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第7話:2機編隊長練成訓練


 アイアンは飛行訓練を順調に重ね、いよいよ、編隊長資格を取得する、いわゆる編隊長練成訓練、エレメントリーダープラクティス、略してELP(イーエルピー)が始まった。エレメントリーダーはこれまでの僚機ウィングマンと違い、自ら考え、行動し、2番機を指揮しなければならず、任務完遂の中核としての判断が求められる。ELPは、戦闘機部隊へ配属され、一番、高い壁といっても過言ではない。エレメントリーダーになれず、戦闘機部隊を去っていく操縦士も一定数いる。それだけ厳しい訓練だ。


 日本海上空、訓練空域、天候は晴れ。今日はアイアンの編隊長練成2対2の空中戦闘訓練。アイアン編隊の任務目標・ミッションオブジェクトは、敵2機を撃墜し、重要防護目標付近の定められたエリアの航空優勢を獲得・維持すること。空中戦闘が得意なアイアンにとっては、特段、難しい任務ではなかった。2番機役には、あのビーチがいた。編隊長練成中は2番機に先輩操縦士を指定し、編隊指揮の訓練を行う。練成中、2番機役の先輩操縦士は、上空では安全に係る事項以外は、直接指導はしない。ビーチは、2機編隊長練成中のアイアンの指示に従い、言われるがまま機動する。それが間違った指示であっても、指示通り機動し、あえて失敗させる。失敗から学ばさせるのが一番、効果が高い。



 「(2機だけ、墜とせばいいんだろ、俺一人で十分なんだけどな)」
 「ラジアル090,20マイル、アルト10、1キル(あと残りは1機か、天気が悪化傾向だし、さっさとキルして帰ろう)」
 「ピクチャー(残りの敵はどこだ?)」

 「ピクチャー・クリーン」

 「(クリーンのはず、ないだろ。もう1機いるはずだ。どこだ、どこだ?)」
 「(もう1機いるはずだ。どこだ?上か下か?どこにかくれている? それとも燃料不足で帰ったか?)」



 その時、2番機のビーチは思った。


 「(残りの1機は低高度へ降りて、我のレーダーから消えたのに気付いてないのか? 俺の真後ろにいるはずだ、アイアンは気づいてないのか? やられるぞ? アイアン、もっと探せ)」


 そう思いながら、ビーチは黙ってアイアンの真横を言われるがまま飛行していた。


 次の瞬間、ビーチの後方・低高度から、残りの敵機が急激に出現し、ビーチに襲いかかった。それは、まるで猛犬が襲いかかるかのようだった。



 「ビーチ、ブレーク。ホスタイル6オクロック、ロウ」
 「ライト、ブレーク」
 「アウェイ、270」



 2機はブレーク後約30秒間、戦闘空域を離脱した。真後ろに敵1機、勝算が低すぎる。



 「(くそっ、そこにいたか! 見逃してた。さっきの交戦中、降下して低高度からの攻撃チャンスを伺っていたのか。ここは2機とも一端引いて、戦況を立て直そう)」
 「ビーチ コンティニュー ヘディング 270(このまま引くのか?)」



 ビーチは独りコックピットで思った。


 「(ここは、重要目標付近だぞ。このまま引いて、我々が助かったところで、敵は攻撃目標を我々から地上目標へとスイッチし、対地攻撃に移行するはず。ここは、編隊分離して、勝算が低くても勝負を挑む局面だ。我々2機が助かったところで、任務完遂にはならない。どうする、アイアン?)」


 ビーチは独り、コックピットでつぶやきながら、アイアンの指示に従い、ただ、ひたすらにまっすぐ戦域を離脱した。



 「ボギー、ディセンド、ロウアルト、ヘディング090」
 「(俺たちの被撃墜は免れた! ビーチさんもやられずに済んだか。ふぅ~、ここはムリして敵と交戦するより離脱して次の攻撃チャンスを伺ったほうが良いに決まっている。我ながら良い判断だったと思うな。きっとビーチさんも同じ判断をしただろう。2番機を必ず連れて帰る。編隊長としては最も重要なことだし)」  「ノック・イット・オフ」
 「ノック・イット・オフ」



 このとき、ビーチは、思った。アイアンからのブレークターンの指示は見事だった。あの指示がなければ2番機は被撃墜となっていたはずだ。結果は1機撃墜、被撃墜はなし。空中戦の結果だけは立派だ。しかし、アイアンには一つ、重大なミスがあることを見逃さなかった。それは、重要防護目標を死守するというアイアン編隊に付与された任務・目標、いわゆるミッションオブジェクトが達成できていない、ということだった。


 アイアン編隊が着陸後、8飛行隊オペレーションルームにおいてデブリーフィングが始まる。8飛行隊のデブリは相変わらず、皆がデスクの周りで聞いている。特にビーチのデブリは教訓が明確で分かりやすく、強くなるためのエキスが詰まっている。ひときわ、目を輝かせながら聞いていたのが、女性初のF2パイロット山越2尉タックネームシャロンだった。シャロンは、まだ、僚機操縦者で編隊長練成訓練ができる技量ではなかったが、いずれ、来るであろう編隊長練成訓練に向け、自身の操縦スキルを磨いている最中である。



 「戦果は1機撃墜、被撃墜はなし。良好な点は、ビーチの後方に出現した敵機を見逃さず、ブレークターンを指示し被撃墜を免れたことです。悪い点は、敵が低高度へ降下したことを失念しており、レーダーで低高度を索敵していなかったことです」


  デブリーフィング開始後、アイアンは思った。きっと今日の訓練は上出来で、ビーチは褒めてくれるに違いない。戦果も上出来、何せ、いつもビーチさんから言われている通りウィングマンを生きて連れて帰ってきたのだから。


 しかし、アイアンの予想は大きく外れ、ビーチのデブリは厳しいものになった。



 「アイアン、戦域をいったん離脱し態勢を立て直すのは良い判断だ。しかし、問題は次の機動だ。なぜ、反転して敵機への攻勢を実施しない」
 「あの状況で反転して攻撃を行っても、勝算は低く、撃墜できたとしても相撃ちとなり、結果、どちらか一方は撃墜されていた可能性は極めて高いと判断しました」
 「アイアン、それでも戦闘機乗りか。我々2機が助かっても、敵は目標を我々から地上目標へスイッチし、対地攻撃にうつるんだぞ。今日の戦域は重要防護目標付近だ。敵の主目標、狙いは我々F2×2機ではなく、地上目標なんだぞ」
 「あ、はい・・・」
 「勝算が低い? だから何だ。お前は勝算がある戦いしかしないのか? そんな甘っちょろい考えは通用しないぞ。俺たちの後ろにはだれもいないんだよ。俺たちが命がけで国を守らないでどうするんだ。勝算が1%でもある限り、戦う場面がある。今日は、そのシチュエーションだった」



 ビーチは、2機編隊長練成の初期としては上出来であったものの、アイアンの更なる成長と、周りで聴いている若きパンサー達の将来を期待しブリーフィングを継続した。



 「自分たち2機のことばかり考えていました」
 「戦闘空域を意識して戦え。任務を考えろ。もう一度言うぞ。たとえ勝算が低くても、勝負を挑まなければならない局面があるんだ。今日はまさに、その場面だった」
 「はい」
 「たとえ不利な状況であっても、どこかに勝機はあるはずだ。必死でチャンスを探せ。太陽の位置、雲の状況、敵のスレット状況。考えたか?」
 「思考が止まっていました」
 「考えて飛べよ。残燃料、残弾。重要防護目標までの距離。ただ、相手を落とすだけではない。編隊長は常に任務をベースに判断し飛行する。帰りのルート、帰投基地の天候などもそうだ」
 「今日の場面、俺だったら、2番機は離脱を継続、1番機が上昇し敵に絡み、敵の注意が1番機に向いたところで2番機を降下させ、反転させる戦術判断をした。太陽を背にアフターバーナーを用いてハイアルトから攻撃を仕掛ければ、少ない勝算であっても望みはあったはず。勝てないとしても、敵は、地上目標への攻撃は困難と判断し、地上への攻撃を断念していた可能性は充分にある」
 「・・・」



 ビーチの熱いデブリは続く。若手パンサーたちもノート片手に聞き入っている。もちろん、シャロンもノート片手にビーチのブリーフィングを一言も漏らさずメモしている。シャロンもまた、近い将来に訪れる2機編隊長練成訓練を見据えているのだ。



 「アイアン、覚えておけよ。任務を完遂すること、そしてウィングマンを失わないこと。ものすごく難しいことをやらなければならない。けど、我々の後ろには誰もいない。我々が守らなければならないのは、ただの領域だけではない。家族や友人、そして国家を守る必要がある」
 「アイアン、ところで、服務の宣誓、覚えてるか?」
 「えッと~」
 「入隊時に宣誓しているはずだぞ。」



 ビーチは、すぐ近くでブリーフィングを聴いているシャロンに質問の矢を向けた。


 「じゃ、シャロン、言えるか?」


 突然の質問にとまどいながらも、シャロンは拳を握りしめ答えた。


 「あ、はい。事に臨んでは危険を顧みず、身をもって責務の完遂に努め、もって国民の負託にこたえる(←強い言葉で)、です」


 ビーチは、ブリーフィングを聴いている若手パイロットを見渡しながら言った。


 「俺たち自衛官こそが、わが国、危急存亡のときの切り札だ、ということを肝に銘じろ」


 ビーチは、アイアン、シャロンを含む若手操縦士に空中戦闘の技術というより、自衛官として、また、戦闘機操縦士としての矜持を叩きこみたかった。つまり、勝算が低くても、危険を顧みず戦いを挑む場面が必ずある。


 デブリーフィングを聞いているシャロンもまた、拳に力が入った。


 フライト訓練が終了し、休憩ラウンジでアイアンとシャロンがコーヒー片手に一息ついていた。



 「シャロン、俺たち若手で、8飛行隊を日本一、強い飛行隊にしようぜ。そして、この日本の空を守ろう。俺は絶対にあきらめない」
 「私も、女性初のF2パイロットとして日々、精進し、続く後進のためにも必ずや立派な戦闘機操縦士になります」
 「シャロン、がんばろうな」
 「はい」



 若手パンサー達に、今日もまた、フライトを通じ、ファイターパイロットとしての熱い矜持が叩きこまれた。