海洋安全保障雑感~米国東海岸便り(No. 8)~
   -I-MSOC:米海軍大学における国際協力への新たな取り組み-

  • (コラム100 2018/05/11)

       米海軍大学(U.S. Naval War College)に期待されている任務の一つに、「グローバルな海洋におけるパートナーシップの強化」1があり、その一環として同盟国・友好国の軍人を対象とする新たな教育訓練プログラムが今年から始まった。

    グローバルな海洋におけるパートナーシップ

       21世紀の海上における非戦争状態における軍事活動のトレンドは、ソマリア沖アデン湾における海賊への対応や、中南米地域等における麻薬及び密輸の取締、あるいは難民や大規模自然災害への対応など、世界各地において一国の枠を超えるトランスナショナルな事態への対応が求められている。そうした事態は必然的に一国では対処することがほとんど不可能であり、地域や国際社会の協力の下、合同司令部や調整所などの枠組みを設けて各国の軍隊が一体となって活動する傾向にあり、今日、その数および規模は拡大の一途をたどっている。

       今回、米海軍大学に新規に開設された教育プログラムであるI-MSOC(International Maritime Staff Operators Course:アイ・エムソック)2は、多国籍からなる海上作戦部隊において作戦の計画を立案する大尉から中佐レベルの幕僚を養成することを目的とした課程である。この課程は、昨年の2017年に一度試行した後、本年1月より正規の課程を開始し、4月にその第1期課程が無事に終了した。

       I-MSOCの教育は、多国籍海上作戦を理解するうえで必要な基本的事項、海戦などの歴史的史実を題材としたケーススタディ、架空シナリオに基づく実習及び関係機関の研修などから構成されている。
       学生は、I-MSOCのこのようなカリキュラムを通じて、作戦計画立案プロセス(NPP:U.S. Navy Planning Process)を修得することを求められている。NPPは、広くインターネット上に公開されており、最近では米海軍のみならず、米国各州の緊急対応機関や米国以外の軍隊及び関係機関でも広く準用されている汎用性のある作戦計画立案プロセスである。
       多国籍部隊等、各国の軍隊や機関が混在する組織において指揮官あるいは幕僚として主体的に計画を立案して部隊に任務を徹底させるためには、参加メンバーが共有し、かつ理解可能なテンプレートが必要であり、唯我独尊・「我が国独自の…、特色のある…」といった汎用性の低い手法は歓迎されない。NPPは現在国際社会で広く共有されているテンプレートの一つである。

       そのため、I-MSOCでは、このNPPを用いて同盟国、パートナー国海軍士官が共通の作戦計画立案プロセスを学ぶとともに、このプロセスの基礎となる概念や価値観あるいは過去の教訓などを彼らが共有することを目指している。

    双方向に国際色豊かなI-MSOC

       以前から米海軍大学では、米軍人を対象に作戦計画立案プロセスの教育を行っている(MSOC(Maritime Staff Operators Course3:エムソック))。I-MSOCはそのMSOCにおける実績と成果の下に生まれた外国人向けの国際課程である。
       したがって、教育内容の主要部分はMSOCに準じたものとなっている。ただし、米国人の行動様式や思考過程、米軍の作戦を理解している米軍学生が約5週間で履修するMSOCと異なり、それらに不慣れな非米国人、特に非英語圏学生の理解と習熟を容易にするために、I-MSOCでは約12週間の教育期間を確保している。

       米海軍大学にはI-MSOCのほかに、NCC(指揮課程)やNSC(幕僚課程)といった長い伝統を有する国際課程4がある。しかし、新設されたこのI-MSOCはそれらの国際課程と比較して、よりインターナショナルな特徴を有している。それは教育を受ける側のみならず教育を授ける側である教官団にも国際性や普遍性を備えた双方向に国際色豊かで課程であるという点である。
       もちろん、I-MSOCの教育の大半は課程主任教官を筆頭にMSOCを担当している現役米軍人や米国人教授がその多くを担当している。一方で、課程運営の管理責任者は英海軍の退役大佐が務めている。彼は英海軍を退役後に米海軍大学の正規職員として勤務している英国人であり、彼がこの課程のグランドデザインを描いている。

       また、米海軍大学には同盟国、パートナー国海軍のトップ・リーダーを務めたアドミラルがCNOフェローとして在籍している。武居前海幕長5を含むその4名のCNOフェローもカリキュラムの要所において講話を行い、演習に参加して、地域の特性や安全保障環境、リーダーシップなどについて親しく学生と議論する機会が組み込まれている。さらに、一部の同盟国には、教育する側としての参画も期待されており、独海軍はI-MSOC教官として開講の約半年前に現役の海軍中佐を当地に派遣し、彼は教育資料作成の段階から参画した。
       こうした試みは、各国海軍の元指導者や多国籍部隊における豊富な経験を有する同盟国の人材が、それぞれの国柄と経験を課程教育に反映させることによって、極端に米国に偏重しない、より普遍的な課程作りを狙いとしたものと言える。

       今回、海上自衛隊からは幹部学校教官である浅野1佐6が教官団の一員として参画した。第1期課程教育期間中のみの滞在ではあったものの、海上自衛官が教官として加わったことにより、欧州や南北アメリカ大陸とは異なる歴史や文化、宗教観を背景に持つ日本及びアジアの視点や教育手法といったものがI-MSOCに少なからず反映されることになったと思われる。

       さらに2月に訪米した湯浅幹部学校長が、I-MSOC学生に対して講話7を行った。第1期における武居前海幕長、湯浅学校長、浅野教官の存在は、図らずも、海上自衛隊と米海軍との関係をグローバルな海洋におけるパートナーシップを象徴するものとしてクローズアップさせることにつながった。

    まとめに代えて

       世界各地で起きるトランスナショナルな事態への対応において、圧倒的優位にあった米国の軍事力が質量ともに中核的な役割を果たしてきた。しかし、近年みられる世界各地の安全保障環境の変化は、そうしたこれまでの在り方を許さなくなってきている。
       米国の軍事力でなくてもできることは、同盟国やパートナー国、友好国がそれぞれ応分の責任を負い、米国の軍事力でなければ果たせない役割に、米国はその力を傾注せざるを得なくなってきているということであろうか。
       I-MSOCは、それぞれの地域の同盟国やパートナー国が米国に代わって応分の役割を主体的に果たすことによりグローバルな海洋におけるパートナーシップを強化するための能力構築支援策である。一部には、沿岸警備隊等の各国海上法執行機関、赤十字や海事関係機関、関係するNGOにもI-MSOCの受講枠を順次拡大していきたい期待もあるように聞く。

       世界各地の各国海軍や海上法執行機関、あるいはNGOが我々と共通のテンプレートに基づいてその活動の幅を広げていくことは、普遍的価値やルールに基づく国際秩序の強化を目指す我が国の戦略8にも合致しているものと言える。
       従来、世界のあらゆる地域で米海軍がその中核として行ってきた活動を、地域の海軍や沿岸警備隊が普遍的価値やルールに基づいてその役割を拡充させることは、米国の軍事力をその分インド太平洋地域に振向けて充当することができることを意味するものでもあり、我が国としては大いに歓迎できるものであろう。

       米海軍のこのような取り組みが成功し拡大すること同盟国の一員として期待したい。

    (米海軍大学連絡官、米海軍大学インターナショナル・プログラム教授 山本勝也)

    (本コラムに示された見解は、幹部学校における研究の一環として発表する執筆者個人のものであり、防衛省、海上自衛隊の見解を表すものではありません。)

    --------------------------------------------------------------

    1 U.S. Naval War College, “Our Mission,” https://usnwc.edu/About/Mission
    2 U.S. Naval War College, “International Maritime Staff Operators Course,” https://usnwc.edu/college-of-maritime-operational-warfare/International-Maritime-Staff-Operators-Course/International-Maritime-Staff-Operators-Course-Overview
    3 U.S. Naval War College, “Maritime Staff Operators Course,” https://usnwc.edu/college-of-maritime-operational-warfare/Professional-Military-Education/Maritime-Staff-Operators-Course
    4 留学制度「海外留学生便り」参照。
    5 コラム089「武居智久前海幕長が米海軍大学教授として着任」参照。 現在、CNOフェローとして日本(武居前海幕長)のほかに、コロンビア、インド、ノルウェーの海軍司令官等経験者が在籍している。
    6 ニュース「デンマーク王国・国際防衛功労勲章の表彰伝達式」参照。
    7 ニュース「幹部学校長湯浅海将の米国出張について」参照。
    8 内閣官房「国家安全保障戦略について」、https://www.cas.go.jp/jp/siryou/131217anzenhoshou.html