卒業式典における内閣総理大臣訓示


鳩山内閣総理大臣
 本日、防衛大学校の卒業式に当たり、内閣総理大臣としてお祝い申し上げる。
 諸君、卒業おめでとう。

 諸君が本学で身に付けた、知力、体力、気力、そして同じ釜の飯を食べた連帯感は、諸君の一生の財産となる。留学生の諸君にも、ここで得た友人と経験を糧にして、日本と御国をつなぐ絆となってもらいたいと思う。
 五百籏頭 眞 学校長をはじめ、教育・指導に尽力されてきた教職員の方々には、この場を借りて敬意を表します。
また、日頃から防衛大学校にご理解とご支援を頂戴している、ご来賓の方々に感謝申し上げるとともに、卒業生たちを立派に育ててこられた、ご家族の皆様にも対しても、心よりお慶び申し上げます。
 卒業生諸君の門出を祝福するため、以下に訓示を述べる。

 諸君の大多数は、これから幹部候補生学校に入り、その後は自衛官として、日本のために活躍することが期待されている。
 その諸君に私が言いたいことは、「自らが活躍することになる、この世界のことを正しく知れ」ということである。
 米ソ冷戦は20年前に終わった。今日の世界が東西二極に戻ることは、もはや想定しえない。冷戦後の世界が、特定の国によって全てをリードされる、一極の世界とはならないことにも、我々は気付いている。
 今日、国家の総合国力、特に軍事力の面で米国が突出していることは疑いがない。他方で、中国やインドなどの新興国が急速に台頭していることも、周知の事実である。
 では、今日の世界は、19世紀のような勢力均衡型の多極世界に逆戻りするのだろうか。それも違う。
 今日、多国籍化する企業やNGO、NPO、果ては犯罪組織からテロリストに至るまで、国家以外の主体が国際社会で持つ影響力は、かつてなく増大している。
 経済活動や金融のみならず、気候変動問題・感染症などを含め、様々な事象が国境を超えて瞬時に行き交う相互依存が進み、グロバリゼーションと呼ばれるようになった。
 このように多様化・複雑化が進む世界においては、国家の優先課題やその解決方法も従来とは大きく変化してきている。
 目を我が国に転じると、大変残念なことではあるが、日本経済は過去20年間にわたり停滞を続けている。それに伴い、我が国の防衛予算も横ばいで推移してきた。
 政府は子ども手当の実現、アジア内需の取り込み、戦略的な規制改革の推進などにより、日本経済を再生させてゆく所存である。同時に厳しい財政状況の下で新しい国際情勢に対応できるよう、適切な外交安全保障戦略を追求することも、政府の大きな役割だと自覚している。
 政府の国家目標を突き詰めて言えば、国民のいのちを守ることである。つまり、国民の生命及び財産を守り、国民生活を繁栄に導くことが、私たちの使命である。
 今日の世界においては、国際社会の平和と繁栄を離れ、独り日本のみの利益を考えることはできない。国民のいのちを守ることは、日本が国際的な役割を果たすことにもつながっていく。
 こうした国家目標を実現するため、政府は様々な手段を動員する。自衛隊もその例外ではない。
 今日の変化しつつある世界において、我が国の国家目標を達成するため、自衛隊というアセットをいかに効果的につかうべきか。この課題に対して、政府は本気で取り組みたい。
 今日、国家に由来する戦争が日本を巻き込む形で発生する可能性は大幅に減少している。現在、冷戦期に想定されていた大規模着上陸作戦が起きることは、基本的にない。
 その一方で、昔なら考える必要さえなかった、新たな不確実性が我々に対応を迫っている。サイバー攻撃などはその最たる例である。
 ところが、我が国の防衛態勢を見ると、前者には相応に対応できているが、後者への備えはまだ始まったばかりである。
 防衛政策には、「継続」と「変化」の両方の視点が必要である。変えるべき点は変えなければならない。
 自衛隊にとって、日本の防衛に従事することは当然の任務である。日本は、日米同盟を基軸として自らの防衛に努めることとしてきた。その方針は鳩山内閣においても揺るぎなく継続する。同時に、近隣諸国との間に信頼醸成と相互依存のネットワークを張りめぐらせ、もっと進んで、守るべき共通のルールを構築していく視点を持つことも、我が国の安全保障戦略上、不可欠である。私が唱える東アジア共同体構想は、このような意味も持っている。
 アジアでネットワーキングを促進するための手段は、貿易・投資の促進や人的交流の促進ばかりではない。自衛隊もこの分野で非常に重要なプレーヤーとなりえる。
 例えば、国際的な災害救援活動、国連PKO、海賊対処活動などにおいて、自衛隊は大きな役割を果たすことができる。ハイチへの迅速なPKO派遣は、自衛隊の持つ大きな可能性を示した。広義の「国の守り方」が多様化している現状を踏まえながら、私はこの貴重なアセットを日本外交のため、戦略的に使いたいと思う。
 現在、「新たな時代の安全保障と防衛力に関する懇談会」で、日本の安全保障問題について様々な議論が行われている。日本の直面する課題を列挙するだけであれば、それほどむずかしいことではない。
 問題は、厳しい財政事情のなかで、本当に対応優先度の高い不透明性は何か、ということを突き詰めて議論し、それに応じた資源配分の見直しを行うことである。
 防衛予算の伸びている米国でさえ、不断の点検によって不足する能力や強化すべき能力を定義し、不要なものを大胆に減らそうとしている。我が国においても、防衛力の「リバランス」を避けて通ることはできない。
 新政権は、本年度予算で公共事業予算を18.3%減らす一方で、社会保障費は9.8%、文教科学費は5.2%増やすなど、大きくメリハリをつけた。防衛予算でも「選択と集中」の視点は欠かせない。
 また、今日の複雑化した世界では、単に装備を持っていれば安全保障が確保されるわけでもない。持てる装備を組み合わせ、いかに効果的に運用するか、という観点での議論も、大いに進めてもらいたい。

 私たちが生きている世界は、大きな構造変化を遂げつつある。それに対応することは、日本にとって生易しいことではないだろう。
 しかし、私は今日、目の前に大いなる希望を見た。
 日本には、若く溌剌とした諸君がいる。
 諸君こそ、自衛隊の最大の財産であり、国の宝である。この国のため、私とともに、諸君の持てる力を最大限発揮してほしい。

 最後にもう一度、言わせてもらいたい。
 卒業、本当におめでとう。

    平成22年3月22日

               内閣総理大臣 鳩山 由紀夫


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