受験生のために

船のこと もっと勉強してみよう

〜スタイリッシュな高速船から戦艦大和まで 〜

(機械システム工学科 海洋工学研究室)

 

1 はじめに

 皆さんは船ってどんな形か絵に書けますか? 東京湾への入り口に臨む山の上に位置するここ防衛大学校からは毎日,自動車運搬船,LNGタンカー,護衛艦など色々な船がたくさん行き来するのを眺めることができます.四方を海に囲まれた日本は海との関わりが深く,日常的にも船は馴染みのある乗物のはず.ところが,実際はどうでしょう.浮力ってどうして働くの? 揺れない船はないの? 船ってどの位早く走れるの? 船って昔と何か違うの? なんとなく分かるけどはっきり答えるのは難しい・・・という感想をもった方が多いのではないでしょうか.

機械システム工学科では船を“ものづくり”における製品(機械システム)の一つと位置づけています.ものづくりに必要な専門知識を学び,これらをインテグレート(統合)するための教育にも力を入れています.カリキュラムの一つである船舶工学に関する授業を履修することで先ほどの問いにも自信を持って答えられるようになるでしょう.我々の研究室では船舶や海洋構造物の運動性能や安全性に関わる強度性能についての研究を進めています.ここでは本校で唯一,機械システム工学科でしか学べない船舶工学について,おもしろい話題を少しだけご紹介しましょう.

 

2 船舶工学ってどんな勉強?

日本は海運大国のひとつではありますが,諸外国にその目を向けると船のイメージが一変するかもしれません.図1は最近の大型高速船の例ですが,船の胴体(ハル)が複数あります.船の最大の特徴は大量の貨物を小さいエネルギーで運べることにあります.しかし通常の船で輸送速度を上げると一般には輸送効率(ペイロード×距離/燃料重量)が下がるため高速輸送には向かないとされてきました.船体をマルチハル化することでデッキ面積が広くなり輸送量を増やすことができます.また主船体を細長くすることで抵抗を減らすことができるので高速化につながります.このように船の形をデザインするのは重要な勉強の1つです

図1 性能もさることながら斬新なデザインの高速マルチハル船型

 

船が受ける抵抗は大きく分けて摩擦抵抗と造波抵抗の2つがあります.前者は船体表面と水の摩擦から生じるもので,基本的にはその束縛から逃れることはできなさそうです.摩擦抵抗を低減する様々な研究が続けられており,最近ではマイクロバブルを用いた研究が成果をあげているようです.北京オリンピック水泳競技で話題になった水着がありますが,素材の開発で摩擦抵抗低減に成功した例といえるでしょう.一方,造波抵抗は船が水面に波を作ることでエネルギー損失を生じ,結果として船の抵抗になるものです.走るときに造る波は船の形状を変えることで低減できるものであり,このための船型開発こそが約半世紀にわたる理論的研究のメインストリームだったと言ってもよいでしょう.しかし,船型の変化は水面下の形状に対するものであり,水面上の形状しか見ることができない一般の人には昔から船の形は大して変わっていないように見えるでしょう.違うのですよ,これが!例えば,バルバス・バウ(球状船首)と呼ばれる船首部の下部形状に関する研究はかつて日本が世界をリードしました.大和型戦艦にも装備されていました.図2はそのバルバス・バウが造波抵抗を低減するメカニズムを図解したものです.付加物をつけることで波を干渉させるという原理で,まさに邪魔物は消せといったところでしょうか.現在の船の船首部形状はさらに進化しているのですよ・・・.

図2 干渉させて波を消す(バルバス・バウのメカニズム)

 

船は水上を走るものであり,海面はいつも穏やかなものではありません.静かな水面を船が走ると図3(左図)に示すように八の字状の波ができます.水鳥が池の上をスーと泳ぐとやはり水面には同じ形の波ができます.ところが波浪があると浮いているものは揺れます.船と出会う波が周期的であれば船も周期的に揺れるでしょう.静かな水面で物体が周期的に揺れると図3(右図)に示すような円筒状の波ができます.これらは日常体験として想像できるでしょう.それでは波浪中を揺れながら走る船はどんな波を造るのでしょうか.船が造る波だけでなく,もともと海面にある波浪が加わるため船の周りには極めて複雑な波動場が形成されます.船の波浪中性能を議論するにはこの波動場を知るとともに,波から受ける流体力を推定し,船が安全に航行できるような強度性能を持たせなければならないのです.

 

図3 船が作る波紋

 

 

図4 戦艦大和(左:大和ミュージアムで撮影,右:デジタル大和の一部)

 

3 プロジェクト『戦艦大和』

 当時の技術の粋を集めて作られた「戦艦大和」はどんな船だったのでしょう?広島県呉市に2005年1/10戦艦大和を展示する大和ミュージアムが開館し,映画では“男たちの大和”が上映され,世間ではちょっとした戦艦大和ブームになりました.その悲劇的な逸話やその兵装については比較的知られているものの,”船として”はどんな船だったのかは船舶工学の研究者も含めて殆ど知られていないのです.開発および建造当時の資料が終戦時に殆ど焼却されてしまい参照するデータがないのが大きな理由の一つです.

 私たちの研究室では,その解明と学生の船への興味を喚起させる意味もこめて, 現在の先進CFD(数値流体力学)シミュレーション技術を駆使して,波を突っ切る「大和」の揺れ具合をコンピュータ上で再現してその運動性能を追検証することに研究室プロジェクトとして挑戦しています.具体的には,文献調査,残存するデータの収集から始め,元になる大和船型のライン図に運よくめぐり合えた2005年以来,4年生の卒業研究として排水量等再計算,運動性能シミュレーションと続けてきており,その一部は学会発表も行いました.研究室の実験用水槽で大和模型をつかった実験も実施しました.シミュレーションすることは沢山残っており,集めた資料のデジタル化も入れると「大和」だけでも大変ですが,「武蔵」,「信濃」,・・・と広げていって,いつかは旧帝国海軍艦艇のバーチャルライブラリまでもっていけないかな?と夢は大きく持っているところです.

 

4 おわりに

本校受験を考えている皆さんの中には,きっとわが国の海上防衛,艦艇に興味がある方も多いでしょう.イージス艦がハイテク電子機器の塊であることもご存知でしょう.しかし,それを搭載する船としての性能が良くなければ機械システムとして機能を十分に発揮できないことも想像できると思います.艦艇の建造を支える船舶工学は一部の教育機関でしか学べません.ぜひ皆さんと船について語り合える日が来るのを待っています.

(文責:機械システム工学科 准教授 木原 一)