできないと明言した。その上で、戦略的に重要な東シナ海及び南シナ海において、権利、自由及び海洋の合法的使用、並びに各国がこれらの権利を行使する能力を維持することにコミットするとともに、国際法が認める如何なる場所でも飛行、航行及び作戦を継続し、南シナ海などにおけるプレゼンスを通じ決意を示していくことを明確にした。実際に、米軍は同年5月、7月、8月、10月、18(平成30)年1月、3月及び5月、南シナ海で中国が主権を主張する地形の12海里以内やその周辺海域において「航行の自由作戦12」を実施したと報道されている。わが国としては、南シナ海における米国の航行の自由作戦を支持しており、自由で開かれた平和な海を守るため、国際社会が連携していくことが重要であると考えている。

また、米国は、自国の安全と経済の安定は世界の海洋の安全な使用にかかっており、海洋安全保障に重大な利益を有するという認識のもと、アデン湾やペルシャ湾、インド洋といった中東・アフリカの周辺海域でテロ対処を含む海洋の安全の促進や海賊対処のため、連合海上部隊(CMF:Combined Maritime Forces)13を率いているほか、中米周辺の海域においても、欧州・米州諸国とともに麻薬を主とした違法取引の対処のための作戦14を実施するなど、世界の様々な海域に艦艇を派遣して海賊や組織犯罪、テロリズム、大量破壊兵器の拡散への対処のための活動を実施している。

2 NATO・EU

海洋における取組として、テロ行為を加盟国に対する脅威の一つと位置づけているNATOは、01(平成13)年の米国同時多発テロを受け、同年10月から、北大西洋条約第5条に基づく集団防衛の一環として、地中海において海上監視などのテロ対策活動「アクティブ・エンデバー作戦」を行ってきた。同作戦については、16(平成28)年11月から、危機管理任務である「シー・ガーディアン作戦」へ移行させ、欧州連合(EU:European Union)の「ソフィア作戦」と連携しつつ、テロ対策や能力構築支援などの広範な任務を実施している。

懸案となっている難民・移民の大量流入への対応としては、16(平成28)年2月、常設海上部隊(加盟国の艦艇から構成され、定期的な演習や即応展開能力の維持を通じ、加盟国に対して海洋における抑止力を提供する多国籍統合部隊)をエーゲ海に展開することを決定し、ギリシャ・トルコ当局及びEUの国境管理機構に難民船舶に関する情報を通知する活動を行っている。

海賊による脅威に対しては、ソマリア沖・アデン湾に常設海上部隊の艦艇を派遣し、09(平成21)年8月以降「オーシャン・シールド作戦」を実施し、艦艇による海賊対処活動に加えて、要請があった国に対して海賊対処能力の構築支援を行っていたが、16(平成28)年12月に活動を終了した。加盟国の多数が海洋に面し、海上交通や海洋における経済活動が活発なEUは、08(平成20)年12月から初の海上任務となる同海域での海賊対処活動「アタランタ作戦」を行っている。同作戦は、各国から派遣された艦艇や航空機が船舶の護衛や同海域における監視などを行うもので、18(平成30)年末まで実施することが決定している。

3 英国

英国は、周囲を海洋に囲まれた島国であり、伝統的に海上交易を含む様々な海洋活動を活発に行ってきた。また、英国は、海外領土も多く、国の領土のおよそ25倍もの排他的経済水域を有している。こうしたことから英国は、海外領土を含めた自国周辺海域、ひいては周辺各国の海洋の安全を確保するため、NATOやEU主導の多国籍部隊や米軍主導の連合海上部隊に積極的に貢献してきており、例えば、EU主導の海賊対処活動「アタランタ作戦」の司令部は英国のノースウッドに置かれている。また英国は、南シナ海においても航行の自由の確保に向けた取組を行うなど、アジア太平洋地域における英国海軍のプレゼンス維持に向け取り組んでいる15

4 フランス

フランスは、多数の海外領土を保有することから、世界有数の排他的経済水域を有している。17(平成29)年10月に発表した「戦略見直し」においては、航行の自由などの利益が、アジア太平洋地域の戦略的状況の悪化によって脅威にさらされる可能性を指摘するとともに、太平洋及びインド洋の海外県・海外領土において自らの主権を守る態勢を維持する旨を明らかにしており、仏領ポリネシアやニューカレドニアに部隊を常駐させ、フリゲートや哨戒艇などを配備している。また、フランスは18(平成30)年2月にフロレアル級フリゲート「ヴァンデミエール」をわが国に寄港させ、海自と共同訓練を実施したほか、南太平洋において多国間演習「南十字星」や「赤道」などを主催している16

5 オーストラリア

オーストラリアは、16(平成28)年に発表した国防白書において、自国の安全及び強じん性と併せて、シーレーンの安全を国防戦略上の利益とみなしている。特に、自国が東南アジアとの海上貿易及び東南アジアを通過する海上貿易に依存していることから、オーストラリア付近の海域と東南アジアにおける貿易ルートの安全が確保されなければならないとしている。

こうした方針のもと、豪軍はマレーシアのバターワース空軍基地に拠点を設けるなどして、インド洋北部及び南シナ海において「オペレーション・ゲートウェイ」と称する哨戒機による警戒監視活動を実施している17。また、インドとの海軍協力の拡大、南太平洋諸国への警備艇の提供18、豪軍アセットを動員しての沿岸警備などにも取り組んでいる。

中国との関係では、南シナ海周辺海域で警戒監視活動を行う豪軍哨戒機が、定期的に中国軍機から妨害を受けていたとする報道があった。また、18(平成30)年4月には、ベトナムに向かっていた豪軍艦艇3隻が中国海軍の挑発を受けたとの報道があり、これについて、中国国防部は、「報道は事実と異なる」と述べる一方、ターンブル豪首相は「オーストラリアは、南シナ海を含む世界の海における航行の自由の権利を主張・実践する」と表明している。

6 中国

中国は、貿易関連貨物の9割以上を海上輸送に依存19しており、自国のシーレーンの安全確保が、中国の「核心的利益」の一つである「経済・社会の持続的発展を可能とする基本的保障」20の重要な一角となっている。

海賊対処について、中国は、「アジア海賊対策地域協力協定(ReCAAP:Regional Cooperation Agreement on Combating Piracy and Armed Robbery against Ships in Asia)」21の加盟国として、東南アジア地域の海賊に関する情報共有及び協力体制に参画しているほか、08(平成20)年12月以降、ソマリア沖・アデン湾に海軍艦艇を派遣し、海賊対処のための国際的な取組に参加するなど、海洋安全保障の確保に貢献している。

このような中国による自国のシーレーンの安全確保を重視する姿勢は、中国海軍がより遠方の海域で継続的に作戦を遂行する能力の向上を目指していることとも関係していると考えられる。この点、海賊対処に従事する中国海軍艦艇が寄港する、アデン湾に面する東アフリカの戦略的要衝であるジブチにおいて、中国は、軍の活動の後方支援を目的とするとされる「保障基地」の運用を17(平成29)年8月に開始した。こうした海外における港湾などの活動拠点は、中国が遠方の海域で継続的に作戦を遂行する能力の向上にも資するものと考えられる。

また、南シナ海において、中国は、南沙(スプラトリー)諸島や西沙(パラセル)諸島の領有権などをめぐってASEAN諸国と主張が対立しているほか、近年、中国を含む関係国が領有権主張のための活動を活発化させており、海洋における航行の自由などをめぐって、その動向に国際的な関心が高まっている。

7 東南アジアなど

東南アジアは、マラッカ海峡や南シナ海など、太平洋とインド洋を結ぶ交通の要衝に位置する地域であるが、同地域においては、南シナ海の領有権などの対立や海賊など、海洋における安全保障上の課題が存在している。

南シナ海をめぐる問題の平和的解決に向け、ASEANと中国は、02(平成14)年、「南シナ海に関する行動宣言(DOC:Declaration on the Conduct of Parties in the South China Sea)」に署名し、現在は、同宣言よりも具体的な内容を盛り込み、法的拘束力を持つとされるCOCの策定に向けた公式協議を行っている。

また、国連海洋法条約に定められた仲裁手続を通じた問題解決の動きもみられる。13(平成25)年1月、フィリピンは、南シナ海における中国の主張及び行動に関する両国間の紛争を同条約に基づく仲裁手続に付し、16(平成28)年7月にはフィリピンの申立て内容がほぼ認められる内容の最終的な判断が下された。仲裁裁判所による判断の結果は当事者間に対し法的拘束力を有し、最終的なものとなる。また、係争国であるベトナムも、南シナ海における自国の主張にも留意するよう同裁判所に要請するなど、一部の関係国においては国際法に基づく問題の平和的解決に取り組もうとする動きがみられる。

海賊対策としては、インドネシア、マレーシア、シンガポール及びタイによる「マラッカ海峡パトロール(Malacca Strait Patrols)」22が行われているほか、ReCAAPに基づき、海賊に関する情報共有及び協力体制の構築が進められている。また、近年、スールー海・セレベス海において、身代金目的の誘拐事件が発生していることなどを受けて、インドネシア、マレーシア及びフィリピンの3か国は、17(平成29)年6月に同海域での海上パトロールを、同年10月に航空パトロールをそれぞれ開始した。

参照2章6節4(南シナ海における領有権などをめぐる動向)

12 「航行の自由作戦」(Freedom of Navigation Operation)は、沿岸国による行き過ぎた海洋権益の主張に対抗することにより、国際法上、すべての国に保障された権利、自由、海洋及び空域の合法な利用を保護することを目的として、米軍が行う作戦行動である。1979(昭和54)年より、継続的に実施されてきたとされている。

13 米中央軍の隷下で海洋における安全、安定、繁栄を促進することを目的として活動する多国籍部隊。32か国の部隊が参加しており、CMF司令官は米第5艦隊司令官が兼任している。海洋安全保障のための活動を任務とする第150連合任務部隊(CTF-150)、海賊対処を任務とする第151連合任務部隊(CTF-151)、ペルシャ湾における海洋安全保障のための活動を任務とする第152連合任務部隊(CTF-152)の3つの連合任務部隊で構成されており、CTF-151には自衛隊も部隊を派遣している。

14 米国を含む欧州・米州は中米周辺海域において麻薬、化学物質の原料、金銭、武器などの違法取引及び組織犯罪の対処のため、「マルティーリョ作戦」を実施している。

15 2章8節3項1参照

16 フランスによる寄港や演習への参加については2章8節3項2参照。人道支援活動としては、13(平成25)年11月、15(平成27)年3月、16(平成28)年2月の台風・サイクロン被害を受けたフィリピン、バヌアツ、フィジーでの活動などを行うなどしている。

17 豪国防省は15(平成27)年12月、同活動の一環として、豪空軍機による南シナ海の哨戒活動を11月から12月の間に行ったことを認めた。これに先立ち、英BBCは、オーストラリアが南シナ海において航空機による「航行の自由作戦」を実施しているとして、豪空軍機と中国海軍間で行われたとされる無線交信の内容を公開した。

18 2章5節3項4参照

19 中国中央人民政府ホームページによると、中国の原油、鉄鉱石、食料、コンテナなどの輸出入貨物の90%以上は海上輸送によるものである。

20 戴秉国(たい・へいこく)・国務委員(当時)「平和的発展の道を歩むことを堅持しよう」(10(平成22)年12月7日、中国外交部ホームページ)

21 18(平成30)年6月現在、同協定の締約国は、オーストラリア、バングラデシュ、ブルネイ、カンボジア、中国、デンマーク、インド、日本、韓国、ラオス、ミャンマー、オランダ、ノルウェー、フィリピン、シンガポール、スリランカ、タイ、英国、米国及びベトナムの20か国である。

22 同パトロールは、04(平成16)年に開始された「マラッカ海峡海上パトロール」、05(平成17)年に開始された航空機による警備活動、及び06(平成18)年に開始された情報共有活動からなる。