福岡県 築城基地 旧海軍基地を現在は空自が使用している。
築城基地へ入門するとすぐ左手にはF15の尾翼がディスプレイされている。そこには緊急事態が発生しパイロットが脱出した後も、最後の最後まで、墜落するその瞬間まで飛行し続けた航空機への感謝と、その後のパイロット救出活動を称賛する旨が記載されている。旧海軍時代から、風雪に磨き抜かれた精強な航空基地を物語っていた。
第8飛行隊へ到着すると、ブリーフィングルームの中央には、緑のフライトスーツにブラックパンサー ワッペンを付けたパイロットの人だかりができていた。その真ん中には四角いテーブルに2人が対面で座り、訓練終了後のデブリーフィングを行っていた。一人はあのエースパイロットのビーチ、対面に座るのは河瀬の一つ先輩の近藤3尉 タックネーム ペコである。
「上空の風は確認していたのか? ペコ、お前がロックオンしているのは敵が欺瞞のために発出したチャフだろ。チャフが上空の風に流されて、まるで飛行機のようにレーダーに映っただけだろ?気づかなかったのか? ロックオン データを見ればすぐにチャフと判断できるはずだ。何のためのWXブリーフィングなんだ。テレビの天気予報の感覚で聞いてるんじゃないぞ」
「はい、その着意が抜けてました」
「なんども言ってるぞ。先輩たちが指導されているのを聞いておけよ。いいか、勝つために必要だからWXブリーフィングを聞くんだ。すべて空のうえでの勝利のための行動なんだよ。」
「はい」
「欺瞞のチャフにロックオンしている間、敵はお前の後ろに回りこんできたの気づいたか?」
「分かりませんでした 」
「ミサイル ランチ トーンは聞こえたか?」
「聞こえました」
「だったら、ウォーニングレシーバーを確認してブレークせんか?」
「はい」
「敵が見えない、見えないって叫んでも、敵の攻撃はかわせないんだ。もっと具体的に飛行機を動かせ。F2の最大性能を発揮しろよ」
「はい」
「もう一度言うぞ、俺たちはさ、すべて空のうえで勝つために行動してるんだ。勝つためにWXを聞く。勝つために知識を身に着け、体力をつける、勝つために休む。勝つために操縦技量を磨く、すべて勝利のための行動なんだよ。忘れるなよ」
「はい」
ビーチの熱い指導を8飛行隊のパイロットたちが取り囲むように聞いている。ノートを片手にメモを取るものもいる。腕を組んで聞いているベテランクラスもいる。皆、真剣な眼差しでビーチのデブリを聞いている。これが戦闘機部隊の現実か。テレビやDVDでみる様子との違いに河瀬は戸惑った。数年前にあった、あの優しいビーチの姿ではなかった。
河瀬は一通りの手続きを済ませ、休憩室へ案内された。そこには先ほどまで熱いブリーフィングをしていたビーチと指導を受けていた近藤ペコの二人がいた。河瀬は気まずいと思い、休憩室を出ようとした瞬間、ビーチに呼び止められた。
「河瀬、よう来たな」
先ほどまで熱い指導をしていたビーチとはまるで別人のように優しい声で話しかけてきた
「本日、着隊しました。河瀬3尉です。よろしくお願いします」
「知ってるよ。初めてじゃないだろ。以前、基地クラブで会ったじゃないか。すこしは成長したか?」
ビーチは河瀬のことを覚えていた。
「ペコ、ペコ。ペコは河瀬の一つ上だろ? しっかり面倒みてやれよ」
「はい。河瀬は昔から優秀で、成績もトップクラスなんですよ~。航空学生では司令官褒章もとり、体力測定もたしか歴代1位だったよな? 100キロマラソンや、トライアスロンもやってるんですよ。たしか、海兵隊の大会で準優勝したこともあるだろ?」
「ほ~、すげーな」
「あ、まあ、体力だけは自信があります」
ペコは、先ほどまで、ビーチからデブリで厳しく指導されていたのがウソのように、二人はフレンドリーに話していた。以前から、8飛行隊は、フライトが終了すると先輩後輩が家族のようになり、気軽に何でも話せる雰囲気になるとは聞いていた。
「トライアスロン、アイアンマンレースかぁ~。パイロットがやってるのは、あまり聞いたことないな。河瀬、どうだ、タックネーム アイアンにしたら?」
「アイアン、いいですね。頭も体も鉄人みたいですし、河瀬をよく体現してると思います。早速、飛行隊長へ上申してみます。河瀬、いいよな」
「アイアンですか? ありがとうございます」
河瀬はベチから命名されたタックネーム アイアンを名乗ることを飛行隊長から承認された。河瀬はあこがれのタックネームを授かり、ワッペンやヘルメットにアイアンと刻んだ。タックネームは飛行隊から唯一、最初で最後、与えられるものだ。しかし、浮かれてばかりはいられない。これ以降、戦闘機操縦士としてリーダー資格などは、与えられるのではなく、自力でつかんでいかなくてはならない。強そうなタックネームをもらっても、途中でコースアウト、いわゆるエリミネートされる者なんてたくさんいる。ブルース、ジャッキー、パンチ、ボクサー、皆、強そうなタックネームをもらっても、リーダーになる前に飛行隊を去っている。
一匹オオカミで尖っていったアイアンも、第8飛行隊へ配属されるころには、3等空尉への昇任、操縦士資格の取得などを通じ、責任ある立場へと成長、徐々にではあるが協調性や犠牲心というものが少しずつ芽生え始めていた。というより、一匹オオカミで尖ってばかりいては、自分が目指す本当の目標、日本一のF2パイロットにはなれないと気付いた。しかし、根の性格である「負けず嫌い」だけは磨きがかかっていた。
「アイアン、F2戦闘マニュアルはしっかり読んでおけよ。すぐに訓練始めるぞ!」
「分かりました」
「戦闘マニュアルかよ。あんな部厚いマニュアル、覚えられねーよ。俺はBOOK STUDY より、STREET STUDYで学ぶ方が得意なんだけどな。座学で本当に強くなるのか? でもビーチさんがいうことだしなぁ。ま、やるか」
築城基地 第8飛行隊 通称ブラックパンサー 河瀬3尉 タックネーム アイアンが産声を上げた瞬間である。
「アイアン、期待してるぞ。第8飛行隊の将来、いや、空自の将来がお前の右腕にかかっている。俺等を越して、日本一の戦闘機パイロットになり、空自を引っ張っていけ!」
アイアンの8飛行隊配属を一番喜んだのはもちろんビーチだった。