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地域と共に CAMPIIZUKA

駐屯地紹介CAMP

飯塚駐屯地

 
 飯塚駐屯地は飯塚市北部及び小竹町に位置し、総面積約145万平方メートル(PayPayドーム約21個分)を有する、九州で最大の広さを誇る駐屯地です。
 地元有志の方々の熱心な誘致活動により昭和41年2月に開設し、以来幾度の返還を経て、日夜訓練に励んでいます。
 飯塚駐屯地は、「筑豊の地域と共に」を恒久スローガンとして、音楽演奏、夏祭り、創隊記念行事を始めとする広報活動の他、地域の祭り、スポーツイベント、防災訓練などを通じ「地域との一体化」をめざし日々邁進しています。

駐屯地歴史

昭和38年 駐屯地誘致
 昭和38年、筑豊地区の炭鉱の閉山により、産業再開発のため国家機関の誘致がすすめられ、巻煙草工場、硬貨造幣工場、自衛隊が誘致の候補に挙げられ、12月3日、池田内閣の閣議により自衛隊の誘致が決定。 建設場所は4地区の候補地があり、第1に飯塚市庄司の採砂場、第2に直方市永満寺原、第3に烏尾峠、第4に八木山龍王山付近でしたが、最終的に第1の飯塚市庄司の採砂場に決定しました。
 昭和39年12月17日に小郡駐屯地の第5施設団によって工事を開始しました。
昭和40年 駐屯地建設
 4月22日、地鎮祭が行われ、駐屯地の建設が開始、11月24日に隊舎一式等が完成しました。
翌年の1月31日、駐屯地諸施設の建設が完了。この間、8月中旬から下旬にかけて第2施設群は庄司国設宿舎用地造成工事を、また、11月から昭和41年3月に亘り市道付替のための飯塚付替道路補償工事及び駐屯地グランド地区の整備を行いました。
昭和41年 部隊移駐及び新編
 地元住民の歓迎を受け、小郡駐屯地から第2施設群、小倉駐屯地から飯塚駐屯地業務隊、第422会計隊、第394基地通信隊、玖珠駐屯地からは、第114特科大隊が移駐しました。警務隊、調査隊は新編され、移駐及び新編を完了しました
 第2施設群長山1佐は、初代飯塚駐屯地司令として、2月21日に駐屯地開設式を行い駐屯地の開設を宣言しました。
昭和41年 駐屯地開庁式
 4月12日、天野陸上幕僚長を迎え、関口西部方面総監執行のもと、飯塚市長等の出席を得て、駐屯地開庁式が挙行されました。
 また、7月15日駐屯地の創設を記念して天野陸上幕僚長の揮毫による「創業守文」の題字を碑文に刻み、飯塚市長はじめ、来賓を招いて除幕式を挙行しました。
 7月1日、駐屯地で初めての災害派遣として中間市土手の内中島に第2施設群第108施設大隊が人命救助のため出動しました。
昭和42年 行橋田川地区干害災害派遣
 第2施設群は8月26日から9月9日の間、干害に伴う派遣活動として、川床掘削を実施しました。
昭和46年 第3高射特科群新編
 昭和45年に東千歳駐屯地から移駐してきた第116特科大隊を母隊として3月25日、当該大隊を廃止し、第3高射特科群が新編されました。
 また、第114特科大隊は廃止され、第126特科大隊(東千歳)が新編されました。
昭和46年 第3高射特科群第1回年次射撃
 11月17日から12月2の間、ニューメキシコ州マクレガー射場において実射検閲を受閲しました。群長他、311高中・312高中の隊員が参加し、両中隊とも平素の訓練成果を遺憾なく発揮しました。
昭和46年 飯塚山笠支援開始
 享保年間に創始という古い歴史がある祭りも、昭和36年から担ぎ手不足や交通事情等により中止されていましたが、この年、飯塚青年会議所からの呼びかけにより隊員が参加し、祭り復活の一躍を担いました。以降、毎年7月11日・13日に各地区内で流れ舁きが実施され、15日には飯塚市街地において、迫力のある追い山が行われています。現在は、西流・東流・新流・菰田流・二瀬流の5流で構成されており、クライマックスの追い山では、約2キロの距離を駆け抜けタイムを競います。
昭和49年 第5施設団 団統一訓練
 第2施設群は、第5施設団統一野営訓練において十文字原演習場の道路整備に実力を発揮するとともに、陸上自衛隊で初の吊り橋を構築しました。
昭和50年 西山訓練場工場着工
 9月から昭和51年3月の間、第2施設群が作業担任部隊となり、第4師団・第2高射特科団が支援し、急しゅんな地形と破砕し易い土質、降雪等の悪気象等の問題を克服しつつ工事が行われました。
昭和51年 第2高射特科団への改称
 第2高射特科団の創隊を記念して、坂田防衛庁長官の揮毫による「精強制九天」の碑を警衛所前に建立した。8月20日弥号の統一を図るため、第2高射団から第2高射特科団に改称されました。(団長:中野将補
昭和53年 田川川渡り神幸祭参加開始
 福岡県の5大祭りの一つであり、起源は約400年以上前に遡る風治八幡宮の川渡り神幸祭で、神輿の担ぎ手として地域の文化と伝統の継承に貢献しています。以降、毎年本祭りに参加しています。
昭和53年 第304無線誘導機隊新編
 昭和48年の団編合の後も北熊本駐屯地に所在していましたが、この年、飯塚駐屯地に移駐してきました。
昭和53年 筑豊地区災害派遣
 6月下旬福岡県等で発生した集中豪雨の水害に、第3高射特科群が津島橋下流の堤防補強・築堤等の作業を実施しました。この功労で福岡県知事から感謝状を授賞しました。
昭和55年 嘉麻市(旧嘉穂郡稲築町)大雨災害派遣
 8月下旬の福岡県下の大雨洪水により、8月31日、第2高射特科団及び第2施設群主力をもって、旧稲築町鴨尾地区1500世帯に給水支援を行いました。
昭和56年 第306ダンプ中隊廃止
 昭和27年、舞鶴で編成され、駐屯地の開設工事をはじめ、伊勢湾台風時の災害派遣などに活躍した第306ダンプ車両中隊が、第2施設群の改編に伴い廃止されました。
昭和56年 西山訓練場開始式
 4月17日、第2高射特科団により、西山訓練場開始式が西山訓練場ヘリポートにおいて挙行されました。
昭和57年 方面指令対空演習
 第2高射特科団は、方面指命演習である「対空演習」を年度の最大目標として、1月19日から22日までの3夜4日に亘って実施し、方面隊対空組織の構成と対空戦闘要領について演練し、対空戦闘能力を向上させるとともに、資料諸元を収集する等の成果を得ました。
昭和58年 野外音楽演奏会
 8月、隊員・隊員家族の慰労及び士気の高揚を目的に始まった野外音楽演奏会が、飯塚駐屯地グランドにおいて実施されました。
 音楽演奏・家族対抗歌合戦・ジャズダンス等の催し物で賑わいました。
 現在の「駐屯地夏祭り」の根源となっております。
昭和60年 飯塚国際車いすテニス大会支援開始
 第1回大会において会場設営、選手の送迎・案内等、多岐にわたる任務を挙行しました。
 また、現在も継続して支援しており、運営本部及び選手から絶大な信頼を得ています。
平成2年 天皇皇后両陛下にと列
 平成2年10月、第45回国民体育大会秋季大会ご視察に伴い、国道200号バイパスの勝盛歩道橋から水江交差点の間において天皇・皇后両陛下に対しと列を実施しました。
平成4年 大分県風倒木災害派遣
 平成4年5月12日から6月8日の間、福岡県・佐賀県・大分県において台風17号及び19号による風倒木等の二次災害防止のため、倒木撤去を実施しました。
平成4年 市民と自衛隊との音楽の夕べ(演奏会)開始
 新隊員の慰労として演奏を実施していたが、隊員だけでなく、市民の方にも聴いて頂きたいとの思いにより、5月、イイヅカコスモスコモンにおいて初めて「市民と音楽の夕べ」が開催され、来場者に対して音楽の楽しいひと時を過ごしていただきました。現在は、飯塚市、直方市、田川市、宮若市の4会場に拡大し、実施しています。
平成6年 小竹西小学校慰問演奏開始
 小竹西小学校からの依頼により音楽部による慰問演奏を開始した。現在も音楽は、飯塚駐屯地と地域住民との架け橋となっています。
平成7年 阪神淡路大震災災害派遣
 平成7年1月17日に兵庫県北淡町で発生したマグニチュード7.3の地震による被害に対し、44日間行方不明者の捜索、生活支援倒壊家屋の解体等の活動を実施しました。
平成8年 第2施設群 遠賀川渡河訓練
 平成8年6月、第2施設群は、遠賀川河川敷において、自走架柱橋による幅員200mという日本で初めての全通架橋訓練を実施しました。
平成9年 第2次ゴラン高原派遣輸送隊要員派遣
 平成9年7月から平成10年2月の間、3名の隊員がゴラン高原に派遣され、輸送業務を完遂しました。
平成9年 飯塚花火大会支援開始
 平成9年8月、第3高射特科群は、大会場所の遠賀川河川敷周辺において来場者の事故防止のための安全区域の表示等を実施しました。以降、毎年本大会を支援しています。
平成11年 第7次ゴラン高原派遣輸送隊要員派遣
 平成11年8月から平成12年2月の間、ゴラン高原に3名の隊員が派遣され、輸送業務を完遂しました。
平成12年 直方チューリップ祭支援開始
 第2施設群は、直方市の遠賀川河川敷において開催される「直方チューリップ祭り」のチューリップ球根植えを実施し、地域との交流を深めました。以降、毎年本祭りを支援しています。
平成13年 飯塚市豪雨水害災害派遣
 7月19日〜7月23日までの間、飯塚市街地において集中豪雨に伴う遠賀川河川の氾濫による水災害に対し、孤立住民の救出、生活支援等の活動を実施した。
平成15年 第4次東ティモール派遣施設群派遣
 平成15年10月から平成16年7月までの間、東ティモールに派遣され、道路・橋等の維持補修業務を完遂しました。
平成16年 方面ホーク部隊対空戦闘訓練開始
 7月10日から25日の間、長崎県福江島(航空自衛隊福江分屯基地)において航空自衛隊との対抗方式を主体とした対空戦闘訓練を開始しました。
平成16年 第7次イラク復興支援群派遣
 8月から11月までの間、イラクに派遣され、公共施設等の復旧整備業務を完遂しました。
平成17年 第8次イラク復興支援群派遣
 11月から平成18年2月の間、イラクに派遣され、公共施設等の復旧整備業務を完遂しました。
平成17年 田川春日神社神幸祭支援開始
 平成17年5月、第2高射特科団の隊員が神輿の担ぎ手として参加し、地域との交流を深めました。
平成19年 遠賀川水防演習
 5月13日、福岡県が主催する遠賀川水防訓練に飯塚駐屯地所在部隊が参加、土嚢積み及び人命救助システム展示を実施して、関係機関との相互理解の促進を図るとともに、災害対処能力を向上させました。
平成20年 飯塚駐屯地名物ボタ山カレー誕生
 飯塚駐屯地名物料理で、隊員の士気を盛り上げようと業務隊長中心に約1年以上かけて完成させました。黒いごはん(竹炭)と黒いルーでボタ山を、サイコロステーキで石炭を、目玉焼きで月をイメージしています。
 また、月1回(第1週目の金曜日)ボタ山カレーの日として一般の喫食も可能です。(申込み申請が必要)
平成20年 直方花火大会支援開始
 第2施設群は大会場所の直方市遠賀川河川敷周辺において来場者の事故防止のための安全区域の表示等を実施しました。
平成22年 西部方面無人偵察機隊新編
 平成22年3月、西部方面無人偵察機隊が新編されました。
平成22年 西部方面隊鎮西演習参加開始
 西部方面隊鎮西演習の開始に伴い、第2高射特科団が、対空戦闘指揮統制装置(ADCCS)を使用した、団統制下の組織的な対空戦闘訓練を実施しました。
平成23年 東日本大震災災害派遣
 3月11日に宮城県で発生したマグニチュード9.0の地震による被害に対し、101日間、駐屯地隊員をもって物資輸送支援、炊き出し・給水等の生活支援を行いました。また、第2施設群は、福島原発3km圏内での人命救助・瓦礫の除去等を実施しました。
平成25年 対空戦闘指揮統制装置導入
 高射特科部隊として全国に先駆け、対空戦闘指揮統制装置が第2高射特科団本部付隊に導入されました。
平成25年 第4次南スーダン派遣施設隊派遣
 平成25年5月から12月までの間、南スーダンに派遣され、道路整備業務を行いました。
平成26年 大任桜街道祭り支援
 平成26年8月、大任桜街道祭りにおいて、飯塚駐屯地音楽部と大任中学校吹奏楽部との合同演奏会を実施しました。以降、毎年本祭りを支援しています。
平成26年 第2施設群部外工事実施
 平成26年11月から平成27年2月の間、奄美大島に派遣され、部外工事(道路整備業務)を行いました。
平成27年 第8次南スーダン派遣施設隊派遣
 平成27年5月から12月の間、南スーダンに派遣され、道路整備業務を完遂しました。
平成27年 03式中距離地対空誘導弾(中SAM)導入
 平成27年7月、ホーク器材の後継として純国産である03式中距離地対空誘導弾(中SAM)が第3高射特科群に導入されました。
平成28年 筑豊地区大雪災害派遣
 平成28年1月、大寒波に伴う筑豊地区大雪により発生した水道管破裂に伴い、給水支援を実施しました。
平成28年 熊本地震災害派遣
 平成28年4月14日及び16日に熊本県熊本地方で発生したマグニチュード6.5及びマグニチュード7.3の地震による被害に対し、4月16日から5月9日の間、人命救助、道路啓開、給食・給水等の生活支援、救援物資等の輸送支援を実施しました。
平成28年 国連アフリカ施設部隊早期展開プロジェクト支援
 平成28年4月16日から5月9日の間、第2施設群の隊員が建設機材の教官要員として、アフリカナイロビに派遣されました。
平成28年 飯塚駐屯地創立50周年記念行事及び市中パレード
 平成28年10月1日、飯塚駐屯地において創立50周年記念行事を行いました。
   平成28年10月2日、協力団体からの要望を受け、飯塚市昭和通りにおいて市中パレードを実施しました。各行政及び関係諸団体及び市民の皆様の御協力により盛大に開催されました。
平成29年 九州北部豪雨に伴う災害派遣
 平成29年7月5日に発生した九州北部豪雨に伴う災害派遣において、約20日間、行方不明者の捜索活動等を行いました。
平成31年 第3高射特科群等移駐
 第3高射特科群第344高射中隊、第303高射搬送通信中隊の2コ端局班・1コ中継班、第102高射直接支援大隊第1直接支援中隊第1直接支援小隊が鹿児島県の奄美大島に移駐しました。

飯塚駐屯地

〒820-0064
福岡県飯塚市津島282

TEL 0948-22-7651(246)

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