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みつや表紙

オープンキャンプ

旅団は2月26日(土)、海田市駐屯地においてオープンキャンプを行いました。
  オープンキャンプには入隊予定者に参加していただき、生活・勤務環境の見学、職種紹介、訓練展示、隊員との意見交換、喫食体験を行いました。

レンジャー隊員によるリペリングを見学

レンジャー隊員によるリペリングを見学

営内居室見学

営内居室見学

隊員浴場見学

隊員浴場見学

隊員食堂で喫食体験

隊員食堂で喫食体験

職種紹介で警務隊のパトカーを見学

職種紹介で警務隊のパトカーを見学

旅団長執務室見学

旅団長執務室見学

整備工場見学

整備工場見学

厚生センター見学

厚生センター見学

副旅団長兼ねて海田市駐屯地司令 倉田一 1佐着任

倉田一1佐は3月14日(月)、副旅団長兼ねて海田市駐屯地司令として着任しました。  
海田市駐屯地司令として同駐屯地に所在する隊員に対し、「海田一丸」「地域とともに」を要望しました。

ポートレート

慰霊碑を参拝

慰霊碑を参拝

旅団司令部の隊員に対し着任の挨拶をする倉田副旅団長

旅団司令部の隊員に対し着任の挨拶をする倉田副旅団長

前副旅団長 牛島1佐 定年退官

牛島前副旅団長は3月11日(金)、永きにわたる国防の任務を終えられ、駐屯地の隊員が盛大に見送るなか、海田市駐屯地を後にされました。

退官の挨拶をする牛島前副旅団長

退官の挨拶をする牛島前副旅団長

駐屯地全隊員が見送るなかでの退官

駐屯地全隊員が見送るなかでの退官

新着任部隊長

3月の定期異動に伴い、第13通信隊長、第13戦車中隊長、第13音楽隊長が着任しました。

第13通信隊長 平野 2佐

第13通信隊長 平野 2佐

第13戦車中隊長 永尾 3佐

第13戦車中隊長 永尾 3佐

第13音楽隊長 米田 2尉

第13音楽隊長 米田 2尉

希望の光コンサート

第13音楽隊は2月23日(水・祝)、広島市東区民文化センターにおいて、希望の光コンサートに出演し、「交響詩ウルトラマンセブン」、「交響曲ウルトラコスモ」を演奏しました。
  残念ながら新型コロナウイルス感染拡大防止のため無観客で行われましたが、演奏の様子は、Youtubeで配信されています。ぜひご覧ください。

2曲とも吹奏楽での演奏は初。吹奏楽版の楽譜は販売・貸譜はされておらず貴重な演奏

2曲とも吹奏楽での演奏は初。吹奏楽版の楽譜は販売・貸譜はされておらず貴重な演奏

指揮する前第13音楽隊長・石村1尉

指揮する前第13音楽隊長・石村1尉

第46普通科連隊 創隊52周年記念行事

第46普通科連隊は3月8日(火)、海田市駐屯地において連隊創隊52周年記念行事を行いました。記念式典のほか、銃剣道及び拳法のエキシビションを行い52周年を連隊OBとともに盛大に祝いました。

記念式典

記念式典

銃剣道

銃剣道

拳 法

拳 法

出前防災講座

第46普通科連隊は3月23日(水)、福山市立神辺東中学校において出前防災講座を行い、ロープワーク、土のう作成、止血法等を体験を含め講義しました。

ロープワーク

ロープワーク

土のう作成

土のう作成

止血法

止血法

各種競技会

旅団隷下部隊では2月から3月の間、様々な競技会が行われ、技能向上に努めました。

武道競技会(第8普通科連隊)

武道競技会(第8普通科連隊)

武道競技会(第17普通科連隊)

武道競技会(第17普通科連隊)

炊事競技会(第13特科隊)

炊事競技会(第13特科隊)

持続走競技会(第13後方支援隊)

持続走競技会(第13後方支援隊)

射撃競技会(第13施設隊)

射撃競技会(第13施設隊)

三矢の訓え

先任写真

「伝えるべき大切なもの」
第8普通科連隊
最先任上級曹長
やまもと 博  ひろのり 准尉

最先任上級曹長制度の定着化も進み、あらゆる機会でこの制度が活用されていますが、自身が最先任上級曹長として上番機会を頂き、今年の3月で早くも1年8カ月を迎えます。上番時「上意下達・下意上達」風通しの良い部隊を強くイメージして上番したものの、気持ちばかりが先走りし本来在るべき姿となって部隊のために務めができているかを自問自答する毎日です。
最先任上級曹長としての役割を果たしていく中で実感しているのは、心の健康を崩す隊員が年々増えているということです。部隊・隊員の精強化を図るためには、厳しく鍛えて指導していく必要があります。しかしながら、時代の変化に伴い服務指導の在り方を見ると、ハラスメント、行き過ぎた指導といったような声も聞こえてきます。これまでの自らの経験に基づく指導を見直す必要があり、指導要領が少し難しくなった様にも感じています。
私は、本来の服務指導は、服務事故を防止するための指導ではなく、部隊が強くなるためや、隊員の幸せのための重要なものであり、普段からのコミュニケーションによる公私を含めたきめ細やかな心情把握を実施し、一隊員の個性に応じた適切な服務指導が大事であると考えます。   自衛隊の教育訓練に置き換えて考えてみると、「生きて任務を完遂する」ために色々な教育訓練を通じて心の耐性を養っています。各種訓練における安全管理は勿論重要であることは言うまでもありませんが、隊員が傷つかないよう、失敗しないようにという配慮が目立ち、型にはめた簡単な課題を与えるという間違った教育訓練になっていないか心配しています。失敗しそうな難しい課題に挑戦しない、そんな隊員を育ててはなりません。失敗を恐れずに挑戦する心を育てることが部隊の教育訓練においても大事だと考えます。
第8普通科連隊長の指揮官要望事項は「最善を尽くせ」です。今後起こりうる厳しい現実(任務)に向かい合い、絶望する様な厳しい任務を与えられたとしても、その時にできる最善を尽くし、「生きて任務を完遂する」ために生き抜く力である各人の特技に応じた練度を高めるとともに、心の耐性を鍛えて強くすることが我々が伝えていく大切なものの一つではないかと考えます。

自反 第13旅団司令部

第13旅団は、昭和37年から約40年間培った第13師団の伝統を受け継ぎ、陸上自衛隊改革の先駆けとして、平成11年3月29日に戦略機動旅団として編成された際、即応予備自衛官を主体とした第47普通科連隊の新編をはじめ、各部隊が改編されました。
平成16年3月、第13後方支援隊の改編がありました。
平成20年3月、即応近代化旅団へとして編成され、第13対戦車中隊が廃止される等改編があり、第47普通科連隊が中部方面混成団の隷下部隊となりました。
平成25年3月、第13化学防護隊が新編されました。
平成26年3月、第13施設中隊から第13施設隊へ、第13通信中隊から第13通信隊へ、 第13化学防護隊から第13特殊武器防護隊に改編されました。
この間、第3次東ティモール派遣施設群、第5・6次イラク復興支援群、第23次ゴラン高原派遣輸送隊、ハイチ国際緊急医療援助隊派遣及びジブチ派遣海賊対処支援隊等、海外へ隊員派遣を実施しました。また、東日本大震災(平成23年3月~6月)、広島土砂災害(平成26年8月~9月)、熊本地震(平成28年4月)、西日本豪雨(平成30年7月~8月)等をはじめとする災害派遣も実施し、民生安定に寄与した。

第13旅団の部隊章は、中国地方を統一した毛利元就の「三矢の訓」と数字の「13」をモチーフにしたものです。「三矢の訓」とは、元就が、死の床に三人の息子を呼び寄せ、一本の矢を取って折ってみせ、続いて三本の矢を束ねて折ろうとするが、折ることができなかった。一本ではもろい矢も束になれば頑丈になることで兄弟の結束を強く訴えたという逸話です。
第13師団から着用していた部隊章も、新デザインに変更された際、旅団司令部庁舎に掲示してある部隊章の除幕式を令和2年7月15日に行っています。
今後、第13旅団、第13管区隊について紹介していきます。

部隊章(左:旧13師団、右13旅団)

部隊章(左:旧13師団、右13旅団)

平成11年3月29日第13旅団編成完結式

平成11年3月29日第13旅団編成完結式

平成15年2月20日第3次東チモール派遣隊員壮行会

平成15年2月20日第3次東チモール派遣隊員壮行会

平成30年7月豪雨に伴う災害派遣

平成30年7月豪雨に伴う災害派遣

自反 第13特科隊

第13特科隊は、明治41年から陸軍演習場として使用されていた地域に所在する歴史と伝統ある部隊です。
今回のコラムでは第13特科隊が新編されるまでの歴史について説明させていただきます。
第13特科隊は、昭和37年1月、第13師団創設に伴い、編成完結された第13特科連隊が、第13師団の旅団改編で廃止となり平成11年3月、新たに編成されました。
昭和37年1月18日零時、第13特科連隊が編成完結し、姫路駐屯地で産声をあげました。同年1月24日、第1大隊が出雲駐屯地に移駐し、昭和40年3月27日、日本原駐屯地が開設し、第2大隊が姫路駐屯地から移駐しました。
昭和45年3月10日、第13師団の改編に伴い、第4大隊、第5大隊第12中隊、第6大隊第5射撃隊が誕生し、昭和46年3月24日、連隊主力が姫路駐屯地から日本原駐屯地へ移駐しました。
昭和56年3月25日、第13師団の改編に伴い、第4大隊、第5大隊第12中隊、第6大隊第5射撃隊が廃止となりました。
平成元年、3月24日、連隊の改編に伴い、情報中隊が新編されるとともに、第5大隊に現在の主力火砲である155㎜榴弾砲FHー70が装備されました。
平成2年3月26日、第6大隊に短SAMが装備され、翌年3月28日、第6大隊が廃止となり第13高射特科大隊となりました。
平成10年3月26日、軽砲大隊の改編に伴い、全ての大隊が155㎜榴弾砲FHー70を装備し、平成11年3月29日、旅団火力の骨幹を担う第13特科隊が新編されました。 
第13特科隊は、不易流行を重んじ、部隊改編や主力火砲の変換及び人員の増減等、幾多の新しい変化に対応しつつも、先代より受け継がれてきた野戦特科精神を不易のものとして「たとえ1門の火砲、1名の隊員となっても戦闘を遂行」の精神をモットーに日々の教育訓練に取り組んでいます。

連隊編成

隊編成

隊旗授与

旧日本陸軍による旧日本原演習場での38式野砲による訓練風景

旧日本陸軍による旧日本原演習場での38式野砲による訓練風景

本部隊舎前のメインロータリーには、38式野砲を据付け、先人に敬意を表するとともに砲兵魂を風化させないよう戒めています。

本部隊舎前のメインロータリーには、38式野砲を据付け、
先人に敬意を表するとともに砲兵魂を風化させないよう戒めています。

spotlight

spotlight写真

第13旅団司令部付隊隊
しも西にし 広  ひろたか  士長

下西士長は平成31年3月に自衛官候補生として入隊し、新隊員前後期を海田市駐屯地で過ごした後、第13旅団司令部付隊に着隊、現在は装輪操縦手として活躍しています。

Q1 自衛隊に入隊したきっかけは?

きっかけは、私の祖父の紹介で、試験を受けました。合格通知をもらいましたが、すぐに入隊する決断はできませんでした。ですが、西日本豪雨で活躍する自衛官の姿を思いだして、私も、人を助けたり、守れる存在になりたいと思い入隊することを決断しました。

Q2 学生時代の部活動は?

私は、5年間卓球部に所属していました。

Q3 自衛隊に入隊して苦労したことは?

営内での集団生活、時間の活用法について苦労しました。7人部屋で過ごす集団生活は、24時間何をするのも一緒で、初めは慣れず意見の食い違い等がありましたが、次第に仲が深まり、かけがえのない仲間となりました。日々の生活では、時間がとてもシビアで、1秒でも遅れると助教からの指導が厳しかったですが、今では余裕をもって行動することができるようになり、成長を実感しています。

Q4 自衛隊を目指す人に助言をお願いします。

自衛隊は、チームワークがとっても重要なので、信頼できる仲間を多く見つけてください。 体力がなくても心配ありません、少しずつできるようになります。そのためにも、目標や夢をかかげるようにすることが、とても大事だと思います。

Q5 自衛隊での一番の思い出を教えてください。

とある真冬の演習で、防寒着を忘れて夜間訓練に参加し、つらい思いをしたことです。

Q6 休日の過ごし方、自慢等があれば教えてください。

スノーボードにはまっています!

ベテランズコーナー

「岡山にお越しください」
岡山県隊友会
やまかね 直  なお

私は令和3年3月に定年退官し、同年4月から岡山県の危機管理に携わっています。早いものでもう一年が経ちました。その間に感じたことを二つ紹介します。一番目は「状況の人となれ」です。新しい環境(職場・組織)≒「状況」です。新しい職場では何かと勝手が違います。そこで新しい環境で起こるすべてを「状況」ととらえて対処するようにしています。ルールや常識が全く違う環境下で、今までの自分の物差しとの違いを「状況」としてとらえ、「状況の人」となって答えを見つけるようにしています。状況をよく掌握し、わが行動方針を決めるというプロセスを踏むことの重要性を再認識しています。状況把握は新しい環境を知ることから始まり、その環境に自衛隊でのやり方をアレンジすること、即ち、仕事のとらえ方、業務の流れを理解し、そこに自衛隊で培った知識・経験・ノウハウを充てています。
二番目は「組織力」です。この一年間で大きな災害はなかったものの梅雨時期の大雨や台風対応等緊張した場面はありました。この間、職員は、災害対応など刻々と状況が変化し答えがみつからないことは苦手な感じでした。しかし、対応の方向性ややり方が分かれば一気に動き出します。そして動き出せばあとはお任せです。この特性を生かして県に一番適した対処方法やそのための訓練のやり方を模索中です。
「職員個々の潜在能力」はあります。それらを発揮させてうまく組み合わせて組織力を発揮させればどんどん進みます。最初の動機づけと方向性が示せれば、相当の組織力の発揮が期待できます。この推進が私の重点目標です。
岡山には新しいやりがいがあります。どうぞ岡山にお越しください。