「福岡空6 河瀬隼 航空学生合格」ハヤトは航空学生88期に合格し、防府北基地での訓練を開始した。当初の2年間は地上教育である。航空機力学、航空工学、英語、流体力学、気象学などパイロットに必要な学科教育に加え、自衛官に必要な基本的な戦闘教練、射撃訓練、水泳訓練などがある。どれも非常に厳しい訓練だが、頭脳明晰、身体能力抜群のハヤトにとっては、すべて楽にクリアーできた。しかも成績は全てトップクラス、優秀であった。
だが、ハヤトはファンシードリルの訓練だけは心の底から嫌だった。古臭い64小銃を持ち、ドラムの音に合わせて、皆で一糸乱れぬ行動をするのである。これまで一匹オオカミで生きてきたハヤトにとって、皆で合わせるというのが、一番苦手だった。苦手というより面倒くさかった。 「俺は戦闘機に乗りたいだけなんだ。こんなファンシードリル、戦闘機パイロットに必要なのか? こんな訓練に心血注ぐくらいなら、早く飛行訓練を始めてくれよ」 と、いつもふてくされテキトーに訓練していた。ハヤトは飲み込みが早いため、一度教わればすぐにドリル行動をマスターできた。しかし、他の同期は何度やっても覚えられない。訓練が終了しても遅くまで訓練しているものもいる。 「チッ、だせーな。こんなもん、一回で覚えろよ。簡単じゃねーか」 ハヤトはいつも一人、ドリル訓練が終了すると、さっさと一人、宿舎へ帰るのであった。
築城基地航空祭。毎年、現役の航空学生たちはファンシードリル展示のため、築城基地へ展開する。今年もまた、ハヤトたち航空学生88期は、築城基地航空祭の前日に展開し、事前訓練を行っていた。事前訓練終了後、恒例の航空学生出身者で現役の戦闘機パイロットとの懇親会が催される。88期航空学生たちは、事前訓練終了後も展示会場に残り最終チェックやバンド部隊との細かい最終調整を行っていた。しかし、ハヤトはそういう面倒くさいのが嫌いで、さっさと一人だけ宿舎へ帰り、シャワーを浴びて懇親会までベッドで横になっていた。
ハヤトのその身勝手な行動を見ていたのが、第8飛行隊所属のエースパイロット、浜たけし1尉(タックネーム:ビーチ)である。ビーチは後輩たちのドリル展示の練習を飛行隊の窓から懐かしそうに見ていた。そこには、テキトーにドリル展示するハヤトが目に映った。手の振りや銃操作、どれをとっても皆とあっていない。身長が大きいため、よく目立つ。訓練が終了し次第、一人帰っていくハヤトを見て、 「一匹オオカミか。昔のおれにそっくりだな」 ともらした。
夜の懇親会、ビーチはハヤトの前に立っていた。ビーチは8飛行隊の若手エース、皆があこがれる存在である。もちろん、肩には「FIGHTER WEAPON
INSTRUCTOR」のワッペン。FIGHTER
WEAPONとは、航空自衛隊の各戦闘機部隊から選出された腕効きのパイロットが一同に会し、難度が高い戦技を修得する課程のことであり、INSTRUCTORとは、そこの教官をいう。ビーチはまさに若手パイロットのあこがれであった。ハヤトもそのワッペンの意味をよく知っている。これまで雑誌などで見たことがあるが、本物は見たことがない。目の前にビーチがいる。いつもの生意気なハヤトとは違い、あこがれの眼差しでビーチを見ていた。その時、ビーチがハヤトに話しかけた。
「河瀬学生」
「はい」
「背が大きいね、身長はいくつ?」
「187cmです」
「なぜ、航空学生に入ったのかな?」
「戦闘機に乗りたかったからです」
「今の地上訓練は楽しいかな?」
「全く楽しくありません。早く飛行訓練をやりたいです」
「そうだろうな。ところで、どんな戦闘機パイロットになりたい?」
「日本一の戦闘機パイロットです。ビーチさんみたいな」
「そうか、がんばれよ」
ビーチはそれ以上、質問はしなかった。普段、敬語など使ったことのないハヤトだったが、ビーチだけには敬語になっていた。まるで、芸能人と話しているようだった。
懇親会終了間際、ビーチが再びハヤトのもとへやってきた。どうしてもビーチはハヤトに伝えたいことがあった。ビーチはハヤトを見ると昔の自分を見ているような感覚を覚えた。
「河瀬学生、ひとつだけ、いいかな。参考程度に。君にはまだ早いとは思うけど、戦闘機パイロットにとって必要なことを一つ話すよ。戦闘機パイロットは一人では勝てないんだ。チームで助けあわなければ絶対に勝てない。自分勝手に行動しても勝利は得られない。仲間と共に戦わなければ相手を撃墜することは無理なんだ。つまり、仲間を大切にするんだ」
「・・・」
「仲間は一緒に飛んでるものだけではない。整備員、管制官、食事を用意してくれている給養の隊員などすべての隊員が仲間だ。皆の力を合わせないと空の上での勝利はない」
「・・・」
「この先、仲間、同期を大切にする。仲間が困っていれば助ける。仲間が一生懸命頑張っているのなら、一緒に頑張る。ドリルであれば腕の振り、銃操作など、皆とあうまで徹底的に訓練するなど。また、倒れている同期がいたら、担いでゴールする。君にはその力がある。その気持ちを持てば、君は素晴らしい戦闘機パイロットになれると僕は思う」
ビーチはどうしても、ハヤトに仲間の大切さを教えたかった。
ハヤトにはビーチの言葉の重要性が理解できなかった。ハヤトは思った。エースパイロットなんて戦闘機の操縦が上手ければいいんだろ、高速ハイGターンやって敵の後ろに入り込めばいいじゃないか。テレビやゲームで知っている。仲間を大切にしろ? なぜ、エースのビーチがわざわざ僕の所へ来て話すのだ。せっかくなら、F2の操縦法や空中戦技を聞きたかったのに。ハヤトは、不満げに懇親会会場を出た。
しかし、ハヤトは数年後、ビーチの言葉の意味が分かるときがくる、歴史は教える「戦闘機パイロットは国家のために戦い、仲間(戦友)のために死す」