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佐世保地方隊創設60周年記念(帝国海軍施設の変遷)

相浦海兵団〜陸上自衛隊相浦駐屯地

 1937(昭和12)年7月に勃発した支那事変の長期化と戦域の拡大に伴う、海軍兵員の徴兵増加や志願兵種の拡大などにより、新兵教育等を行っていた4つの海兵団(横須賀、呉、佐世保、舞鶴)は、収容能力に限界を来たしたため、海兵団を増設することとなりました。このため、佐世保海兵団は、1941(昭和16)年11月、佐世保の相浦に佐世保第2海兵団を開隊し、佐世保に2つの海兵団ができました(それまでの佐世保海兵団を佐世保第1海兵団としました。)。昭和19年1月、佐世保第1海兵団は佐世保海兵団に、佐世保第2海兵団は相浦海兵団に改編されました。
 相浦海兵団は、新兵の教育を所掌することとなり、海上勤務に必要な基礎教育等を5か月間(のちに戦局の推移により3か月に短縮)実施していました。
 また、特異な教育として、1942(昭和17)年11月からは、将来の中堅幹部として養成する海軍特別年少兵(年齢14才以上15才以下の少年)を採用し、体力練成と学力向上に力を入れ1年間教育しました。教育終了後は、各種練習生として技術学校に入学、卒業後は特技兵として第一戦部隊に配属されました。
 1945(昭和20)年6月、相浦海兵団は、他の海兵団と同様に各鎮守府所属の警備隊に編成替えとなり、本土決戦に備えて、教育を兼ねた警備部隊となりました。
 終戦後、1945(昭和20)年9月の米海兵隊進駐によって相浦海兵団は解隊しましたが、1955(昭和30)年8月、米軍相浦キャンプが日本に返還され、同年10月21日、針尾駐屯地から第8新隊員教育隊が移駐して、陸上自衛隊相浦駐屯地が発足しました。
 現在、同地には西部方面混成団、西部方面普通科連隊、相浦駐屯地業務隊等の陸上自衛隊の部隊が駐屯しています。

 
相浦海兵団全景 
相浦海兵団正門 
 
 相浦海兵団本部隊舎
 

手旗信号訓練
 相浦海兵団(佐世保第2海兵団)開隊式  
 相浦海兵団練兵場
 
 陸上自衛隊相浦駐屯地正門 相浦海兵団のダビット跡
(短艇を揚げ降ろしするための装置)
   
 駐屯地内にある海軍特別年少兵の碑 相浦駐屯地グラウンド 
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