防衛省・東北防衛局がおくる日本の防衛Q&A
(1月放送内容)



テ−マ:東日本大震災における教訓と課題@ 事前の準備

パ−ソナリティ−:

 

本日は、平成23年3月11日の東日本大震災時、岩手県の災害対策において中心的役割を果たされ、また、その際の体験を元にした「東日本大震災津波−岩手県防災危機管理監の150日−」の著者でもあります越野修三さんをおむかえし、「東日本大震災における教訓と課題」をテーマとした東北防衛局長中村吉利局長との対談をお送りします。それでは、越野防災危機管理監、そして中村局長よろしくお願いします。


中村局長:

本日はお忙しい中、お越しいただき有難うございます。ただ今ご紹介のありましたとおり、越野さんは、岩手県の防災危機管理監として、東日本大震災への岩手県の対応に関し中心的な役割を担われたほか、震災前における体制の整備はもとより、震災後における教訓事項の発信などでもご活躍されています。ご紹介のあった著書は、今年の夏に上梓されていますが、1117日の河北新報でも紹介されています。発売から4ヶ月以上経っての報道ですが、それだけ越野さんのご経験、ご提言が徐々に浸透してきている証拠だと思います。いずれにしても、災害に関しては、政府機関や自治体等がさまざまな教訓反省を共有し、地域の実情に応じて施策に反映していくことが、効果的な対応を行うための基本的な条件の一つである事は論を待ちません。また、情報の共有は、国民一人一人が災害にどう向き合っていくのかを考えるに当たっても重要な点だと思います。越野さんからは、「東日本大震災における教訓と課題」をテーマとしてお話を伺うわけですが、この番組を聞いていただいている方にも参考になる点があろうかと思います。どうぞよろしくお願いします。


越野防災危機管理監:

 よろしくお願いします。


中村局長:

 まず、越野さんのプロフィールについて、簡単にご紹介したいと思います。越野さんは、2006年に陸上自衛隊を退官後、防災危機管理監として岩手県庁に入られました。自衛隊に勤務されていた間には、阪神・淡路大震災に際しての救援活動で中心的な役割を担われたと聞いています。阪神・淡路大震災に関しては、政府としても様々な教訓反省事項があり、総理官邸を中心とした政府全体での対応の必要性や、平常時からの自治体と自衛隊など関係機関との連携の重要性が認識され、制度の改善ですとか態勢の整備が行われてきました。越野さんも、阪神・淡路などでの自らのご体験も含め、防災危機管理監として県庁に入られて以降、岩手県の態勢整備に尽力されたと思いますが、もっとも力を注がれたのは、どのような点だったのか、まづはここから伺いたいと思います。


越野防災危機管理監:

 そうですね。大規模災害になりますと自衛隊の支援と言うのは、無くてはならないものになります。阪神淡路大震災の時にはですね、あまり自衛隊と兵庫県が密接な連携がなされていなかったと言う事もあって、初動が遅れました。私が所属していました13師団というところなんですけれども、広島にあるんですが、そこから神戸に部隊を前進させようと思いまして、命令が3日の夜に出たんですけれども、どこに前進させればいいかと言うのが分からなかったんですよ。先に、給水支援隊の部隊長の人がですね、北区に「しあわせの村」という大きな公園があると言うような事が報告ありまして、そこでやっとですね北区の「しあわせの村」に前進目標を定めたわけなんですね。こうゆうような教訓ありまして、もっと早くからですねそうゆう所が分かっていれば早く前進できた。そうゆうことがあったもんですから、私が岩手県庁に入ってからですね、まづ1つは、自衛隊との関係を密接に行うと言う事で、1つは「顔の見える付き合い」を平素から出来るようにしておく事。これは非常に大事な事でして、ただ電話だとかメールですとかですと、事務的な付き合いしかできないと言う。やはり「顔の見える付き合い」でないと密接な連携というのは出来にくいだろうと言う事で「顔の見える付き合い」。

2つ目は、災害などの非常時に自衛隊が活動できる拠点を決めておこう。あらかじめ決めておけば、どんな事があってもそこに自動的に入れる。そう言う観点から「拠点を決める」と言う事ですね。

 それから3つ目はですね。自衛隊の司令部を県庁の中に入れようという事で、そのスペースを確保しておこうと言う事でですね、県庁の12階に「大講堂」と言うのがあるんですが、そこを自衛隊専用のスペースとして確保しておきました。

 それと4つ目は、自衛隊も含めて色んな防災機関が連携しないとなかなか災害対応というのは難しいので、それの「連携訓練」を重視して実施するようにしておりました。そのような事ですね。


中村局長:

分かりました。有難うございます。ご経験を元に色々と工夫をされてきたという事が、良く理解できました。他方で先ほどの著書を拝見しますと、『防災危機管理監としての5年の日々』という章がございますけど、その章の冒頭が「県庁文化との闘い」と言う事になっています。前例踏襲とか、「縦割り」はたいていの役所に多かれ少なかれ妥当する現象だと思うのですけど、災害に際しましては、「前例踏襲」していては多くの「想定外」が発生してしまうでしょうし、「縦割り」ですと、組織全体の能力が有機的に発揮できないと言ったような点で、ともに大きな弊害になると思います。越野さんは、こうした「お役所文化」をどのように打破されたかと言う事を次にお伺いしたいと思います。


越野防災危機管理監:

そうですね。行政組織というのは、平素の業務を効率的に行うためにですね、業務をルーチン化してますよね。それと、どこの部署がどのような業務をやるのかと言う事をきっちりと決めているわけなんです。大規模な災害が起きますと普段の業務とは全く違う業務が生起しまして、ルーチン化に慣れた職員というのは、なかなか対応が難しいんですね。それでも通常のやり方でやろうとしているところにですね、やっぱり弊害が出てくる。こういうような事でですね、今回は、災害が起きてから知事に直接申し上げて、このままだとなかなか円滑に業務が回らなくなるので、「組織を変えてほしい」と「変えてよろしいでしょうか」とそう言う事を具申しまして。知事の方から「いいよ」と言う事がありましたので、3月25日に組織を変えました。これがですね平素だとなかなか各部局の壁が厚くてですね、なかなか出来ないんですね。災害の時には、部局横断的な色んな業務が発生しますので、今回は「部局横断的な組織」に改変した。こういうようなところです。


中村局長:

はい。有難うございます。事前の準備においても発災して以降においても色々な点で柔軟に工夫をされてきたと言う事が伺えたと思います。だいたいお時間となりました。本日は事前の準備における越野さんのご苦労などを伺ってまいりました。次回は岩手県の具体的な対応を中心に伺いたいと思います。越野さん今日はどうも有難うございました。


越野防災危機管理監:

 有難うございました。

パ−ソナリティ−:

日は、岩手県防災危機管理監の越野修三さんをおむかえして、「東日本大震災における教訓と課題」をテーマとした中村吉利局長との対談をお届けしました。

次回も引き続き、越野防災危機管理監と中村局長の対談をお送りします。


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