河瀬2尉、タックネーム・アイアンは、8飛行隊へ配属されて2年が経ち、飛行隊を牽引する2機編隊長エレメントリーダーとしての地位を築いていた。
今日も、5本の指で獲物を掴むパンサーハンドでタクシーアウトしたF2が、対地攻撃訓練へと離陸した。戦闘機を運用する時、パイロットや整備員達は、手順書に定められた様々なハンドシグナルを用いて意思疎通するが、それ以外にも飛行隊オリジナルのハンドシグナルを出し合うことがある。通常それは、タクシーアウトの際、厳正な敬礼を交わした後に、やや砕けた感じのノリで行われる。戦地へ赴く者への勇気づけ、団結の表れといったところである。見送られるパイロットは「おっしゃ、勝ってくる。」と勇ましく、見送る整備員は「整備は万全、任務完遂して無事帰ってこい。」との祈りを込めて、サインを交わし合う。パンサーハンドは、8飛行隊の仲間たちが共に戦う、まさに誇り高き戦士達の証である。アイアンの2番機には新人の高橋2尉、タックネーム・ロイがいた。今日はロイの近接航空支援訓練の2回目である。
ロイは、国立の大学院で航空工学を専攻し、空気抵抗理論や運動エネルギー理論を専門に学んだ経験から、飛行前ブリーフィングにおいて、弾薬投下時の諸元設定に関するアイアンの質問に、空気力学を用いて答える等、テストパイロット顔負けの知識を有していた。対地攻撃には、よほど自信があるのか、新人ながらもその表情から、どことなく余裕な感じを醸し出していた。しかし、その自信が過信となり、訓練準備が足りず、ケアレスミスを犯しやすい。アイアンは、若いパイロットが慣れてきたころに陥りやすい、過信や慢心がロイに出だしているのではないか、と気にしていた。
「精密誘導爆弾は通常の汎用爆弾と違い、あまり操縦テクニックを必要としないんだけどな~。なんでアイアンさんは、あんなに気合い入れてるんだろう? JTACの目標情報をミッションコンピューターに入れてピックッル操作するだけだろ? ま、さっさと終わらして週末モードに入るか!」
ロイは、近接航空支援の訓練経験が1度しかなかったが、きっと piece of cake 簡単な訓練だと高をくくっていた。
対地訓練演習場上空 2機のF2が敵の防衛ラインを突破した状況から訓練は始まる。陸上自衛隊JTAC(ジェータック)とラジオで連携しつつ、近接航空支援任務を訓練する。
近接航空支援とは、「CLOSE AIR SUPPORT」、略してCAS(キャス)と言われる空地作戦で、陸上部隊だけでは戦闘が困難な場合、航空部隊へ応援要請を行い、交戦中の敵地上戦力に航空攻撃を加え、陸上部隊の作戦を支援する作戦をいう。
F2を誘導するJTACとは joint tactical air controller の略で、敵地へ隠密行動をして潜入、攻撃目標を発見し上空のF2へ目標の位置情報等を提供することで、精密な攻撃を可能にする役割を担う。敵地潜入という命がけの任務をこなしつつ、最高の精度で敵情報を伝達する彼らの存在は、まさに影の英雄といえる。築城基地にはそのJTACを養成する唯一の部隊、航空支援隊がある。
「Panther-01 2F2 , mission number 1124, ready for attack」
「Roger target position N3341,E13102, radar antenna,after attack right HDG090」
JTACの冷静な指示がアイアンとロイに届く。
「Roger target position N3341,E13102, radar antenna,after attack right HDG090」
「Roger target position N3341,E13102, radar antenna,after attack right HDG090」
アイアンとロイの二人は、JTACから示された目標座標等の情報を、コックピット内でミッションコンピューターに入力していく。
「1 target insight」
「2 target insight」
「Request attack」
「Clear attack」
「Roger clear attack, #1 #2 switch set for attack」
「#2」
「1 fire ready now. complete attack, right break 090」
「2 fire ready now」
「1 attack complete mission success,air to air search」
Bombs on the target and comes home alive 略してBOTCHA(ボッチャ)。対地攻撃部隊の合言葉だ。爆弾を正確に投下し、生きて母基地まで帰る。攻撃後は速やかに戦闘空域を離脱しなければ敵に発見され攻撃を受けてしまう。今日も無事BOTCHAできそうだ。速やかな離脱機動のため、Gのかかる旋回機動中、器用にレーダーを対地モードから対空モードに切り替えながら、アイアンはそう思っていた。しかし、2番機ロイの攻撃終了と離脱のボイスが聞こえてこない。
「ロイ、状況は?」
「2 negative attack,no shoot cue, right break 090 」
ロイはピックル操作を実施したが、弾薬投下成功のサインが出ず、HUD上に失敗を意味する「fail」サインが表示されていたのだ。
「アイアン、ロイ、座標入力、間違えた(やっべ、8と1、入れ間違えてた!)」
「で? 座標入力間違えたから?何だ?」
「座標入力間違えて、shoot cue がでなかった。Mission fail」
ロイは本来、入力すべき目標座標を正確に入力しないまま攻撃態勢に入ったため、システム上の攻撃準備完了を示すシンボルがHUD上に表示されていないのに、流れでピックル操作をしてしまい、攻撃失敗に終わっていたのだ。ロイの声を聞いたとき、脅威がいるという想定状況でbreak機動していたアイアンは、一瞬にして戦闘機乗りとしてのモードが解けた。と同時に、やっぱりロイは適当に飛んでいやがったか、これは教えてやらないといけない、と教官モードに入った。
「knock it off(入力ミス? あれだけ攻撃前に待機時間あったのに、座標の見直しはしたのか? 事前の MAP STUDY だってやったのか? いいかげんな気持ちで訓練してないか?それになんだ、reattack、再攻撃の計画もないのか? 誰の訓練してるんだよ!)」
「knock it off(?あれ?帰るのか?)」
「knock it off 何かあったか?」
「いや、こちらの問題だ。パンサー01 RTB、訓練を終了し帰投する」
RTBとは return to base の略であり、築城基地へ帰ることを意味する。
「訓練時間帯はまだあります。もう一度、訓練しませんか?」
アイアンの心配は的中した。ロイの失敗は技量の問題ではない。訓練に臨む姿勢の問題だ。真剣さが足りない。攻撃に失敗したとしても再度、状況を立て直して、再攻撃の可否や是非を考える必要がある。しかし、ロイの思考は訓練のための訓練になっていた。イメージトレーニングが足りない。戦闘機操縦士は攻撃が失敗したときに備え、次のポケットプランを保持するのが常である。訓練は本番のつもりで、本番は訓練のつもりで。そんな意識がなければ、何度、厳しい訓練を重ねたところで、本番での成功はない。
「JTAC PANTHER01 申し訳ないが今日は訓練を終了し築城基地へ帰る final fuel 10.0 」
「RTB、了解」
「(おかしいな、ストイックなアイアンさんは、いつも、訓練終了時間ギリギリまでやるのに。今日は時間も燃料もあるのに)」
2機のF2は演習場を背に、静かに築城基地へと戻っていった。彼らの心にはそれぞれの思いが交錯していた。
築城基地 滑走路07。着陸後、飛行機から降りたロイに、整備員のラインチーフがタンクを叩いて燃料タンクの残り具合を確認しながら話しかけた。8飛行隊ではよく目にする光景だ。ミッションの成否は整備員たちも気にしている。
「ロイさん、どうでした? 対地攻撃? 成功しました?」
「座標入力間違えてさ、失敗しちゃったよ」
僚機ではあるが、大学院を卒業し入隊しているため階級の昇任が早く、既に2尉へ昇任している。アイアンとは同じ階級である。ロイは、整備員から「下手くそパイロット」のレッテルが張られることを恐れ、笑って、なんとかこの場をやり過ごそうと思った。
「F2のミッションコンピューターは問題なかったですか? それともラジオにノイズが入って、リーダーのボイスが聞きずらかったですか? パネル表示のインクが薄く剥げて見ずらかったとか?」
機付長が心配そうに質問する。航空機整備の不具合で攻撃が失敗したのなら、その責任は整備側にあるからだ。
「航空機は全てOK。問題ないよ。ただスイッチ操作を間違えただけ。チーフ、みんな、ありがとう!」
攻撃失敗の話を切り上げ、速やかにこの場を去りたかったロイに、長身のアイアンがヘルメットバックを肩に掲げ歩み寄ってきた。アイアンは、ロイと整備員とのやり取りを、隣でフォームを記載しながら黙って聞いていたのだ。
「ロイ、ただスイッチ操作を間違えただけ? よく、そんなこと、笑いながら言えるな」
「あ、はい」←いきなりで、やや驚く。
「じゃ、聞くぞ? 座標入力の下1桁間違えると、どのくらい爆撃位置がずれるんだ」
「え~っと。。。」
「座標入力下1桁で6マイル、10.8キロメートルだ。目標から10キロ以内といったら、JTACの行動範囲なんだよ。お前は、今日、もしかしたら味方のJTACの頭上に爆弾を投下していた可能性があるんだぞ」
F2による精密誘導爆弾の攻撃で、最も重要な座標入力を軽易に考え、更に自分の失敗をヘラヘラと話しているロイのその軽率な言動に心の奥底から怒りを覚えた。失敗はだれにでもある。アイアン自身も失敗を多く経験している。失敗から学ぶことが多いのも良く知っている。しかし、自分の失敗をヘラヘラと整備員に笑いながら話しているのが許せなかった。第一戦で勝負する戦闘機パイロットが、自身の失敗を虚栄心からなのか、言い訳してごまかそうとしているように思えた。朝早くから夜遅くまで、雨の日も風の日も整備にあたる彼らの思いを背負って最後のピックル操作をする、ということを、今すぐ、ここで、伝えたかった。
アイアンは整備員たちが作業している横でロイに向かって言った。
「ロイ、俺たちのピックル操作には多くの隊員の汗と涙が詰まっていることを忘れるな。正門を警備する警衛隊、食事や風呂の準備をする隊員、気象隊、管制隊、そして敵地へ潜入し目標情報を入手するJTAC、緊急時に備え24時間待機している救難隊、みんなの思いを背負い、最終操作のピックルボタンを押すんだ」
「また、スイッチミスした後の判断も不良だ。ミスした原因を速やかに分析し、Reattack できるか否かをリーダーに報告しろ。コックピット表示は機長にしか分からない。君はリーダーの操り人形じゃないんだぞ。編隊長の意図のもと、自分の意思で戦闘しろ!」
ロイは返す言葉がなかった。整備員の前でアイアンに叱られている自分が情けなかった。また、整備員たちも作業を中断しアイアンの指導に耳を傾けている。アイアンが整備員を大切にしていることは周知の事実だが、そこまで考えていてくれたのかと、驚きの気持ちを隠せないでいた。
「整備員の愛機にこめる親心を知っているか。彼らの努力と愛情の詰まった機体を操縦する、そのことがわからないのなら、君にF2を操縦する資格はない」
「そして、ピックル操作が歴史を作ることを忘れるなよ。数々の戦闘機パイロットが命がけで果たした任務は、その親指で押すピックルによって成し遂げられている。俺たちは、全ての仲間たちの思いを背負っている。責任感をもって準備は万全に行え。ただし、すごい事をやっているからといって、奢ったり、慢心したりせず、仲間への感謝を忘れるな。それがパンサー魂だ」
「・・はい」
ロイはようやく、ミッションの重さと自身の責任の重大さを頭でなく心で理解した。アイアンの厳しい指導に返す言葉もなかった。座標入力ミスは攻撃失敗どころか、味方を攻撃してしまう友軍相撃を招く恐れだってある。ピックル操作は戦闘機操縦士にとっての生命線ともいわれ、一瞬の判断ミスも許されないプロフェッショナル性が求められる。
ロイは、アイアンと同じ2等空尉であることから、実質以上に腕の切れるパイロットに見せようとしていた。つまり、虚栄心から、整備員の前では、たまたま失敗したように見せようと、ヘラヘラと自分の失敗談を話していた。しかし、アイアンの指導により、整備員を含む仲間の任務に対する熱い思いを知り、自分が恥ずかしく思った。そうだ、彼らもまたパンサーの仲間だ。一緒に戦っている仲間だ、と。自身のケアレスミスが皆の努力を台無しにしてしまう。申し訳ない気持ちがこみあげてきた。
飛行隊に戻り、アイアンによるデブリが始まった。次に失敗しないために先輩が後輩に具体的な教訓を伝えていく。
「座標を入力するときは索敵も忘れないこと。頭だけではなく、時には身体も動かせ! 撃墜された原因の多くは、不意に後方に出現した敵機からの攻撃だ。また、目標座標は必ずメモしろ」
「はい」
「座標入力したら、HUD上でもう一度確認する。そして、持参した地図を使い、概ねの位置を探すんだ。このコックピット内での MAP STUDY が任務成功の成否を左右する」
「はい」
アイアンのデブリを受けるロイの表情は、どことなく、獲物を狙うパンサーの顔つきに変化したように見えた。
密かに、アイアンの大先輩であるベテラン・エースパイロット、ビーチが、コーヒールームからアイアンのデブリに耳を傾けていた。
ビーチは思った。仲間を思い真剣に飛行すること、索敵は頭だけではなく身体も動かして行うこと、どれも自分が教えたことだ。アイアンは全て吸収し行動している。そして、それを後輩達に熱心に伝えている。ビーチは、この時、カップから立ち昇る香りを楽しみながら、8飛行隊に新しい風が吹き始めているのを感じた。アイアンの強いリーダーシップがパンサー全体に活力を与えていることを一人喜び、かつて自分が辿(たど)った道を思いだしていた。
「戦闘機パイロットが成長するとは、ただ操縦技術を磨くことではない。心も鍛えなければ、有事、本当の力を発揮することはできない」
機体に輝く日の丸とパンサーマークは、豪州ピッチブラック演習などを通じ、世界でも広く知られ始めている。パンサーたちは、礼儀正しく、ルールを順守し、ストイックでありながらも、謙虚な姿勢で訓練に臨む。海外メディアでも取り上げられるほどのパンサー魂。その真髄は、飛行技術だけではなく、精神的な強さと仲間を思う心にある。