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現在、防衛大学校には化学用の高分解能な信号を観測できるNMR装置は、共同利用器材としては2台あります。
1台は、主に溶液NMR用として使用している、11.7 T(テスラ)の超伝導磁石を装備する
Bruker DMX500という装置(図4a)です。もう1台は2006年2月に納入された固体NMR専用のVarian NMR systems 400WB型
という装置(図4b)で、9.4 Tの超伝導磁石を装備しています。
ちなみに図1の磁石(円筒状)は1.5 Tの強さの磁石です。地磁気は 約0.5 gaussですので
1.5 T = 15,000 gaussは地磁気の30,000倍となります。核磁気共鳴を観測するには、これほど強い磁石を必要とします。
これは、磁場の強さがそのまま感度に比例するからで、可能ならば、できるだけ強い磁石を用いればより良い感度の
信号を得ることができます。しかし強いだけでは高分解能で観測できず、超高精度に均一な磁場
(溶液のNMRスペクトルを観測するためには、例えば1次元で考えた場合、1 mmの距離で10-5 gaussの誤差は
許されない)を発生する磁石が必要です。そのため通常は、強力で高精度な磁場を生成可能な超伝導磁石を用いるのが
普通です。化学物質の研究に用いている磁石はさらに強力で、現在では 7〜23 Tです。
化学の世界ではテスラという磁場の強さを表す単位のかわりに1H核の共鳴周波数で装置を
呼ぶことが一般的です。9.4 T は 400 MHz、11.7 T は 500 MHz、23 T は 1 GHzというように。
図4の装置名にでてくる数値は、この1H核の共鳴周波数を表しています。
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図 4. (a) ブルカー社製 DMX500 NMR 装置 と(b) バリアン社製 400WB NMR装置。
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私の専門は固体NMR法です。溶液NMR法が、溶液状態の激しい分子の運動のおかげで、
分子内の様々な巨大な相互作用が効果的に除去されているのとは異なり、
固体状態の分子にはそういった効果が存在しないため、固体の1H NMRスペクトル観測は容易ではありません。
そのため、一般的には13C(カーボンサーティーン、シージュウサン、または単にカーボンなどと呼びます)
信号を観測します。これは、感度には不利な1%の天然存在比のおかげです。
13Cと1H核のみからなる分子を考えてみましょう。
分子内/分子間の巨大な相互作用(双極子相互作用といいます)は、1H核同士、13C核同士の間、
13Cと1H核の間でおこります。これらの相互作用は、溶液では分子運動によりキャンセルされます。
しかし固体状態では、最も大きい1H核同士の相互作用がキャンセルされないため、
信号が広幅化して観測に支障をきたします。13C核同士の相互作用の場合には、
相互作用できる確率は1 %×1 % = 0.01 %となり、液体/固体を問わず問題になりません。
そのため固体状態のNMR観測は、1H核より13C核がよく利用されます。
また化学シフト値も、13C核の方が1H核よりも20倍ほど広く観測されるため、
分子レベルの環境の違いを高分解能に反映します。実際には固体状態特有の更なる困難が存在し、
それらを全て解消する装置的な工夫と努力の末、高分解能な固体13C NMRスペクトルが観測できます。
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4 材料のモルフォロジー解析
私の観測対象は高分子がメインです。高分子を説明するのに"プラスチック"と言っておけば、
通常はだいたい理解されるようです。プラスチックと言えばなんとなく安価な製品という印象を持ちますね。
しかし現代社会においては、身の回りに必ず存在している、無くてはならない重要な素材なのです。
例えば、携帯電話が折りたためるのは高分子素材のおかげですし、DVDも高分子でできています。
また2000年に白川先生が導電性高分子の開発でノーベル化学賞を授与されたのは記憶に新しいですね。
これまでは高分子と言えば、自然界ではなかなか分解されにくく環境に優しくない素材と言われていましたが、
最近ではトウモロコシなどのデンプンから合成した生分解性を有する高分子(ポリ乳酸)が、
環境にやさしい素材として工業製品に利用されてきています。
さて、このような性能や物性は高分子の分子レベルの構造と、
より大きな相構造(結晶や非晶、分子配向の異なる領域)の複雑な関係から発揮されます。
ナノテクとよく言われていますが、高分子の分子レベルの構造もまたナノメートル(10-9 m)
で構築されています。固体NMR法はこのようなナノメートルの構造の解析に威力を発揮します。
特に構造がはっきりしていない非晶領域の微細な構造も最近では解析できることがわかってきました。
構造と物性との関係を知ることは、材料開発にはとても大切なことです。
固体NMR法は構造についての有益な情報を我々に与えてくれます。その一例を示しましょう。
図5にナイロンと粘土鉱物を混ぜた材料の固体13C NMRスペクトルを示します。
ナイロンはストッキングなどにも使われている身近な高分子の一つでもあります。
ナイロン66はDupontで合成された世界で最初の高分子素材です。
Dupontはテフロン加工で有名ですがテフロンも高分子です。
図5に示したナイロン6は日本で開発されたナイロンの1種類です。ナイロン6ももちろん高分子ですが、
結晶相(規則正しく主鎖が並んでいる領域)と非晶相(主鎖がランダムな方向を向いている領域)が混在する
結晶性高分子という種類に属しています。2つの異なる相が存在すると、
固体NMRスペクトルでは鋭い信号と幅広い信号の2種類が観測されます(図5a)。
実験方法を工夫すると、図5bと5cのように結晶相(鋭い信号)と非晶相(幅広い信号)のスペクトル
に分けることが可能です。
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図5. ナイロン6と粘土鉱物を混ぜた複合材料の固体13C NMRスペクトル。
左側のスペクトル(a)、(b)、(c)は混ぜる前のスペクトル。右側の(d)、(e)、(f)は粘土鉱物を混ぜた後のスペクトル。
(b)と(c)はそれぞれ結晶相由来の信号と非晶相由来の信号に分離したスペクトルを表している。
右側は、結晶相が溶ける温度(250℃)で熱処理してからゆっくり冷やした場合の結晶相由来の信号(d)と、
比較的早く冷やした場合の結晶相由来の信号(e)、
(e)の材料を216℃でさらに熱処理した後に測定した結晶相由来の信号(f)。
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ナイロン6の結晶相には、さらにα結晶相とγ結晶相の2種類が存在します。
ナイロン6ではα結晶相が安定ですので、通常は図5bの信号が得られます。
しかし粘土鉱物などの無機物が混入すると、図5dのような信号に変化しγ結晶が優勢となります。
γ結晶は熱的に不安定なため、図5eで示されるように結晶成長を急激に行うと、α結晶が混在してきます。
図5bで観測される信号3や6が、図5eでも少し観測されていることがわかりますね。
また、ここでアニーリングと呼ばれる熱処理を行うと、図5fのように熱的に安定なα結晶が成長し、
図5bと5dの足し算で表される信号になることが知られています。
図5fの状態は分子レベルでみるとα結晶とγ結晶が混在しているので、
どのような位置関係(モルフォロジー)になっているのかを知ることは、材料開発の上で重要な知見となります。
このような分子レベルの位置関係は、緩和という現象を解析することで知ることができます。
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