防衛省・東北防衛局がおくる日本の防衛Q&A
(5月放送内容)



 

テ−マ:防衛施設紹介シリーズ その@ 〜三沢飛行場編〜

 

 

パ−ソナリティ−:
 
本日も東北防衛局長の齋藤雅一局長にお話を伺います。齋藤局長よろしくお願いします。

齋藤局長:
 はい。よろしくお願いします。

パーソナリティー:
 今日は、「防衛施設」の紹介ということでしたが、どのようなお話をしていただけるのでしょうか。

齋藤局長:
 はい。まず、「防衛施設」とは、自衛隊の施設又は日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第六条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定第二条第一項の施設及び区域をいいます。簡単に言うと、自衛隊の施設と在日米軍が使用している施設等になります。
 全国には、自衛隊の施設だけでも約2,500件の施設があります。

パーソナリティー:
 大変な数の施設があるのですね。

齋藤局長:
 はい。施設の数が多いだけでなく、種類も色々とあります。例えば、飛行場施設や演習場施設などの広大な施設、事務所施設等の他にも、医療施設や宿舎施設といったものもあります。

パーソナリティー:
 本当にいろいろな種類があるのですね。

齋藤局長:
 はい。今回は、青森県に所在する三沢飛行場について、ご紹介したいと思います。

パーソナリティー:
 先程、いろいろな種類があると教えていただいた中の飛行場施設ですね。

齋藤局長:
 はい。三沢飛行場は、青森県三沢市と東北町に跨がって所在しており、面積は約1,600ヘクタール、これは、東京ドーム約340個分にもなります。また、滑走路は一本で約3,050メートルありジャンボジェットでも降りられます。
 三沢飛行場は、昭和13年に旧日本海軍が飛行場の建設に着手し、戦中の昭和17年三沢海軍航空隊の飛行場として開設、後に第524海軍航空隊(艦上爆撃・艦上攻撃航空隊)及び海軍練習航空隊が配備されたのが三沢基地の始まりです。
 戦後、昭和20年米陸軍航空隊の施設部隊が移駐し、米陸軍航空隊のための飛行場として、建設工事が行われました。
 昭和33年に航空自衛隊北部航空方面隊司令部が発足し、米軍基地との共同使用が開始され、さらに、昭和36年に北部航空施設隊が配備、同年7月北部航空警戒管制団が配備され、米軍から航空警戒管制権を引き継ぎ、現在に至っています。 まさに、北部防衛の要としての重要性を有している飛行場といえます。

パーソナリティー:
 とても広くて、長い歴史のある飛行場なのですね。三沢飛行場には、どのような飛行機が駐留しているのでしょうか。

齋藤局長:
 はい。三沢飛行場では、米空軍第35戦闘航空団のF−16や米海軍のP−3Cのほか、米軍再編に係る三沢基地への訓練移転等参加のため、他の基地所属機FA−18やF−15などが飛来したり、グローバル・ホークもグアムから一時展開して来たりしています。
 航空自衛隊は、北部航空方面隊の司令部がこの三沢基地にあり、北海道及び東北エリアの防空を任務としているほか、第3航空団のF−2やT−4、警戒航空隊のE−2C、三沢ヘリコプター隊のCH−47などの航空機が配備されています。平成29年度からは、F−2の代わりに最新鋭のF−35戦闘機が配備される予定です。
 
パーソナリティー:
 多くの飛行機が飛んでいるようですが、その周辺地域における生活環境や周辺地域の開発に影響を及ぼしていることはないのですか。

齋藤局長:
 はい。おっしゃるとおり、飛行機の頻繁な離着陸などによって周辺地域の生活環境に騒音などの影響を及ぼさざるを得ない場合があります。そのため、東北防衛局では、防衛施設と周辺地域との調和を図るような施策を行っています。
 例えば、航空機の音がうるさい地域として指定された区域内で、当該区域が指定された時に所在する住宅を所有している方などが行う防音工事に対して助成を行ったり、区域が指定された時に所在する建物を同区域外に移転を希望される方には、建物の移転補償や土地の買い入れを行っています。
 また、買い入れた土地は、緑地帯等として防衛省で管理しており、先日、三沢市に全国で初めて牧草地として約9.6ヘクタールという広大な面積の使用許可を行いました。
 更に、市町村等が行う公園、道路、体育館、消防施設等の生活関連施設や農漁業施設などの事業経営の安定に寄与する施設の整備に対し助成も行っています

パーソナリティー:
 調和を図るための努力を色々となさっているのですね。
 何か、私達が自衛隊や米軍に触れられるようなものはありますか。

齋藤局長:
 はい。あります。三沢市は、「基地との共存共栄」を掲げているように、米軍や自衛隊基地所在地ならではのものもたくさんあります。また、同市は、昭和6年、ミス・ビードル号が世界初の太平洋無着陸横断飛行を成し遂げた出発地点です。現在、米軍、自衛隊、民間航空会社が一本の滑走路を共同使用するという三沢飛行場が所在するなど、空との関わりの深い街です。
 三沢基地航空祭は、毎年10万人以上の観客が集まる大イベントです。航空機の展示などはもちろん、当日は日米双方の出店が数多く並び、いかにもアメリカという品物も数多く購入することが出来ます。
 また、航空自衛隊では、団体のみになりますが事前に申し込みをすれば、基地の見学もできると聞いていますし、三沢市においても、見学日は決まっていますが、事前申し込みによる「フライデーツアー」という米軍基地内の見学等のイベントも行っていると聞いています。

パーソナリティー:
 それは楽しそうですね。

齋藤局長:
 東北防衛局としても、航空祭にブースを出したり、日米交流事業として日本とアメリカの子供達が交流を深める「MISAWAアイスホッキー」や「ひなまつり」を企画したり、地域の方々とは深く関わっております。
 是非、皆さまも航空祭などで三沢市を訪れた際には、いろいろなところに「補助事業で整備しています」という当局のステッカーが貼ってあると思いますので、それを探してみて下さい。先程お話した防衛施設と周辺地域との調和を図るような施策を実施した場所に貼ってあります。「こんなものも、東北防衛局が整備に協力しているんだ!」と驚いていただけると思います。
 今後も、防衛施設について引き続き紹介していきたいと思っていますので、楽しみにしてもらいたいと思います。

パーソナリティー:
 そうですね。是非、皆さん三沢市を訪れて、東北防衛局の関わりを探してみて下さい!
 局長、今日はありがとうございました。本日は、東北防衛局の齋藤局長から、お話を伺いました。どうもありがとうございました。

齋藤局長:
 はい、こちらこそ、どうもありがとうございました。

 

 

 
  
 
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