駐屯地の沿革
昭和14年
昭和16年
昭和20年
昭和20年9月
昭和25年9月
昭和26年4月
昭和31年5月
昭和32年3月
昭和34年3月
昭和37年8月



昭和39年3月
昭和43年3月
昭和45年3月
昭和48年3月
昭和52年3月
昭和57年8月
昭和59年4月
昭和62年2月
昭和63年3月
平成 2年3月
平成 6年3月
平成 8年3月

平成11年3月

平成18年3月


平成22年3月



平成30年3月


平成31年3月
第95飛行場大隊八戸飛行場建設開始
八戸少年飛行隊・中部軍直協飛行隊ほか駐屯
第75飛行戦隊、第66飛行場大隊駐屯
米国陸軍第8軍、第81師団が移駐
警察予備隊3個大隊駐屯
警察予備隊金沢駐屯地へ移駐
米国駐留軍帰国、第5普通科連隊の主力青森から移駐、業務隊が編成
第9施設大隊・第9武器中隊・第9航空隊・第9偵察中隊が編成
第122特科大隊が編成
師団改編に伴い第5普通科連隊第1大隊を母体に第38普通科連隊、第4大隊を母体に第3
9普通科連隊、特車中隊を母体に第9戦車大隊、第3大隊を母体に第9対戦車隊が編成、第
9武器中隊が第9武器隊、第9偵察中隊が第9偵察隊に、第9航空隊が東北方面航空隊第9
飛行隊に改編
第309装輪車野整備隊が編成
第39普通科連隊・第9偵察隊弘前駐屯地へ移駐
第9戦車大隊、第9対戦車隊岩手駐屯地へ移駐
第122特科大隊が第5高射特科群に改編
第309装輪車野整備隊が第309武器直接支援隊に改称
第9師団教育隊が青森から移駐
青森地方連絡部八戸地区合同援護調整所開設
第9師団教育隊解組
第2対戦車ヘリコプター隊新編
第9後方支援連隊武器隊に改編
第9飛行隊が方面航空隊隷下から第9師団直轄に改編、第309武器直接支援隊廃止
第4地対艦ミサイル連隊新編
第9後方支援連隊武器大隊が改編
第38普通科連隊多賀城駐屯地へ移駐
第9対戦車隊岩手駐屯地から移駐
第303特科直接支援中隊、第303高射直接支援中隊、第108全般支援大隊補給中隊八
戸派遣隊、第105輸送業務隊第2端末地業務班新編、第38普通科連隊第3中隊・第4中
隊多賀城駐屯地から移駐
第9対戦車隊廃止、第303特科直接支援中隊が第102特科直接支援隊直接支援中隊に改
称、第2対戦車ヘリコプター隊が改編、第9後方支援連隊(連隊本部、本部付隊、補給隊)
が青森駐屯地から移駐、第4地対艦ミサイル連隊が東北方面総監直轄から東北方面特科隊隷
下に編入
第5高射特科群廃止、第101高射特科隊新編、第303高射直接支援中隊が第301高射
直接支援隊に改編、第105輸送業務隊第2端末地業務班が中央輸送隊第2方面分遣隊第2
端末地業務班に改編
第4地対艦ミサイル連隊第4中隊が廃止

  陸上自衛隊八戸駐屯地は、八戸市中心部から北西に約10kmの太平洋を望む風光明媚な高台に海上自衛隊八戸航空基地とともに位置しています。
  駐屯地内には約700本の桜があり、八戸の桜の名所として市民に親しまれております。

   
令和2年春の駐屯地の桜