忠 魂 碑


忠魂碑

忠魂碑
 この忠魂碑は大正14年(一九二五)吉田村民、その他の浄財で建立された。形状、規模といい文化的価値のある立派な建造物で、正面は『忠魂碑』と、おらが大将 田中義一首相の筆毫である。終戦後、連合軍により取り壊しを厳しく指示されたが、当村の心ある人々はこれに屈せず、最後まで守り通した、その気骨は真に壮とし敬意を表したい。
 本村が昭和30年(一九五五)下関市に合併編入されたことにより『御本体』は下関市の合同慰霊碑に移された。なお移されるまで、この忠魂碑に合祇された方々の数を、戦争別に区分すると次の通りである。

小倉戦争  33柱    日清戦争           1柱
戊辰戦争   2柱    日露戦争           3柱
西南戦争   1柱    シベリヤ出兵         3柱
             支那事変          18柱
       以上    太平洋戦争         97柱
国内戦争 計36柱     対外戦争    計   122柱                        総計          158柱

忠魂碑