卒業式典における防衛大臣訓示本科卒業生諸君の多くは、この後「事に臨んでは危険を顧みず、身をもって責務の完遂に努め、もって国民の負託に応える」ことを中核とする服務の宣誓を行い、自衛官として任官する。 わが国に多くの職業があり、そこに貴賤の別はまったくないが、私は「自らの危険を顧みず、職務を完遂」し、「祖国の独立と平和を守る」自衛官は、そうであるが故にもっとも崇高な職業であると固く信じるものである。 わが国には多くの諸外国に見られるような極めて厳しい軍法も、軍事裁判所も存在していない。 諸君のこの誓いに我が国の独立と平和がかかっているのである。 宣誓をし、任官せんとする諸君にあっては、どうかこの宣誓の重さを噛みしめてもらいたい。 そして、国家としてもこれに誠実に応える責務があると私は考えている。 9/11同時多発テロから七年、イラク戦争の開始から五年が経過した。テロ行為は、我々が基本的な価値として、多くの国とともに尊ぶ民主主義、人権の尊重、思想・言論・信教の自由などを全否定するものである。 かつ、国家間の戦争と異なり、弱い者に対する攻撃を繰り返すことにより恐怖を連鎖させ、己の目的を達成しようとする断じて許すことのできない行為である。 テロとの戦いは、懲罰的な抑止力が必ずしも有効ではない、対象は民間人に紛れていることが多く、その終期もはっきりしないなど、ある意味、通常の戦いよりもはるかに困難であり、これに大量破壊兵器やミサイルなどの運搬手段の拡散が加わる危険性があることに、今日の事態の深刻性がある。 我々はこのことを明確に意識しなくてはならない。 さらに、北東アジアにおいては、欧州とは異なり、従来型の伝統的な構造も依然として存在している。 自衛隊において、諸君が幹部として取り組まねばならない課題は、冷戦期よりも遥かに多いのである。 服務の宣誓には、「政治的活動に関与せず」とも記されている。 いつも申し上げることであるが、再度言っておく。 これは、比肩するもののない実力を背景として政治を壟断することがあってはならない、との意味であり、決して政治に対して意見してはならないことを意味するものではない。 「与えられた権限と装備の中で全力を尽くす」ことをエクスキューズとしてはならない。 自衛隊に何ができて何ができないのかを、権限と装備を与える立場の政治が知らずしてどうして有効な抑止力が発揮できるのか。どうして適切な外交がなしうるのか。そして、さらに強い抑止力を保有するために、権限を、装備をどうすればよいのか。それは今後、多くの部下の生命を預かり、第一線において職務に邁進する諸君が最も知ることになるのである。 総理のお言葉にもあったように、自衛隊は国内外から高い評価を得ている一方において、国内においては様々な事象が生起している。この落差は一体何に起因するものなのか。 適切な文民統制を実現し、国民に信頼される新しい自衛隊を作るためにも、政治に対して意見することが自衛官の権利であり、義務でもあることを忘れてはならない。 かつて我が国は、彼我の力を国民に知らしめることなく、精神論を鼓舞して米英をはじめとする連合国と戦い、悲惨な結末を迎えた。 あの戦争はいかなる手段をもっても、回避すべきものであったと私は思っており、開戦に至る経過において、政治と軍の責任はあまりにも重い。 今に言う「文民統制」が機能しなかった顕著な例であり、そしてそれは僅か七十年近く前のことでしかないのである。 敗戦後、我が国は軍事を中核とする安全保障の本質と真正面から向き合うことがなかった。未来は常に過去の延長線上にあるのであり、歴史を学ばないものは必ずその失敗を繰り返すのではあるまいか。 かつて英国の宰相パーマストンは「わが英国にとって永遠の同盟も、永遠の敵も存在しない。あるのはただ永遠の英国の国益のみである」と喝破したと伝えられる。我が国が基調とする日米同盟も、決して所与のものではなく、たゆみない努力の積み重ねによって初めて継続されるものである。 諸君にあっては、「日米戦争と戦後日本」をはじめとする五百籏頭学校長の多くの著作、猪瀬直樹氏の「空気と戦争」、角川文庫から出ている「太平洋戦争・日本の敗因」などを熟読されることを強く望むものである。 留学生諸君にあっては、防衛大学校において学んだことを祖国のため、十分に生かされることを、そして願わくは、諸君が架け橋となり、諸君の祖国――インド、インドネシア共和国、モンゴル国、大韓民国、ルーマニア、タイ王国、ベトナム社会主義共和国――と日本国が、ともに手を携え、国際社会の平和を構築するために生かされることを期待する。 故あって任官しない諸君にあっても、本校で学んだことを今後の人生において最大限生かされたい。 平和はただ政治と自衛隊にのみによって創出されるものではない。国民一人ひとりの意識こそが肝要なのであり、諸君に期待する所以である。 我々は否応なく時代の劇的な転換点に生きている。ここにいる者すべてが、心を合わせ、力を合わせてともに、新しい、素晴らしい歴史を創ろうではないか。 終わりに臨み、教育に当たられた五百籏頭学校長をはじめとする教職員諸兄に心より敬意を表するとともに、ご父兄各位にもお祝いを申し上げ、私の訓示とする。 平成二十年三月二十三日 |
防衛大臣 石 破 茂 |
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