海洋安全保障雑感~米国東海岸便り(No.3)~
   中国海軍から見た南シナ海の安全保障環境-

  • (コラム090 2017/07/12)

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       本年3月、共同通信が「南シナ海で『中国が主導権獲得』-解放軍幹部、内部誌で分析」と題する記事を報じた1。今回、米国において当該記事の指摘するオリジナルと思われる論文を入手した米海大中国海事研究所に所属するマーチンソン(Ryan D. Martinson)准教授とともに、米海大連絡官の山本1佐が共同して当該論文について分析を試みた。
       以下は、両名による共著である。

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    対外プロパガンダを排した中国海軍軍人による率直な学術研究の成果

       今回分析にあたる論文は2016年6月に発行された「海軍軍事学術」に掲載された「南シナ海における海上の軍事的危機に対する分析、研究及びそれに対する対応」である。「海軍軍事学術」は中国海軍のシンクタンクである中国海軍軍事学術研究所が海軍戦略について考察や研究成果を発表する定期刊行物であり、購読対象を主に中国国内の専門家にしている。そのため、当該学術誌はいわゆる「秘密の文書」の類ではないものの、外国人を含めた不特定多数を購読対象とする一般誌と異なり、販売ルートが限定されているため、外国人が購入するのは、なかなか難しい。掲載された論文などは、プロパガンダ的な要素を除外した中国国内研究者たちの問題認識により近い議論が垣間見える資料と言える。

       さらに当該論文の共著者3名(金晶(JIN Jing)海軍軍事学術研究所研究員(少佐)、徐輝(XU Hui)南海艦隊政治工作部幹事(中佐)、王寧(WANG Ning)南海艦隊政治工作部幹事(中佐))はいずれも中国海軍の現役将校であることから、当該論文が、中国海軍のシンクタンクである中国海軍軍事学術研究所と南シナ海を担当する南海艦隊の共同研究プロジェクトの成果物であると見ることもできる。南シナ海を担当する南海艦隊の実務担当者レベルの将校達が南シナ海の現状と趨勢をどのように認識し、今後どのように進めていこうと考えているのかを窺い知るには格好の資料である。


    論文の構成

       当該論文は3つの章から構成されている。まず第1章で南シナ海の現状を分析して将来の軍事的危機に関する議論の文脈を提示し、第2章においてそれらの危機の特徴を調べ、第3章において政策提言を試みている。


    第1章:南シナ海の現状分析

       第1章では、南シナ海の現状に関する主たる原因の責任は米国にあり、2015年以降、米軍が軍事的な挑発を増加させていることに起因すると結論付けている。これはすでにこれまでに中国各界から発せられている対外メッセージとほぼ軌を一にしたものである。
       具体的には、中国が埋め立てて建設した島礁(ママ。以下同じ)に対して、米国が繰り返し艦艇を派遣して威嚇するばかりか、空母や爆撃機、潜水艦などセンシティブな兵力を使用するとともに輿論操作を組み合わせることによって、南シナ海の安全保障環境に劣悪な影響を及ぼしているとしている。さらにそのような米軍の行動を模範として、日本が軍事力(ママ)を利用して南シナ海にまで手を伸ばしてきており、衝突危機のレベルは上がっており、南シナ海情勢を安定的にしようとする中国の努力を破壊していると結論付けている。

       次に、米国がこれまで長年にわたり黒幕的立場に位置して、関係国間の主権争いに介入せず、抑制的な軍事活動であったにもかかわらず、2015年以降の米国は、「リバランス」を唱えて、日本の集団的自衛権を解禁し、列島線の封鎖を試みるなど、中国の海上安全保障に対する強大な脅威となってきたと述べている。この2015年における米国の変化を、南シナ海における軍事安全保障の主導権バランスが中国側に次第に有利になってきていることに米国が焦りを感じているとともに、習近平政権の「一帯一路」政策が米国人を動揺させたことによるものとしている。
       そこで著者たちは、ブレジンスキー(Zbigniew Brzezinski)の「ブレジンスキーの世界はこう動く:21世紀の治世戦略ゲーム(The Grand Chessboard)」を引用して、21世紀の米国の戦略目標は、「米国の覇権に挑戦するユーラシア大陸上のいかなる国の興隆をも阻止すること」であり、これこそが米国の「核心的利益」であると分析している。そのため、中国の「一帯一路」政策は、まさしく「米国の覇権の脇腹を突く」ものであり、したがって、米国は南シナ海における「21世紀海上シルクロード」を攻撃目標としていると結論付けている。

       したがって、しばらくは南シナ海問題はますますマルチ化、国際化、法律化、軍事化が進み、米軍の威嚇的な行動が常態化するものの、様々な制約条件の中で、軍事的危機は一定の規模に抑えられ、武力衝突や戦争の可能性は基本的に排除されると結論付けている。


    第2章:南シナ海における軍事的危機の特徴

       第2章では、南シナ海における軍事的危機の特徴について分析している。
       はじめに、危機の突発性について述べている。具体的には、中国が対抗すべき相手(危機の主体)が多く、それぞれの主体が追求する利益も手段も多様であり、海域が広大なため、衝突が発生する場所も不確実であることから、それらの様々な要因によって危機が突然暴発する可能性があるとしている。

       次に、危機の連鎖性について述べている。ここでは、ASEAN内部の国家関係に問題があり、その上、中国の軍事的主導権を抑制しようとする米、日、印、豪などの域外大国が介入・牽制することで危機が連鎖するとしている。
       南シナ海問題は、本来、主権、安全保障、資源など多岐にわたる総合的な問題であり、軍隊、警察、民衆などの多様な力を利用して、民間レベルの衝突、法執行レベルの衝突、軍事的対峙などのいずれの衝突の可能性もあり、低烈度から高烈度に転じやすく、それらの危機は国内外の政治、経済、外交、法律、輿論等様々な分野の問題に広がる可能性があると述べている。

       第三に南シナ海における軍事的危機は他の地域の軍事的危機と異なって、域外国による圧力や国際世論を利用した扇動によって危機が突然変化するおそれがあり、中国による危機管理に対して巨大な挑戦となっているとしている。


    第3章 政策提言;南シナ海における軍事的危機をコントロールするために

    長期間に及ぶ複雑な闘争状態にある南シナ海において、中国が主導的に「南シナ海を安定的にコントロール(穏控南海)」するために以下の四つを挙げている。

       第一に、危機をコントロールするために、中国は政治、経済、外交等のあらゆる手段を活用して、①中国に対抗する軍事同盟や国家関係を分断・瓦解させて、危機発生の要因を減少させるとともに、②時勢をよく見極め(审时度势)、レッドラインを明示し(亮明底线)、プレゼンスを顕示し(展示实力)、時機を失せず(关键时刻不怕事)、弱点を見せず(不示弱)、思い切って手を出し(敢于出手)、抑止し(以慑止侵)、力でもって権益を維持し、(以力维权)、有利な態勢を作り(塑造有利态势)、軍事的危機を抑止する(慑止军事危机)、あわせて③突発的な事象に対応できる早期警戒能力及び即応態勢を強化することとしている。

       第二に、南シナ海問題が政治、経済、外交、法律、輿論及び軍事等すべての分野を総合した力較べであることから、①主導的に危機をコントロールできるだけの十分な兵力を、創造的に活用し、政治、経済、外交等の手段と組み合わせて積極的に兵力を運用して不利な局面を打破するとともに、②特に経済を活用して周辺国の対中姿勢を改めさせて、「反中同盟」を防ぎ、法理闘争と輿論誘導を利用して国際社会の支持を獲得することとしている。

       第三は硬軟(権利擁護活動と穏便な行動)のバランスであり、「原則的かつ柔軟に(原则性与灵活性)」海上における危機に善処すると表現している。具体的には①周辺諸国による新たな島礁の占拠や中国の漁業活動・石油ガス田採掘活動への妨害及び、中米関係への影響の波及を阻止しつつ、南シナ海情勢の主導権を確保することである。また、②「持久戦」に勝利するとの戦略に基づき「戦略主導」を獲得することであり、既に島礁建設以降、中国が既に南シナ海におけるある程度の軍事的主導権を獲得しているとの前提の下、その上、時間が経過するに従って力のバランスはますます中国側に有利となっているので、中国は「まず民を送りその後ろを軍がついていく(民进军随)、民によって軍を隠す(以民掩军)方式」の戦い方により、中国側からは第一撃を行わずに自衛行動として応戦し、硬軟バランスの取れた計画で国家主権、国家安全保障、及び国家発展の利益を確保することとしている。

       第四に危機をチャンスに変えることであり、尖閣諸島、スカボロー礁等の危機を積極的かつ巧妙に利用して、積極的かつ主導的に作為してこそ最終的に勝利を獲得できると述べ、危機を利用して反撃し、「鶏を殺してサルを怯えさせる(杀鸡骇猴)」ようにその他の国の反発も抑止する。それと同時に非伝統的安全保障分野について主導的に地域の安全保障に貢献することで中国が主導する南シナ海の安全保障・危機管理のフレームワークを構築するとしている。


    まとめに代えて

       以上、当該論文を要約すると、中国海軍の認識は、2015年の人工島の建設以降、①軍事的主導権は既に中国にあり、②軍事力のバランスも時間の経過とともに中国に有利となっているということである。また、そのような認識の下に、主敵である米国のみならず、日本やインド、豪州等の域外国及び南シナ海周辺諸国に対して、様々な危機を利用し、かつ一般の人民を前面に出して軍隊をその背後に隠す戦い方及び政治、経済、輿論等、硬軟織り交ぜたあらゆる手段を駆使してそれらの国家間の分断を図り、最終的な勝利を得るというところにある。

       当該論文は南シナ海におけるフィリピンと中国との間の仲裁裁判の最終的な仲裁判断が示される以前に発表されたものである。したがって、当該論文のみをもってその後の中国海軍の情勢認識の変化を分析することは慎む必要がある。しかしながら、その後も続く中国の南シナ海周辺における行動態様、さらには先般シンガポールで開催された第16回シャングリラ会合における南シナ海周辺諸国の対応に対する印象等2を見ていると、当該論文の価値は現在においても全く色褪せていないことは間違いない。



    (米海軍大学連絡官、米海軍大学インターナショナル・
    プログラム教授 山本勝也) 

     本コラムに示された見解は、幹部学校における研究の
    一環として発表する執筆者個人のものであり、防衛省ま
    たは海上自衛隊の見解を表すものではありません。

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    1 共同通信「南シナ海で『中国が主導権獲得』-解放軍幹部、内部誌で分析」2017年3月21日
    The Japan Times, “Internal Chinese Navy magazine says country has secured military dominance in South China Sea,”
    http://www.japantimes.co.jp/news/2017/03/20/asia-pacific/internal-chinese-navy-magazine-says-country-secured-military-dominance-south-china-sea/, 2017年6月10日アクセス
    2日本経済新聞「アジア染める紅い秩序」2017年6月21日。