緊急発進したアイアン、シャロン組。彼我不明機は針路210度を維持し、日本の領空へ接近している。このままでは、領空侵犯を許してしまう。
「アイアン、接敵急げ」
「了解」
対象機、領空まであと8分。今、アイアン編隊以外にこの対象機を止められる日本人はいない。対領空侵犯措置は、空自が最初で最後の砦なのだ。失敗は決して許されない。
「シャロン、プッシュアップ500ノット、 switch set for mission 」
「ツー」
アイアンはシャロンに対し加速とスイッチセットを冷静に指示し、国際法で示されている対処に移行する準備を開始した。彼我不明機は国籍や機種が判明しておらず、わが国領空への入域許可は発出されていない。
彼我不明機は雲中を飛行しており、アイアン編隊は雲の上からアプローチとなった。指令所からの情報で徐々に彼我不明機へ接近しているのは分かるが、暗夜と雲で対象機が視認できない。
「対象機の国籍や機種は暗夜及び雲中のため確認できない」
「了解した。アイアン編隊から対象機に対し、針路北東への通告を行え」
アイアンは指示に従い、無線で通告を開始した。
「了解。 we are advising to aircraft flying over japan sea. You are approaching to Japanese air domain. Take reverse course immediately 」
アイアンは国家の代表として、毅然とした姿勢で通告を行った。
対象機の行動に変化がなかった。アイアンは再度、通告を開始した。
「 we are advising to aircraft flying over Japan sea. You are approaching to Japanese air domain. Take reverse course immediately 」
次の瞬間、丁度、雲のすき間から黒い物体が動くのが見えた。
「対象機、ライトターンを確認。アイアン編隊は行動の監視へ移れ」
「了解。行動の監視を実施する」
彼我不明機はわが国領空の手前で反転し、領空から遠ざかる方向へと針路を変更した。アイアン編隊は領空付近での待機を指示されたが、予断を許さない状況は続いていた。いつ、対象機が再度、こちらへ向かってくるか分からない。緊張した時間が続く。帰還する経路の悪天候も考えると、心が休まる状況でないことは二人ともよく理解していた。
領空付近での待機開始から約30分が経過したとき、指令所から築城基地への帰還命令が発出された。悪天候のなか、アイアンとシャロンはスイッチを元に戻し、着陸のための準備である before anding check を行い帰投を開始した。
築城基地へ着陸すると、次の発進に備えたビーチとロイがアラートパッドで待機していた。先ほどまで悪天だった夜空が、雨雲が抜け星空へと変わっていた。アイアン編隊も燃料補給を行い、次の緊急発進に備え準備を完了しアラートパッドへ戻った。
「アイアン ありがとう」
「はい」
短いやり取りではあるが、エース同志らしい短い会話だった。
ビーチはアイアン、シャロン、ロイに囲まれていた。昔は尖って一匹オオカミだったアイアン、女性初のF2パイロットで緊張のあまり空中戦で実力が発揮できず悩んでいたシャロン、大学院卒で理論だけで飛行し、整備員たちの支援や苦労など全く気にも留めていなかたロイ。皆が少しずつであるが、立派な空自戦闘機パイロットへと成長している。ビーチは彼らを頼もしく感じた。
「シャロン、緊急発進のときのダッシュ、ちょー早かったな」
「はい、アイアンさんより早く乗り込もうと思って」
「一方、ロイ、お前のボイス、かなりテンパってたぞ。焦ってもよいことないからな。もっと落ち着いたボイスだせよ」
「はい、2回目のスクランブルだったんですが、夜間は初めてで緊張しました。ビーチさんがエマーを宣言して1番機位置で帰るときはもっと緊張しました」
「いや、ロイ、良かったぞ。あの雲中で俺を連れて帰ってくるときの操作、かなりスムースだった。ウィングマン時代のアイアンより操縦、うまいんじゃねーか?」
「ありがとうございます」
「ロイ、誰の教えだよ?(笑)」
「笑い・・・」
こうした仲間同士の深い交わりの中で連帯意識を育み、団結を強化していく。それが空自戦闘機乗りの伝統なのである。
・・・5年後・・・・・・・
ビーチは航空幕僚監部へ転勤、アイアンは4機編隊長へと昇格、アイアンの左肩にはあの fighter weapons instructor のワッペンが輝いている。アイアンは名実ともに第8飛行隊のリーダーへと成長していた。かつてのビーチのように、日本中の戦闘機パイロットが一目を置く存在へとなっていた。
8飛行隊コーヒーラウンジには、今日も作業する最若手の操縦者がいた。先週、着任したばかりの新人古林(コバヤシ)だった。古林は将来を期待されている航空学生出身の新人で、総合成績はトップクラスで第8飛行隊への配属となった。しかし、どことなく擦れた感じはかつてのアイアンそっくりだった。
「コーヒー作り、面倒くせーな。コーヒー作りなんて、なんで戦闘機乗りがやるんだよ。豆の量とかテキトーで良いじゃねーか。こっちは、コーヒーショップじゃねーんだから。あと雑用ばっかやらせんじゃねーよ。それより早く空中戦やらせてくれよ。」
フライトを終え、デブリが終了したアイアンがコーヒーラウンジへやってきた。今日は多数機ミッションだっただけに、アイアンの指導を多くの操縦者がメモを片手に聞き入っていたあとだった。
「おう、古林3尉。どうだ、8飛行隊になれたか?」
「あ、はい」
古林はエースパイロットのアイアンに話かけられたことがうれしかった。しかし、アイアンの顔には笑顔がなかった。新人古林が、TR作業を雑に、それも嫌そうにして、やらされている感がにじみ出ていたからだ。
「なあ、古林。今、この瞬間、有事になったら君は飛行隊のため、日本のために何ができる?」
「・・・」
「いざという時、先輩たちは出撃し、無事に帰還したら速報を記入し休憩をとったら、また、出撃するんだ。そのとき、古林が用意したレポート用紙に、古林が削った鉛筆で記入し、古林がその速報をメール転送し、古林が作ったコーヒーで一息つき、古林が提出した飛行計画で出撃するんだ。つまり、今、君がやっている作業は雑用なんかじゃない。全て有事の戦闘機乗りの任務に必要なことなんだよ。その時、古林がしっかり先輩のサポートができないと飛行隊の戦力がダウンするんだ」
「これからは、TR作業をテキトーにはやらないこと。さらには、パンサー魂を忘れるな。パンサー魂は、常に勝利を追求しつつ、礼儀正しく、ルールを順守し、ストイックでありながらも、謙虚な姿勢をいう。勝利以外、意味のない、くだらないことだとは思わないこと。精神的な強さと仲間を思うの心を忘れるな。いつか、その意味するところが必ず分かる。古林、期待してるぞ」
「・・・はい」
アイアンはそう言い放ち、笑顔でラウンジを出た。もちろん、古林が「そんなことより、早く空中戦教えてくれよ!」と思っていることぐらい、アイアンには分かっていた。かつての自分がそうであったからだ。でも、誰かが教えなければいけない。自分はビーチから教わった。戦闘機乗りには、戦闘機乗りにしか分からない境地がある。
河瀬ハヤト、タックネーム アイアン。入隊以来、目の前の壁をただただ、無心になって上り詰めたこの空の世界。アイアンは、過去の自分を思いだしつつ、後輩指導を続けている。操縦技量だけでは語れない、戦闘機の世界。心で握る操縦桿、今、アイアンが皆に慕われる理由がそこにある。
今日も、そしてこれからも、パンサーハンドが日本の空を護る。
航空自衛隊 築城基地70周年特別企画 ラジオドラマ「 BLACK PANTHERs 」これにて完結!
「パンサー!!」