海洋安全保障雑感~米国東海岸便り(No.2)
   ~武居智久前海幕長が米海軍大学教授として着任~

  • (コラム089 2017/04/13)

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    米海軍大学教授兼CNOフェロー

       昨年12月、第32代海上幕僚長の任を終え、海上自衛隊を退官した武居智久元海将がこのたび米海軍大学に着任し、米海軍大学教授兼米海軍作戦部長特別招聘研究員(U.S. Chief of Naval Operations Distinguished International Fellow、以下「CNOフェロー」)としての活動を開始された1


    米海軍大学ホームページより


       CNOフェローは近年、米海軍・米海軍大学が安全保障の分野における国際協力・相互理解を促進するための取り組みの一つであり、同盟国、パートナー国海軍のトップ・リーダー経験者を教育者・研究者として採用し、その豊かな経験と識見によって米海軍大学における教育活動及び研究活動への貢献を期待されたものである。

       1884年(明治17年)に設立された米海軍大学は、米海軍における最高レベルの軍事教育機関であり、世界でも最も古い海軍高等教育機関の一つである2。主たる任務は、年間約600名の学生(その他、通信教育等により約1,000名の学生)をリーダーとして養成・教育するとともに、将来の海軍力に対する研究、演習や戦略研究等による海軍の即応態勢維持のための支援、さらには各国海軍とのパートナーシップの強化である。

       米海軍大学には、米海軍のみならず、米陸軍、空軍、沿岸警備隊及び安全保障関係の政府機関からも多くの学生が在籍し、また我が国海上自衛隊はじめ、世界中の海軍が学生を派遣している。創設以来これまで約5万名以上の学生が卒業しているほか、300名近い卒業生が現役の将官として活躍している。また各国海軍からの留学生の多くが卒業後、母国の海軍トップとして活躍している。武居前海幕長も米海軍大学を卒業した一人である。


    武居前海上幕僚長

       武居前海幕長は、昭和54年(1979年)に防衛大学校を卒業後、海上自衛隊に入隊し、主として護衛艦艦長や護衛隊司令等、洋上勤務の傍ら、統合幕僚監部指揮通信システム部長、海上幕僚監部防衛部長、大湊地方総監、海上幕僚副長、横須賀地方総監等の陸上における要職を歴任した後、平成26年(2014年)から2年間、海上幕僚長として勤務した。現役時代よりストラテジストとしても著名であり、海幕長勤務の傍ら[海幹校戦略研究(特別号)]に「海上防衛戦略の新たな時間と空間」と題した戦略論文を寄稿したことも記憶に新しい3

       また中国との関係でみれば、平成21年(2009年)2月、海上幕僚監部防衛部長として初めて中国海軍司令部(北京市)を訪問するとともに、その成果を受けて、同年9月には赤星慶治海幕長(当時)の訪中に同行して、再び海軍司令部及び東海艦隊司令部(浙江省寧波市)を訪問し、呉勝利(WU Sheng-Li)海軍司令官(当時)をはじめとする中国海軍の指導者層と直接交流した経験を有する数少ない海上自衛隊のリーダーである。その際の双方のリーダーによる直接対話によって、海上自衛隊と中国海軍の相互理解の重要性について双方が共有し、理解促進のためのさまざま取り組みが試みられたことは、日中両国の海洋安全保障分野における歴史の1ページとなっている4


    まとめに代えて

       武居前海幕長が米海軍大学においてCNOフェローとして活動することは、我が国を取り巻く安全保障環境、我が国の立場や考え方、ひいては価値観を米海軍に限らず米国の安全保障分野の将来の指導者層が共有するために非常に有意な取り組みであり、海上自衛隊だけでなく我が国にとっても多大な利益をもたらすことが期待できる。前述のとおり、米海軍大学には世界各国海軍から有能な学生が集まることをふまえれば、世界中の海軍の未来のリーダーたちもその感化の対象に成り得ることは想像に難くない。



       現在、米海軍大学では、武居前海幕長の他に、コロンビア海軍よりG.バレラ(Guillemo Barrera)海軍大将(退役)が、インド海軍からN.バーマ(Nirmal Verma)海軍大将(退役)が同様にCNOフェローとして活躍しており、それぞれ中南米、インド洋における海洋安全保障や海軍力の国際協力・連携を中心に教育・研究活動に取り組んでいる。
       米海軍大学では今後もこの枠組みをより積極的に拡大させる意向があり、米海軍のこのような取り組みから、地球を俯瞰する彼らの戦略観を垣間見ることができる。



    (米海軍大学連絡官、米海軍大学インターナショナル・
    プログラム教授 山本勝也) 

     本コラムに示された見解は、幹部学校における研究の
    一環として発表する執筆者個人のものであり、防衛省ま
    たは海上自衛隊の見解を表すものではありません。

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    1 U.S. Naval War College, “Former Japan maritime defense leader to join Naval War Collge facaluty”
    https://www.usnwc.edu/About/News/December/Former-Japan-maritime-defense-leader-to-join-Naval.aspx, 平成29年4月2日アクセス。
    2米海軍大学創設とほぼ同じ時期に、日本でも同様な教育・研究を目的として、明治21年(1888年)に海軍大学校が創設された(昭和20年(1945年廃止))。また、米海軍大学の今日のカウンターパートである海上自衛隊幹部学校は、昭和29年(1954年)に創設されている。
    3武居智久「海上防衛戦略の新たな時間と空間」『海幹校戦略研究』特別号、2016年11月、pp2-15、参照(リンク)
    4コラム012「練習艦『鄭和』で海を渡った海上自衛官」参照(リンク)