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各自衛隊の生い立ち
 自衛隊の中で、海上自衛隊が、制服や階級章、英語呼称などで、陸・空自衛隊と異なることがあります。その要因の一端について、私見を紹介したいと思います。
 陸上自衛隊は、朝鮮戦争勃発後、米軍占領下の1950年に警察予備隊として発足しました。まだ、敗戦からの復興期で、旧軍への嫌悪感からか、旧陸軍とは別組織としての意識を強く持ち、伝統を敢えて引き継がないように努めてきたと聞いています。
 海上自衛隊は、占領統治終了直前の1952年に海上保安庁の海上警備隊として発足しました。終戦後も旧海軍は、海外に残された兵員の帰国のための復員船を運行し、また、日本周辺に大量に敷設された機雷を除去するための航路啓開業務を継続していたことや、四面環海である我が国の防衛のためには海軍力の保有が必要との考えに、旧海軍将校が尽力し、かつての敵であった米海軍将官の理解も得られ、いわゆるY委員会を設立して日米協力の下、海上防衛力の建設運動を強力に推進していました。このため、海上自衛隊では、姿・形は変わりましたが、旧海軍の伝統の多くを継承しています。海軍兵学校のあった江田島は、大きな空襲を受けることもなく施設は残り、教育参考館をはじめ、幹部や船乗りを養成する学校として今でも海上自衛隊の教育の地となっています。また、自衛艦旗のデザインは、3回の公募・審議を経たにもかかわらず、3回とも軍艦旗と同じ旭日のデザインとなりました。
 航空自衛隊は、防衛庁(当時)が設置された1954年に、米空軍(米陸軍航空隊が前身)を参考に、警察予備隊・海上警備隊が保安隊を経て、それぞれ陸・海自衛隊になるのと一緒に発足しました。米空軍と同様に、前身が陸軍航空隊を参考にしていることから、階級章や服務・号令詞などは、陸上自衛隊と類似しています。
 こうして、陸上自衛隊と航空自衛隊は、類似した制服、階級章となり、また、海上自衛隊は、旧海軍とも陸・空自衛隊とも異なる形となりましたが、海上自衛隊の制服と階級章は、船乗りの世界では、万国共通的なものとなっています。
 蛇足として、幹部制帽のつばは、陸・空自衛官は尉官と佐官で異なり、3佐以上で模様が入ります。海上自衛官は、2佐以上でないと模様が入りません。これも、「2佐」の英語呼称である「Commander」が艦の指揮をとることを意味することから、他の士官との区別を容易にするため、模様が入ったと聞いています。また、3佐の場合、艦艇長であっても、模様のない制帽を被っています。これも、他国の海軍と同じです。なお、この制帽のつばの模様を俗称として、陸・空自衛官は「からくさ」、海上自衛官は「カレー」と呼んでいます。

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