防衛省・東北防衛局がおくる日本の防衛Q&A
(3月放送内容)



テ−マ:ペンタゴンツアーと市ヶ谷台ツアー

パ−ソナリティ−:

 防衛省・東北防衛局がおくる日本の防衛Q&A、このコーナーでは防衛省・自衛隊や日本の防衛について、詳しく分かりやすくお話をいただいております。今日も東北防衛局の増田義一局長にお話をいただきます。局長、本日もどうぞよろしくお願いいたします。


増田局長:

 よろしくお願いいたします。


パ−ソナリティ−:

 はい、それでは早速ですが、今日はどういったお話をいただけますでしょうか。


増田局長:

 はい、前回の番組で、ペンタゴンツアーについてちょっと言ったんですが、その時ペンタゴンツアーとは一体何かなあと思った方もいらっしゃったかと思いますので、今回は、ペンタゴンツアーについて、それと防衛省の市ヶ谷台ツアーについても話したいと思います。


パ−ソナリティ−:

 はい、よろしくお願いいたします。

増田局長:
  ペンタゴンというのはアメリカの国防省のことなんですけれども、アメリカの首都ワシントンにあります。このワシントンの観光スポットとしては、ホワイトハウス、あるいはキャピトルヒルすなわち議会議事堂ですね、あとリンカーンメモリアルとか、ジェファーソンメモリアルとか政治に関するものが多いんですね。あとアーリントン墓地もありますけれども、そこにはジョン・F・ケネディー大統領の墓もありましてですね、ケネディーの死からずうっと絶やさず燃やし続けられている火が燃えています。そして、意外と穴場なのが、ペンタゴン、国防省なんです。最高にセキュリティーが厳しいはずの国防省の中に入れてくれるのかなあとお思いのかたもいらっしゃるかもしれませんけれども、国防省の方で、ちゃんとガイドを立ててですね、見学者のために中を案内してくれます。


パ−ソナリティ−:

 では実際にツアーの様子をお伺いしたいんですが、その前にまずペンタゴンがどういう建物か分からない、知らない方のために教えていただいてもよろしいですか。


増田局長:

 はい、ペンタゴンというのは訳せば五角形という意味ですね。実際、アメリカの国防省は真上から見れば正五角形をしています。よく見るとですね、正五角形が5つ、5重になっております。地上5階地下2階建てなので、高層ではありません。この五角形のペンタゴンにはですね、2万3千人の人が勤務しておりまして、それからもわかりますとおり、非常に大きな5角形なんですね。廊下の長さは総延長で30キロメートル近くもあるそうです。


パ−ソナリティ−:

 実際にそれではツアーはどのような様子なんでしょうか。


増田局長:

 はい、ツアーではですね、約60分間で約2キロを歩きます。ガイドは現役の軍人さんでありまして、この2キロをですね、前を向いて歩くのではなくて、見学者の方を向いてしゃべりながらですね、後ずさりしていくんですね。後ろ向きに2キロ近くも歩いていくもんですから、よくぶつかったりしないもんだなあと感心してしまいますですね。ツアーでは、アメリカの国防にまつわる歴史に接することができるわけですけれども、9.11で攻撃を受けた場所の辺りにはですね、9.11記念チャペルというのがあります。そこも行きますし、あとメダル、勲章ですね、これを授与された歴戦のヒーローを展示してあるホール・オブ・ヒーローズなんてところにも行きます。


パ−ソナリティ−:

 そうなんですか。私は英語のヒアリングにちょっと自信がないんですけれども。


増田局長:

 そうですか。ガイドの説明はですね、残念ながら英語なんですね。全部は聞き取れなくてもですね、結構楽しめるんじゃないでしょうかね。年間10万人もの人がこのペンタゴンツアーに参加するそうです。ワシントン観光の機会があったらですね、ぜひ行ってみてもらいたいなと思います。ちなみにこのツアーは、月曜日から金曜まで、午前9時から午後3時まで、9時、10時、11時・・・とですね、毎時間キッカリにスタートします。ツアーの参加は先着順でありますので、朝8時半に窓口が開きますから、その時に早めに申し込みに行ったほうが良いんじゃないかなと思います。


パ−ソナリティ−:

 はい、分かりました。


増田局長:

 あと、わが防衛省・自衛隊の本丸であります東京の市ヶ谷台にもですね、ちゃんとツアーがありまして、一般の方々が参加できるようになっています。月曜から金曜の平日のですね、午前と午後に1回づつ、こちらはペンタゴンツアーより時間が長くてですね、2時間10分〜15分ぐらいかかります。それで事前予約制でありまして、個人参加される方は2日前までにですね、インターネットなどで予約する必要があります。

パ−ソナリティ−:
 はい、分かりました。そもそもなぜ市ヶ谷台が本拠地になったんでしょうか。

増田局長:
 市ヶ谷台というところはですね、江戸時代には尾張藩徳川家の上屋敷がありました。それで明治維新を経まして、明治7年には兵学寮が京都から移転してきてですね、その後陸軍士官学校となりまして、ここは長い間、陸軍における教育の中心地だったわけですね。昭和になりまして戦時色が強まってくると、陸軍士官学校はここから転出してですね、かわりに陸軍省と参謀本部が移ってきました。太平洋戦争中は名称も大本営陸軍部というふうになりまして、まさに戦時中の陸軍の中枢がここにあったわけですね。敗戦後はですね、米軍に接収されて、極東国際軍事裁判の法廷がここに開設されました。そして昭和34年には返還されまして、今度は陸上自衛隊東部方面総監部が置かれました。それで昭和45年にはですね、あの有名な三島由紀夫の事件が起こっています。その事件というのは、東部方面総監を人質にとってですね、バルコニーから演説をした後ですね、総監室で割腹自殺をですね、三島由紀夫さんがした、そういう事件ですが、以上のように、市ヶ谷台は歴史的にも非常に興味のある場所ですね。

パ−ソナリティ−:
 はい、分かりました。ツアーでは実際にどんなところを廻るんですか。

増田局長:
 はい、市ヶ谷台ツアーでは、記念館、屋外ヘリ展示場、殉職者慰霊碑、厚生棟なんていうのがメニューに入っていますけれども、目玉は記念館だと思います。それで先ほど話しました、当初陸軍士官学校の講堂として使われて、後に極東国際軍事裁判の法廷となった講堂がまだ残されています。それとあとは、陸軍士官学校の校長室が最初で、その後に陸軍大臣室になって、戦後は陸上自衛隊東部方面総監室として使われた部屋も残っておりましてですね、その部屋の外には、あの三島由紀夫が演説したバルコニーも残されています。「ああ、この部屋で三島由紀夫が切腹したのか・・・」と感慨にふける人もいるんじゃないかなあと思いますけれどもね。柱には事件のとき出来た刀の傷跡なども残っています。この三島由紀夫の事件のとき私はまだ中学生でしたけれども、翌朝の新聞一面にはですね、介錯された三島由紀夫の生首が転がっているこの東部方面総監室の中の写真がデカデカと載っておりましてですね、学校で友人たちがこの報道を見てですね、驚いて騒いでいたのをよく覚えていますけれども。
他には、戦前、天皇陛下がお出でになったときにご休憩所として使われた便殿の間というのも残っています。

パ−ソナリティ−:
 いろいろお伺いしましたが、懐かしい当時の記憶に触れることも出来そうな場所ですね。

増田局長:
 そうですね。あとは厚生棟にも行きますけれども、そこの売店ではですね、他では中々手に入らない自衛隊グッズも売っていますので、おみやげを買うという楽しみもありますですね。
ということで、ぜひ東京へ行くことがあれば、市ヶ谷台ツアーにも参加してみたら如何でしょうか。

パ−ソナリティ−:
 はい、分かりました。本日は東北防衛局の増田義一局長から、ペンタゴンツアーと市ヶ谷台ツアーについてお話をいただきました。局長、本日もどうも有難うございました。

増田局長:
 どうも有難うございました。
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