自衛隊殉職者慰霊碑の御案内

尊い命を国家に捧げた殉職隊員の功績を永久に顕彰し、深甚なる敬意と哀悼の意を捧げることを目的に、昭和37年に市ヶ谷駐屯地内に建立。その後、昭和55年に建て替えられ、防衛庁庁舎の市ヶ谷移転に伴い、平成15年に慰霊碑地区(メモリアルゾーン)の整備により、現在の地に移設。

市ヶ谷地区の配置図

自衛隊殉職者慰霊碑の概要

昭和25年、警察予備隊が創設され、保安隊・警備隊を経て、今日の自衛隊に至るまで、隊員は、国民の期待と信頼に応えるべく祖国防衛の責務完遂に努めてきた。加えて、国際平和協力活動など自衛隊の任務も多様化し、国際社会の平和と安全にも大きく貢献している。これは、隊員一人一人が自らの使命に、自信と誇りを持ち、全力をもって任務を果たしてきたからにほかならない。

しかしながら、創設以来、陸に海に空に、訓練演習、災害派遣等に当たり旺盛な責任感で身の危険を顧みず任務の完遂に務めた幾多の隊員が職務に殉ぜられ、その数は2,000を超える。

これらの御霊は、自衛隊にあっては良き上司部下あるいは良き同僚として、また家庭にあっては最愛の伴侶、心温かい親あるいは頼もしい子として敬愛されていた方々であり、防衛省・自衛隊としては、このような掛け替えのない方々を失ったご遺族の心情や御霊のご遺志、ご偉業を片時も忘れることはない。

自衛隊殉職者慰霊碑は、このような職務に殉ぜられた隊員の功績を永久に顕彰し、深甚なる敬意と哀悼の意を捧げるものであり、昭和37年建立された。その後、風化による痛みが著しくなったことからご遺族の要望もあり、防衛弘済会共助事業費と全自衛隊の拠金をもって新たに整備され、昭和55年10月15日に完成した。

碑銘は鈴木首相の揮毫によるもので、中央の石は黒御影石で、左右の石は無拓白御影石で霊峰富士山を形どっている。前面には、副碑として旧慰霊碑の「池田首相の銘石」と「建碑の辞の碑銘」が一緒に備え付けられた。

自衛隊殉職者慰霊碑には、歴代防衛大臣等の防衛省幹部の離着任時に欠かさず、また、外国要人からも献花が行われている。

警察予備隊創設以来、職務に殉ぜられた方々の御遺族も御高齢になられたことを考慮し、御遺族が来訪の時には心安らかに御参拝ができるよう、また、同僚・後輩諸氏が事故絶滅の誓いを新たにするに、より相応しい場所となるよう慰霊碑を移設し、メモリアルゾーンの整備を行った。

自衛隊殉職者慰霊碑地区 一般公開

防衛省市ヶ谷地区に所在する自衛隊殉職者慰霊碑地区を一般の方を対象に公開させていただきます。一般公開の参加を希望される方は、見学者用のご案内をご確認いただき、お申し込みをお願いいたします。

なお、自衛隊殉職者慰霊碑の公開となり、市ヶ谷ツアーとは見学ルートが異なるとともに、市ヶ谷記念館、厚生棟、大本営地下壕跡、その他防衛省施設へのお立ち入りはできません。

7月実施分のみが計画されており、現時点で次回以降の開催は未定です。

自衛隊殉職隊員追悼式の概要

  1. 追悼式の経緯

    昭和32年から自衛隊記念日記念行事の一環として、任務遂行中に不幸にして職に殉じた隊員を追悼するため、防衛大臣の主催により自衛隊殉職隊員追悼式を実施。

  2. 顕彰数

    昭和26年(警察予備隊)から令和7年度までに顕彰された殉職隊員は、2,142柱(陸自:1,151柱、海自:513柱、空自:445柱、機関:33柱)

    令和7年度の顕彰数は30柱(陸自:13柱、海自:10柱、空自:6柱、機関:1柱)

[殉職者慰霊碑]
[殉職隊員名簿奉納]
[内閣総理大臣追悼の辞]
[防衛大臣追悼の辞]