受験生のために

現代の不平等条約? 著作権の戦時加算規定

(人文社会科学群 公共政策学科)

 

【はじめに】

みなさんは、不平等条約という言葉を聞いたことがありますよね。そう、すぐに思いつくのは、幕末に江戸幕府が欧米列強と結んだ条約でしょうか。日本に在留する外国人の治外法権を認める、などといった不平等な内容の条約です。明治政府は、こうした不平等条約の改正を重要な外交課題としていました。

このあたりの経緯については、日本史の授業ですでに学んでいると思います。ここでは、現代の不平等条約についてご紹介しましょう。

 

【現代にもある不平等条約】

さて、現代にも不平等条約とも言うべき規定が存在していることをご存じですか?

それは、サンフランシスコ平和条約に基づいてつくられた「連合国及び連合国民の著作権の特例に関する法律」です。

その内容は、第二次世界大戦中の連合国国民が第二次世界大戦前または大戦中に取得した著作権については、通常の保護期間に戦争期間(1941年12月8日または著作権を取得した日から平和条約が効力を生ずる日の前日までの日数)を加算する、というものです。サンフランシスコ平和条約は、第二次世界大戦後、日本が連合国と交わした条約で、日本は1951年9月8日に署名、その後の国会での承認手続き等を経て、翌1952年4月28日に発効しています。

著作権というのは、文学作品や楽曲、絵画といった著作物を保護するために著作者に認められた権利だということは、ご存じですよね。わが国では著作権は、著作権法によって著作者の死後50年間は保護されることになっています。この通常の保護期間に加えて、さらに日本が連合国と戦争をしていた期間(約10年)をも保護せよ、ということなのです。これを戦時加算といいます。

つまり、日本が連合国と交戦状態にあった期間中、日本は連合国国民が有する著作権を保護しなかったという理由で、戦時加算が課せられているのです。

 

【釈然としない戦時加算規定】

でも、よく考えてみると、わが国にのみ戦時加算が課せられるのはおかしいと思いませんか? そもそも交戦状態にあった国々は、日本・連合国双方とも相手側の著作権を保護しなかったと考えるのが自然ではないでしょうか。お互いに敵国の国民が有する著作権なんて保護するはずがないですよね。戦時加算は、本来交戦国双方に課されるべきものなのに、日本だけに課されているのは、敗戦国へのペナルティだという見方もあります。ただ、同じ敗戦国であるドイツには戦時加算が課されませんでした。

私たち日本人には釈然としない、何とも不平等な感じのする規定ですが、今でも厳然として効力をもっているのです。最近、わが国の著作権関連民間団体が戦時加算の廃止を求めて活動をしていますが、日本政府はこの問題に対してそれほど積極的ではありません。

 

【ヘミングウェイの作品はどうなる?】

戦時加算の具体例として、ヘミングウェイの作品を挙げてみたいと思います。ヘミングウェイは、アメリカ人の作家ですから、彼が第二次世界大戦中あるいは第二次世界大戦前に執筆した作品は、戦時加算の対象になります。彼が亡くなったのは1961年ですから、本来なら日本国内での彼の著作権保護期間は、今年(2011年)いっぱいで終了します。しかし、戦時加算により、「武器よさらば」(1929年発表)「誰がために鐘は鳴る」(1940年発表)といった戦前の作品については、保護期間が約10年間延長されることになります。ただし、「老人と海」(1952年発表)に代表される戦後の作品群は、戦時加算の対象とならないので、まもなく著作権が切れます。

このような具体例に接すると、日本の戦後処理は、実は未だ終わっていないのだなと実感できるのではないでしょうか。

 

【おわりに】

今回は、著作権の戦時加算の話をしましたが、みなさんはどう思われましたか?

公共政策学科では、著作権を含めた民事法分野、あるいは、憲法、行政法といった公法分野に関する法律学を学ぶことができます。

近い将来、みなさんと公共政策学科でさまざまな法律問題について議論をすることを楽しみにしています。

 

【文責:公共政策学科 教授 鈴木 雄一】