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佐世保地方隊創設60周年記念(帝国海軍施設の変遷)

佐世保水雷団〜佐世保倉島庁舎

  佐世保鎮守府が設置されて7年後の1896(明治29)年、水雷艇(のちに駆逐艦や掃海艇も配備されました)を用いて軍港警備を行う佐世保水雷団が立神地区に設置されました。
 1906(明治39)年、立神地区に大型艦の修理、改修を目的とした修理用ドックと立神係船池を建設するため、佐世保水雷団は、福石(現:福石町)の沖合いにあった倉島(当時は陸続きではありませんでした)に移設されることになりました。これに伴う工事は、陸岸から倉島までの接続のため、立神係船池を掘り下げて出た土砂を汽車で運んで埋め立て、また、倉島の頂上を平坦に整地し、1912(明治45)年7月、佐世保水雷団の2階建て庁舎が完成しました。
 1919(大正8)年4月、佐世保水雷団は、従来の軍港警備のほかに、新たに教育が任務として付与され、佐世保防備隊と改称されました。1932(昭和7)年、庁舎は火災のため焼失しましたが、新たに鉄筋コンクリート造りの庁舎が再建されました
 終戦後、佐世保防備隊庁舎は、海上保安部及び海運局が使用することとなりましたが、1971(昭和46)年9月、海上自衛隊に所管替えされ、佐世保基地業務隊の厚生センターとなりました。
 2001(平成13)年、同庁舎は建て替えのため取り壊されましたが、2011(平成23)年9月、佐世保倉島庁舎が完成し、現在、佐世保海上訓練指導隊、佐世保港務隊、佐世保基地業務隊厚生科の部隊が入っています。

 
「佐世保水雷団」庁舎完成時(明治45年7月) 

 
「佐世保防備隊」改称時(大正8年4月)
 
 
 「佐世保防備隊」、「海上保安部及び海運局」、「佐世保基地業務隊厚生センター」が使用した庁舎(平成13年まで使用)

 
佐世保倉島庁舎(現在) 

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