予備3等陸佐 西潟 徹 (技能・薬剤師)

予備自衛官に任命されて
私は普段、会社員(薬剤師)として勤務しております。初めて予備自衛官制度を知ったのは、今から約十数年位前のニュース番組でした。記憶に間違いがなければ当時の予備自衛官制度は、元自衛官の方が対象で一般からの任用はなかったように思います。
普段は仕事をしつつ、いざという時は自衛官として国や地域社会に貢献する制度や予備自衛官の姿勢に魅力を感じました。
時が経ち、ふと立ち寄った陸上自衛隊ホームページの予備自衛官制度を覗いてみると、一般からも予備自衛官の公募があり、なおかつ、自分の職種を活かせることもわかりました。
早速担当者に問い合わせ、十分な協力を頂きました。お陰様で予備自衛官補採用試験に無事合格いたしました。この度、第117教育大隊第339中隊での予備自衛官補訓練を修了し、予備自衛官に任命され身の引き締まる思いです。
今後は、常備・即応予備自衛官の方々を少しでもサポートができるよう、国や地域社会に貢献できるように訓練を重ねていきます。また、自身を通して少しでも多くの方に自衛隊のことを知って頂ければ幸いに存じます。
予備3等陸曹 竹林 泰洋 (技能・測量士補)

年に一度の招集訓練
「姿勢点検始めっ!」一年振りの射撃訓練である。
肘が地面にめり込み呼吸も辛い。数秒間の内に姿勢を固め照準を定めなければいけないが、照星は揺れ動き、気持は焦る。
「射撃用意、撃てっ!」射座に轟音が鳴り始め、自分も小銃にしがみつき、引金を絞る。発射の瞬間小銃は暴れ、爆音で顔面が痛い。それでも今年最初の三発を撃ち終えると、射座に報告が入る。
「全弾不明」え?一発も当たってないの?
姿勢の指導を受け気を取り直して射撃に臨むが結果は惨澹(さんたん)たるものでお土産は耳鳴りと跳ねた空薬莢による鼻の火傷である。
以上、射撃訓練の一部をご紹介しましたが、公募予備自衛官として20年遅れて入隊した自分にとっては訓練の最中は失敗と思うようにならない事の連続です。
それでも招集訓練が自分にとって代わるものがないほど魅力的なのは本当に貴重な「体験」が出来るからです。その「体験」を支えてくれる予備自衛官の先輩、受け入れ部隊の現職隊員、地本職員の方、皆素晴らしい人たちです。
若い時に自衛隊に入隊したかったが諸事情があって入隊が叶わなかったという方には、予備自衛官補制度はもう一度若い時の夢を叶えるチャンスでもあります。今、閲覧して頂いている皆様といつかお会いできる事を楽しみにしています。
予備2等陸士 藤由 絢子 (一般)

予備自衛官補教育訓練で得たもの
私が予備自衛官補を志そうと思ったのは、新潟中越地震がきっかけでした。被災している住民を救助し、生活面でも支援している自衛官の姿を見て、私にも何かできないだろうかと思いました。
その後、知り合いの自衛官の方から予備自衛官補という制度があることを教えて頂き応募することにしました。
実際に訓練は体力的に厳しいですが、普段では体験することのできないことばかりで有意義なものでした。また、訓練以上に大変だったのが時間の管理です。課業外でも身の周りのこと(アイロンや洗濯など)や翌日の準備などやることが山ほどあり、最初は時間が足りなく、作業を終わらせるのに精一杯でした。
しかし、徐々に慣れてくると時間をうまく使えるようになり、残った時間を今日の訓練の復習や、仲間との談笑に費やしたりすることができました。同じ居室にいた仲間は年齢も職業も出身も違う人たちでしたが、共に訓練を受け、日常生活を送るうちに仲良くなり、その方々の様々な話が聞けてとても刺激になりました。
予備自衛官補は災害時などに人々を救助、支援するために訓練を受けています。しかし、それ以上にこの訓練は技量の向上はもちろん、普段の生活での時間管理、出会った仲間との会話などから見識が広がり、自分自身の大きな成長につながりました。
2月に残りの教育訓練を修了し予備自衛官となりました。今後も訓練に励み立派な予備自衛官になりたいと思っています。
予備陸士長 若井 裕樹 (一般)
教育訓練を終えて
私が予備自衛官補を志した理由は、ひどく曖昧で、漠然とした、「誰かの役に立ちたい」という思いからでした。
やりたい事も決まらず、毎日を適当に過ごしていた頃に、私は予備自衛官補制度というものを知りました。
予備自衛官補に任官後、始めのうちは集団生活と教育訓練についていけるのかと不安でいっぱいでした。しかし、教育訓練が始まってすぐに、その不安は消え去りました。それは、同じ思いを持った仲間との出会いです。「誰かの役に立ちたい」「誰かを助けたい」「この国を守りたい」という思いを持った仲間との出会いです。
教育訓練には、下は18〜19歳、上は30歳なかば、大学生に社会人、航空自衛隊のパイロット志願者に専業主婦など、実に様々な人たちが参加しました。このような年齢も職業もばらばらな人たちが集まり、様々な考え、思いがある中で、共通していたことは「誰かのために」という思いだと感じました。これほど多様な人たちが1箇所に集まり、共同生活を送ることはとても珍しい経験だと思います。
教育訓練は毎日時間に追われ、体力的にも大変でしたが、同じ思いを持った仲間たちと一緒に過ごすことで、最後まで無事に乗り切ることができました。互いに協力したり、励ましあったりすることで体力的、精神的にも成長できたと思います。10週間の教育訓練は、終わってみるとあっという間でしたが、大変充実したものでした。
私は現在、予備自衛官として年間5日間の訓練に参加していますが、そこでも訓練の度に様々な人たちと出会い、様々な経験をさせて頂いてます。そしてこれからも、予備自衛官として、微力ながら「誰かのために」役に立てるようにと思っています。
予備2等陸曹 小関 周一 (技能・整備士)
社会人として、予備自衛官として
私は社会人として一般の企業に勤めて20年がたちました。普通に考えれば人生の折り返し地点あたりという所でしょうか。今までは、自分のため、会社のため、そして家庭を持つようになってからは家族のためにと働いてきました。それはこれからも変わらないと思うのですが、人生の節目を迎えるにあたり、これまで自分を育ててくれた地域や社会へ、培ってきた知識や技術を役立てられないかと考えるようになりました。
テレビで予備自衛官補制度を知ったのもちょうどその頃だったと記憶しています。予備自衛官の事はなんとなく知っていたのですが、常備自衛官の経験が無い一般の社会人からでもなれると知り、応募の決意をするまでにそれほど時間はかかりませんでした。
その後無事採用いただき、武山駐屯地で厳しくも楽しい教育訓練を経て、現在は予備自衛官として任用されています。今でも正直なところ、「国防」というとまだピンとこないのですが、身近な家族や友人のため、地域や故郷のために汗を流すことが国を守ることにつながるのではと考えています。
活力あふれる若者が力を発揮するのはもちろんですが、社会で経験を積んできた人が知識や技術を生かして活躍の場を広げるのもすばらしい事ではないでしょうか。一緒に志して教育訓練を受けた人達にも様々な年齢、性別、職業の方がいました。予備自衛官の招集訓練においては、各分野の専門的な知識や技術を生かせるプログラムが増えてくることを期待すると共に、これを読んでいるあなたにも、その経験を生かして仲間に加わってくれることを願っています。
予備3等陸曹 奥平 昌彦 (技能・測量士補)
教育訓練を終えて
私は、社会人になってからの17年間を地方公務員(土木技師)として過ごしてきました。特にこれといった不満もなく日々の生活を送っていましたが、偶然手に取ったチラシが予備自衛官補の募集案内であったことが全ての始まりでした。
あまり考えることなく直感的に受験することを決め、募集要項で技能(測量士補)なら年齢的に応募出来ることを確認すると、職場の上司や人事課の担当者に予備自衛官制度について説明し、予備自衛官補になるための許可手続の仕方等相談に乗ってもらいました。幸い法的にも問題なく、また、職場の理解も得ることができたため、無事受験までこぎ着け予備自衛官補となることが出来ました。
武山駐屯地での教育訓練では、慣れない環境の中で見ず知らずの人達との生活に、最初は不安を感じたりすることもありましたが、自衛隊未経験者同士の集まりということもあり、自然と一体感のようなものが生まれました。おかげで、忙しいスケジュールの中でも協力する事でいい雰囲気がうまれ、楽しく充実した訓練生活を送ることが出来たことはいまではいい思い出であり一生の宝となっています。
この教育訓練では個人の能力の向上はもちろんですが、協力しあうことで困難を乗り越えることの大切さを教えてもらいました。これは、普段の便利な生活のなかで忘れがちなことだと思います。
予備自衛官となった今、これからも毎年の訓練のなかで多くの人たちとの出会いがあると思いますが、教育訓練で得た「協力することの大切さ」を忘れずに、今の自分が少しでも皆さんの役に立てるよう努力していきたいと思います。
予備1等陸士 青海 将弘(一般)
充実した日々
私が予備自衛官補に志願したきっかけは、今となってはあまり良く覚えていません。ただ予備自衛官補試験受験の頃は、大学での自由な生活や就職活動への不安、中越沖地震などがあり、ともかく何か行動しなくてはいけないと思っていました。
いざ駐屯地での訓練が始まると、これまでの人生では経験したことがないできごとの連続でした。丸々5日間、出身も年齢も違う人々と訓練に臨み、絆を深めたと思えば、次の5日間はまた別の人々との訓練が待っていました。最初の頃には、肉体的にも精神的にも厳しい日々が続きましたが、次第に慣れ、25q行軍や射撃訓練など発展的な内容が増えると訓練出頭も楽しみになっていきました。
幸いなことに、私は約3ヶ月ですべての訓練を終えることができましたが、非常に貴重でありがたい経験をさせて頂きました。そのまま予備自衛官の訓練にも参加していますが、予備自衛官補での経験を生かしスムーズに訓練をこなせていると思います。
予備自衛官補に志願するにあたり、不安や緊張も多くありましたが、今思い返すと志願して本当に良かったと思います。予備自衛官としてこれからも精一杯、職務に励んでいきたいと思います。
予備3等陸曹 山森 一樹(技能・測量士補)
予備自衛官になって
私が学生の頃に9.11テロや、イラク戦争、それに伴う自衛隊の派遣などがあり、大変衝撃を受けました。それをきっかけに自衛隊や国防に興味を持ったと記憶しています。その後、予備自衛官補の制度を知り、自衛隊や国防を肌で触れて知りたいと思い志願しました。
予備自衛官補として始めて訓練に出頭した時は、知らない世界に飛び込むような緊張もありましたが、学生の頃は運動部でしたので、体力的についていくのはそう難しくないだろうと楽観視していました。しかし、問題はそこではなく、生活面の方こそ訓練されたと思います。早起き、ベッドメイク、掃除、アイロン、靴磨き、怠惰な私には全て苦しく、かつ清々しいものでした。
また、訓練の中で忘れてはならないのが射撃です。技能採用者の訓練期間は10日しかないため、序盤から射撃教練が始まるのですが、小銃の扱い方がまるでわからず、これで本当に実弾射撃が出来るのだろうかととても心配になりました。しかし、教練が進むにつれて、次第に出来るようになり、実弾射撃を無事に終え晴れて予備自衛官になることが出来ました。
教練などはすぐに出来る人とそうでない人がいますが、教官の指導や仲間の協力で最終的にはみんな出来るようになりますので問題ありません。また、私は予備自衛官補課程を終え予備自衛官になった時、まわりは元常備自衛官ばかりになるので、私のような常備自衛官の経験がない人間は輪の中に入っていけないのではないかとも思っていましたが、予備自衛官としての初出頭の際には、元常備自衛官の皆さんとの間に壁を感じることもなく、また、やさしく接してもらいました。
皆さんの中には、予備自衛官補に興味があるが、不安もあるという方が多いと思います。しかし、教官や周りの仲間がとても暖かいのでそのような心配はいりません。訓練や多種多様な仲間達との交流など、普段ない経験ができ、それが自己啓発にもなり大変実になると思います。最終的に国防に寄与することとなります。