海洋安全保障雑感~米国東海岸便り(No.04)~
   -現役海軍将校が提言:第2列島線の向こうへ新たな海軍戦略-

  • (コラム091 2017/07/20)

       本件は、コラム090と同様に、米国において入手した「海軍軍事学術」誌上で発表された論文について、マーチンソン(Ryan D. Martinson)米海大中国海事研究所准教授と米海大連絡官山本1佐が共同で分析を試みたものである。

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    対外プロパガンダを排した中国海軍軍人による率直な学術研究の成果

       今年6月28日、中国海軍が公表した新たなタイプの水上艦艇(TYPE055)が世界の注目を浴びたことは記憶に新しい。近年の中国の海軍力の増強は質量ともに目を見張る勢いである。2016年の1年間を見ただけでも、米海軍が4隻の水上艦艇を就役させ、海上自衛隊の水上艦艇の就役数が0であるのに対し1 、中国では24隻もの水上艦艇を就役させている2
       中国海軍のシンクタンクである中国海軍軍事学術研究所(NRI)の張軍社(ZHANG Junshe)副所長(上級大佐)は、今回の新たな水上艦艇は、海上交通路の安全に寄与するなど安全保障上の国際公共財を提供し、遠海における中国の国家権益保護に最大の効果を発揮するであろうと主張している3。しかしこの類の主張は既に国際場裏で使い古されてきた言葉であり、近年の野心的ともいえる中国の海軍力への投資について、その真意を中国が明らかにすることはあまりない。とりわけ「遠海(Far Sea)」に対する中国及び中国海軍の意図を分析することはなかなか困難な作業である。

       そのような中で、今回、我々が入手した論文が掲載された「海軍軍事学術」は中国国内の専門家を主たる購読対象としてアカデミックな議論の場としてNRIが定期刊行している学術誌であり、中国海軍の軍人等の問題意識や現状認識に触れることができる格好の機会を提供している。


    論文の概要

       今回の論文は、中国海軍軍事学術研究所に所属する2名の現役海軍将校(唐剣峰(TANG Jianfeng)同研究所科学研究指導部参謀(少佐)及び楊祖快(YANG Zikuai)同研究所研究室副主任(中佐))が共同で研究した成果物である。「新情勢下において両洋(太平洋とインド洋)を戦略的に管理するために把握しておくべきいくつかの課題(新形势下经略两洋应者重把握的几个问题)」と題して、「海洋強国の建設という偉大な歴史的重要段階」である今日及び近い将来における第2列島線の先におけるあるべき中国海軍の戦略について、現役の海軍将校の立場から提言したものである4

       冒頭、彼らは「(米国とは異なるタイプの)中国の特色ある強力なシーパワー(中国特色强大海权)」によって「積極的に環境を創り、しっかりと抑止し、着実に進出して、成果を上げる(积极谋势,突出威慑,稳步推进,有所作为)」ことが基本であるとして、インド洋へは「どんどん進出して、足場を定め(进得去,站得住)」、太平洋では「柔軟に行動し、しっかりと見る(行的畅,看得住)」と述べている。    以下、概ね論述の順に彼らの分析及び提言の概要を紹介する。


       中国から見た良好な戦略環境

       唐少佐と楊中佐は、中国にとって望ましい戦略環境の条件として以下の3つを挙げている。

       ① 平和的台頭の姿勢と共存共栄の精神に基づいた周辺国家との安定的な互恵関係によ
             る中国に有利な戦略枠組みを構築する。
       ② 様々なレベルにおける米中対話枠組みを作り、米中間の協力領域を拡大して、「長
          期に安定した健康で発展的な」米中の「新型大国関係」を進めて、新たな時代の
          「米中軍事関係」を模索する。
       ③ 米国と関係諸国との間にある矛盾を衝いて様々な牽制策を駆使することにより米中
          間のバランスを崩して米国による軍事的圧力を減少させる。

       ここで唐少佐たちが、米中2国間関係及び中国と周辺国との良好な関係構築を強調する一方で、近年の世界的なテロや、宗教対立、イデオロギー対立、経済危機のみならず、自然災害でさえもが、中国が米国と米国友好国との関係を牽制する好機であると分析している点は興味深い。


       海洋の地理的概念区分「四海一体、两洋衔接」

       2人の筆者は、第2列島線の先にある「両洋」へ進出することについて、「四つの海を一体化し、両洋へと繋ぐ(四海一体、两洋衔接)」と表現して、中国の主権管轄海域である大陸周辺の四つの海のコントロールを強固なものとした上で、第1列島線を東に突破して太平洋へ、南シナ海と「マラッカジレンマ」を南に突破してインド洋へと「打って出る(走出去)」と述べている。
       この論文の中で唐少佐たちは四つの海を具体的には明示していない。中国がこれまで使ってきた事例から推測すると、渤海湾、黄海、東シナ海及び南シナ海の四つであるとするのが適切かと思われる。しかし、唐少佐たちの論文の主旨を踏まえて、第1列島線の内側すべてを四海とするのであれば、四つの海の一つは渤海湾でなく、日本海を指している可能性も否定できないことを付言しておく必要がある。    また、この論文で用いられる「両洋」の概念は、これまで中国海軍が用いてきた「遠海(Far Sea)」とは異なる概念であると思われる。同様に、近年、国際政治や海洋安全保障分野で頻繁に用いられている「インド太平洋」5、あるいは「海のシルクロード」6といった概念との関係性についても、今回の論文からは明確にすることは難しい。

       唐少佐と楊中佐は、「四つの海を一体化し、両洋へと繋ぐ」ために、中国本土からこの「両洋」へ至る海域を次のように分類し、それぞれの海域における中国の在り方を簡単にまとめている。具体的には第1列島線の内側、第1列島線と第2列島線の間及びその外側の3つの海域に区分している。

       まず、第1列島線の内側海域を「近海の核心的権益海域(近海核心利益区)」と称し、当該海域では沿岸配備型の通常型ミサイルと海空機動打撃戦力を主力として「圧倒的な軍事優勢」を確立して、「敵の来襲以前」に迅速に攻勢作戦を実施して「戦えば必ず勝つ(决战决胜)」を確保するとしている。
       次に、第1列島線と第2列島線に挟まれた海域を「近海前庭の重要権益海域(近海前沿利益区)」と称して、この海域では、空母戦闘群をはじめとする最新の海空戦力により「エリア拒否の優位」、すなわち「中国の玄関の外側で戦う(御敌于国门之外)」態勢を確立することとしている。

       その上で、第2列島線の外側にある太平洋及びインド洋を「両洋に広がる関心権益海域(两洋利益关注区)」と位置付けている。


       関心権益海域としての「両洋」における海軍力

       当該論文で主として議論されている中国の戦略空間は第2列島線の外側に広がる太平洋とインド洋である。
       唐少佐と楊中佐は、「両洋」は中国にとっての戦略防御の重要空間であるのみならず、海軍を戦略的に運用するために中国に与えられ広大な空間であるとしている。
       この海域では「強敵」に対して「非対称的バランス」あるいは「局地的優勢」によって対抗し、たとえ両者の間に衝突が発生した場合においても、組織的に反撃し、敵に耐えがたい犠牲を与えるなど、大国の軍事活動を抑制し、牽制し、コントロールできることを目指している。

       そのため「両洋」においてはまず、政治外交の大局的観点に立ち中国に有利な情勢を生み出すために、非戦争軍事活動を通じて海軍力を強化するとして、以下の6点を挙げている。

       ① 米軍との海上安全保障協力の拡大深化
             各レベルの相互訪問、艦隊間交流枠組み、部隊間・学校間・青年将校等の交流など
          「米中新型海軍関係」の構築、重大軍事行動に関する相互通報制度や海空軍事行動準
          則の模索し、さらには人道支援災害救難活動や空母オペレーションに関わる米中協力
          の強化を図る。
       ② 周辺諸国との交流協力及び多国間枠組みへの積極的参加によるイメージアップ
             周辺諸国との艦艇相互訪問や共同訓練などの二国間交流、WPNS(西太平洋海軍シン
          ポジウム)などの多国間枠組みを効果的に活用した海上軍事行動規則制定への関与な
          どを通じて中国の影響力を向上させるとともに、海外医療サービスや人道支援災害救
          援(HADR)活動に病院船や両用戦艦艇を利用して責任ある大国としての中国の良好な
          イメージを展開させる。
       ③ 中国の在外権益の維持と保護のためのプレゼンスの常態化
             当該地域に遍く広がる「華人(外国に居住する中国系の現地住民)」や中国の在外
          資産などの権益を維持し保護するために、護衛活動や艦艇訪問等を利用して、関係海
          域における中国のプレゼンスを常態化させ、中国の海上交通路を保護し、「華人」や
          権益が脅威にさらされた場合に速やかに部隊を進出してそれらを救援・保護する。
       ④ 遠海における訓練の常態化
             「遠海大洋を練兵場として維持する」と称して、「両洋」の戦略空間を堅固かつ拡
          大させるために当該海域における訓練を常態化させる。これにより遠海における機動
          作戦に関する研究、検証、対抗演習を行い遠海における海軍の作戦能力を不断に向上
          させる。
       ⑤ 遠海における偵察、測量及び潜水艦救難能力の向上
             特に、西太平洋における日米の重要目標に対する偵察監視能力を強化し、調査船の
          遠海のあらゆる要素の環境調査と測量活動を行い、「敵情」と「戦場の環境データ」
          を充実させるとともに、遠海における潜水艦救難活動の常態化を目指す。


    「両洋」に進出するための手がかりを示す実績

       域外における突発事案への介入は、その対応如何によってはその介入が「国際社会の称賛を浴びる場合と非難の口実にされる場合の諸刃の剣となりかねない」との認識の上で、唐少佐と楊中佐は、中国海軍のこれまでの実績を例に、「介入」が「両洋」への進出の好機であることを提示している。

       ① 海賊対処活動
             中国海軍のアデン湾ソマリア海域におけるこれまでの護衛活動は既に国家的栄誉
          と称賛を得ている。また結果として中国海軍の当該海域におけるプレゼンスの常態
          化を容易に実現させた。
       ② HADR
             インド洋周辺は自然災害の多発地域であり、これまでなじみの薄かった海域や複
          雑な海象気象条件に対しても、迅速に出動してHADR任務を遂行している。
       ③ その他の突発事案への対応
             マレーシア航空370便墜落事故(2014.3.8)における捜索活動、モルジブの水不足へ
          の給水活動などを通じて、インド洋における中国海軍の良好なイメージが広がり、そ
          の結果、周辺諸国は中国を敵視することなく受け入れている。また、これらの活動を
          通じて、中国は重要海域への部隊の事前配備の重要性を理解した。


       「両洋」への進出に必要な戦力

       ① 空母部隊
             空母部隊は航空優勢、海上優勢、陸上優勢、情報優勢を一手に担う近代海戦の
          核心的戦力である。海外からの技術導入と自主イノベーションを組み合わせて、
          模倣から自主研究開発へ、中型空母から大型空母へ、通常型から原子力空母への
          発展を進める。同時に原子力動力、電磁砲、無人作戦機、新概念の武器を空母と一
          体的に研究開発する。
       ② 戦略原潜とSLBM
             戦略ミサイル原子力潜水艦は優れたステルス性、安全性、長距離航海能力を備え
          た、第二次核打撃力である。そのために高い生存能力と防御力を向上させた新型戦
          略ミサイル原潜(SSBN)と潜水艦発射型弾道ミサイル(SLBM)を実戦配備する。あ
          わせて、より静かなSSBNとSLBMの研究開発を行う。
       ③ 両用戦攻撃艦艇
          両用戦艦艇は両用作戦の核心的戦力であり、上陸作戦や島嶼攻防作戦の主要兵力
          であるのみならず、戦略物資の輸送、海外における国家権益保護のための重要戦
          力である。そのため、大型両用攻撃艦艇の研究開発・建造を加速するとともに、
          新型中型ホバークラフト揚陸艇、武装ヘリコプター、大型輸送ヘリコプター等を
          配備して、従来の二次元的上陸作戦から三次元の立体的上陸作戦にトランスフォ
          ームさせる。


       「両洋」への進出に必要な総合後方支援体制

       ① 通信情報支援・早期警戒体制
             衛星通信情報システム、空中情報通信システム、水中情報通信システムを強化し
          て、第2列島線から太平洋、インド洋の関係海域を覆域とする戦略レベル、戦域
          (シアター)レベルの偵察・早期警戒能力を「両洋」同時歩調で逐次装備する。
          その上、電子偵察、光学偵察、情報収集、グローバルな通信衛星、艦載型早期警
          戒機、及び広帯域データリンク等を装備することにより、戦略・戦役レベル早期
          警戒捜索体制を近海から遠海へと展開する。
       ② 後方支援艦艇
             「横曳き式」洋上補給装置の研究開発に重点を置き、耐波浪性のある補給能力及
          び錨泊時の補給装置、海上における垂直式補給装置等、中遠海における補給基盤
          を確立するために、大型補給艦、大型総合修理艦、新型潜水艦救難艦及び高速戦
          闘支援艦の開発と装備化を加速度的に進め、海上作戦プラットフォームを発展さ
          せた遠海機動作戦にふさわしい総合後方支援能力を向上させる。
       ③ 両用戦攻撃艦艇
             現在、中国は遠海の海洋地質、水質、気象等の具体的な状況把握が不足している
          ことから、潜在的開発力や建設の規模などを正確に判定するための必要なデータ
          が乏しい。したがって、護衛活動等の部隊行動や艦艇訪問、商業、科学調査等の
          機会を利用して、積極的かつ主導的に当該地域、特に活動の基盤となる港湾及び
          海域を重点的に調査・観測する。


    まとめに代えて

    1 第1列島線の内側は中国の勢力圏
       金晶(JIN Jing)少佐、徐輝(XU Hui)中佐、王寧(WANG Ning)中佐の論文7 と同様に、今回の論文における唐少佐と楊中佐の第2列島線の内側に対する認識は、既にそれらの海域が中国の勢力圏内にあり、特に東シナ海及び南シナ海を含む第1列島線の内側は中国の「核心的権益海域」で、「決戦決勝」の戦略環境にある(べき)とするものである。
       また、この「核心的権益海域」では米軍が来襲する前に攻勢作戦を行うこと、すなわち域内の対象(米国以外の敵)の態様については言及することなく、中国による主体的・主導的な攻勢作戦を提言している。第1列島線の内側においては、中国がこれまで繰り返してきた「先制不攻撃(后发制人)」とは異なる戦い方もあり得ることを暗に示しているとも見るべきであろう。
       このような中国の一方的な見方やそのような戦略は、日本を含むこの地域に位置する国々にとって、容易に受け入れられるものではない。

    2 HADRは米国主導を牽制するための好機
       自然災害や航空機事故などの突発的事案を、米国と関係国との離間を促す契機と捉えていることは注目に値する。筆者たちは、「新型大国関係」と称して米国との互恵、協力関係及び周辺諸国との協調関係を強調する一方で、米国主導の多国間関係については否定的である。
       こうした彼らの認識は、米国が太平洋地域で進めてきた「パシフィック・パートナーシップ」8 のような多国間協力には加わらずに、それを模倣しつつ病院船による独自の海外医療活動を展開している現状から容易に理解できるものである。

    3 「華人」という用語の意図的利用
       太平洋及びインド洋への展開の目的の一つとして、中国の在外資産とともに、「華人」の保護を挙げている。「華人」とは、中国国籍を持ちながら中国国外に居住している「華僑」とは異なる概念であり、民族的に中国を起源とする人々(主として漢族)であるものの現地の国籍を有している人々を指す中国語である。「華人」の保護を理由に他国に対して軍事力を行使することは、中国が最も嫌う「内政干渉」そのものである。もし、唐少佐と楊中佐が意図的にこの用語を用いたのであるとすると、民族的に中国を起源とする自国民を持つ関係諸国にとって看過できない問題になることは容易に想像できる。

       冒頭に紹介したとおり、今回我々が分析を試みた論文は海軍の現役将校が学術誌に寄稿したいわゆる学術論文であり、十分に政治的に洗練されたものではない。そのため、当然のことながら中国海軍及びそれ以上の上部組織の公式文書の類とは全く立場を異にするものである。その一方で、中国が新たな海軍戦略の策定を試みる場合に、議論のたたき台として十分に活用されるテーマが網羅されている文章であるとことは間違いない。
       中国が新たな戦略を打ち出すまで、我々がそれを待っていることは、我々にとって決して得策ではない。



    (米海軍大学連絡官、米海軍大学インターナショナル・
    プログラム教授 山本勝也) 

     本コラムに示された見解は、幹部学校における研究の
    一環として発表する執筆者個人のものであり、防衛省ま
    たは海上自衛隊の見解を表すものではありません。

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    1 会計年度で見た場合、日本は2隻の水上艦艇(護衛艦かが、掃海艦あわじ)を2016年度に就役させている。
    2中国軍網「2016海军入列舰艇大盘点,总吨位15万吨!(2016年、海軍に就役した艦艇に注目、総トン数15万トン)」、http://www.81.cn/hj/2017-01/09/content_7439774.htm、2017年7月6日アクセス。
    3人民網「海军万吨“大驱”今日下水专家:服役后或加入航母编队(海軍1万トン級大型駆逐艦が今日進水、専門家は就役後に空母部隊に編入するかもと)」http://military.people.com.cn/n1/2017/0628/c1011-29368937.html、2017年7月6日アクセス。
    4中国海軍軍事学術研究所「海軍軍事学術」2016年第3号。
    5インド太平洋概念については、山本吉宣「インド太平洋と海のシルクロード-政策シンボルの競争と国際秩序の形成」PHP特別リポート、2016年5月に詳しい。 http://thinktank.php.co.jp/wp-content/uploads/2016/05/160518.pdf、2017年7月6日アクセス。
    6中国国家海洋局「发改委、海洋局联合发布“一带一路”建设海上合作设想(発展開発委と海洋局が合同公布「一帯一路」における海上協力構想)」http://www.oceanol.com/content/201706/20/c65516.html、2017年7月6日アクセス。
    7コラム090「中国海軍から見た南シナ海の安全保障環境」参照(リンク
    8防衛省「パシフィック・パートナーシップへの参加http://www.mod.go.jp/j/approach/exchange/dialogue/pp/