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第I部 わが国を取り巻く安全保障環境

2 安全保障・国防政策

豪政府は13(平成25)年1月、初の国家安全保障戦略を発表した2。同戦略は、今後10か年の国家安全保障の方向性を示すものであり、アジア太平洋地域における経済的、戦略的変化に対応していくことがオーストラリアの国家安全保障にとって重要であるという認識を示している。同戦略は、同国の国家安全保障上の目標を、①国民の安全と強じん性の確保、②主権の保護と強化、③資産、インフラ及び組織の保護、④望ましい国際環境の促進の4つとした上で、①アジア太平洋地域への関与の強化3、②サイバー政策及び作戦の統合4、③効果的なパートナーシップの構築5を今後5年間の最優先課題にするという方針を示した。

16(平成28)年2月に発表された国防白書では6、今後20年間にオーストラリアが直面する安全保障環境の見積りを示したうえで、こうした環境に対処するための国防戦略とそれに基づく国防力の整備の方向性を示している。

具体的には、35(平成47)年までは自国領域が軍事攻撃を受ける可能性は低いものの、新たな複雑性と挑戦に直面するとの認識のもと7、国防戦略上の利益として、オーストラリアの安全と強じん性(シーレーンなどの安全を含む)、近隣地域の安全、インド太平洋地域の安定及びルールに基づく国際秩序を挙げている。また、国防戦略上の目標としては、①自国・国家利益などへの武力攻撃又は脅威の抑止・拒否・撃破、②東南アジアの海洋安全保障と南太平洋諸国などの政府による安全の確立・強化に資する軍事的貢献、③ルールに基づく国際秩序における国益に資する共同オペレーションへの軍事的貢献を挙げている。さらに、これらの目標を達成するうえで必要となる豪軍の高い能力水準を維持するため、政府として重要な投資を行っていくとして、兵力の約4,400名8の増強に加え、新型潜水艦12隻9、防空駆逐艦(イージス艦)3隻、F-35統合攻撃戦闘機(JSF:Joint Strike Fighter)72機、MQ-4C無人哨戒機7機などの高性能な装備品を取得する方針を示している。同時に、情報・監視・偵察(ISR:Intelligence, Surveillance, Reconnaissance)能力、電子戦能力、サイバーセキュリティ能力の強化のほか、オーストラリア北部などに所在する基地機能の強化も追求するとしている。そして、これらの事業を予算面から裏づけるため、国防予算を増額し、20(平成32)年までに対GDP比2パーセントを達成するという具体的な目標も提示している。

また、北朝鮮が過去に例を見ない頻度で挑発行動を繰り返す中、ターンブル首相は17(平成29)年10月、「複数の国、特に北朝鮮が距離と速度を向上させたミサイルを開発しており、我々は迎撃できる能力を持たなければならない」と述べ、海軍の次期フリゲート艦9隻(イージスシステム搭載)に長距離弾道ミサイルを迎撃できる防衛システムを搭載することを発表している10

2 同戦略は、08(平成20)年12月に発表され、オーストラリアの国家安全保障上の論点を明示し、国家安全保障コミュニティの改革を始動させた「国家安全保障声明」に続くものであり、5年ごとに見直しが行われる予定である。

3 具体的には、①米豪同盟の強化、②中国、インドネシア、日本、韓国、インドなどの影響力のある地域諸国との二国間協力の拡大、③多国間フォーラムの優越性及び効果性の促進に取り組むことなどが示されている。

4 オーストラリア・サイバー・セキュリティ・センター(ACSC:Australian Cyber Security Centre)に、国防省、司法省、連邦警察の能力及び犯罪委員会のサイバー関連の人材を統合

5 国内外のパートナーとの確実かつ迅速な情報共有、民間との情報共有の強化など

6 オーストラリアの国防白書は、国防に関する政府の将来計画及び実現策などを示すものであり、これまでに、1976(昭和51)年(フレーザー自由党政権)、1987(昭和62)年(ホーク労働党政権)、1994(平成6)年(キーティング労働党政権)、00(平成12)年(ハワード自由党政権)、09(平成21)年(ラッド労働党政権)、13(平成25)年(ギラード労働党政権)及び16(平成28)年(ターンブル自由党政権)の計7回発表されている。

7 今後20年間にオーストラリアの安全保障環境を形成する要素として、①インド太平洋地域における米中の役割と関係、②ルールに基づく国際秩序の安定への挑戦、③国内外のオーストラリア国民に対するテロの脅威、④経済発展の不均衡、犯罪、社会、環境、統治上の問題及び気候変動による脆弱国家の発生、⑤軍事近代化のペースと地域における高度な軍事力の発展、⑥複雑かつ地理的概念を超える新たな脅威の登場(サイバー脅威など)の6つを挙げている。このうち、⑤としては、インド太平洋地域において、世界の潜水艦の半数及び新型戦闘機の半数以上が運用され、弾道ミサイル技術を取得する国も増加する可能性などを示している。

8 今後10年間で、現役兵の数を現在の約5万8,000人から約6万2,400人へ引き上げる方針を示している。これが実現すれば、1993(平成5)年以来、豪軍は最大規模となる。

9 国防白書では、取得する潜水艦について、「地域的に優位性を備えた潜水艦」と表現し、16(平成28)年内に艦種を選定し、1隻目の運用開始を30(平成42)年代初期としている。日独仏が潜水艦の建造受注を競っていたが、豪政府は16(平成28)年4月、建造パートナーをフランスのDCNS社に決定したと発表した。同年8月には同社が受注したインド海軍の潜水艦に関する同社の機密文書の漏洩が発覚し、豪国内で採用見直しを求める声も上がったが、ターンブル首相は「オーストラリアが建造する潜水艦はリーク対象とタイプが異なる」と強調し、採用見直しを否定している。

10 17(平成29)年4月、ビショップ外相が「全ての選択肢がテーブルの上にあるという米国の対北朝鮮政策を支持する」などと述べたことを受け、北朝鮮外務省報道官が「豪州が米国に追従するなら、わが戦略軍の核の照準鏡内に自ら首を突っ込む自滅行為になるだけである」と核攻撃の脅しを繰り返している。