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第1話:航空学生への挑戦


 彼の名前は河瀬隼(ハヤト)。若干17歳にして身長187センチの長身を誇る彼は、福岡の超有名進学校へ通う高校生である。頭脳は明晰で身体能力は抜群、容姿端麗。しかし素行は悪く、学校へはあまり通っていない。父は大学教授、母は大学病院婦長の教育家庭で育った。幼少から英会話、学習塾、ピアノ、バイオリン、少林寺拳法、書道と習わされた。親からあれこれ言われ、強制されて育った反抗から、今は両親の言うことは何も聞かない。


 彼は米軍海兵隊の特殊部隊にあこがれ、高校を卒業後は米軍海兵隊への入隊を希望していた。もちろん両親は有名大学へ行き、安定した職業についてもらうのが理想であった。可能であれば父の跡を継ぎ、大学教授になってもらいたかった。しかし、ハヤトは、同級生が大学受験を目指し、必死に勉強しているのをあざ笑うような眼で見ていた。米海兵隊の話を聞こうと思い、親に内緒で自衛隊募集相談所へ行くと、米海兵隊には米国籍を取得しなければ入隊できないことを知った。その時、机の横にあった航空自衛隊戦闘機パイロット募集のパンフレットが目に入った。話を聞くと、高校を卒業し2年間の地上教育の後、実際に飛行機に乗って訓練する航空学生制度があることを知り、暇つぶしに話を聞くこととした。話を聞いているうちに、ハヤトは気持ちが徐々に戦闘機への道に浸食されていくのを感じた。目の前に壁があると乗り越えたくなる性分である。何か戦闘機という乗り物から挑戦状を受けている気持ちを抱いた。


 航空学生受験、受験番号は「福岡空6」倍率は約40倍である。つまり、クラスでたった一人合格する確率だ。一般的に航空学生合格は高い倍率といわれるが、ハヤトはそうは思わなかった。クラスで一人合格なら十分、狙える。実際、1次試験の学科試験、2次試験の身体検査と面接を難なくクリアーし3次試験の実技試験へと進んだ。実技試験は静岡県の静浜基地である。1週間泊まり込みで面接、実技試験を繰り返す。試験初日にT7の操縦方法を学び、実技試験の準備に入った。進路、高度、速度と初めて聞く言葉に戸惑いながらも、操縦試験を受けた。実技試験は前席に空自パイロットの試験官、後席に受験生が搭乗し、実際に飛行機を操縦、4回の実技試験の総合成績で、その操縦適性を判断するものである。プロペラ機とはいえ、実際の航空機である。3次元で動く物体を思うように動かせるわけがなく、気が付いたら全く意図しない姿勢になっていることもあった。それでも自分なりには上出来とおもったが、何度か指定された姿勢へと変更するのだが、一度だけ大きく失敗した。前席の試験官はその失敗を見逃さない、試験官が首を大きく振り、実技試験は途中で中止となった。


 試験最終日、試験官から記念撮影用に飛行機の前で写真をとっても良いと言われ、受験生達は皆、写真を撮っていたが、ハヤトだけは写真を撮らなかった。落ちれば悔しい思い出写真となり、合格すればいつでも撮れる。そんなこと考えればわかるのに、浮かれはしゃいで写真を撮っている受験生を横目で見ながら宿舎へ帰った。


 試験が終了し、最終面接のとき、主任試験官から、「河瀬君、良い思い出になったか?」と聞かれ「はい」と答えたが、試験官がこの質問をするということは、趣旨的には落ちたな、あの試験官が首を横にふったときの点数が悪かったのだ、と冷静に自己分析し帰宅した。ハヤトの感は良く当たると言われている。自分でもそう、思っていた。


 両親はハヤトの自衛隊入隊には反対である。自衛隊に入隊させるため、大事に育て上げたわけではない。周りの同級生はみな、大学受験で必死になって勉強していた。ハヤトはやりたいことが見つからず、川沿いをフラフラ歩きながら、やはり戦闘機パイロットへの合格は難関で、ハヤトが思うほど、簡単ではない、高校を卒業したら親元を離れ、すし屋で住み込みバイトでもしながら、ゆっくりと人生について考えていこう、と空を見上げていた。


 合格発表当日、どうせ落ちているに違いないと、合格発表のことは全く気にせず、いつも通り高校へ行き、先生の声がつまらないBGMのように流れる時間を、ただただ耐えて過ごしていた。しかし、数時間後、彼の人生は一変することとなる。