米海大教授の眼: ロシア
(075 2016/08/25)
米海軍大学 客員教授
1等海佐 下平 拓哉
米海大では、最近、「米海大教授の眼(Sense of the Faculty)」と言う興味深い学術的アプローチが開始され、その第1弾としてロシアをテーマに約20名の教授陣が議論を重ねました。このアプローチの特徴の第1は、ロシア研究に係る米海大内の様々な専門家の知見を集中すること。第2に、その専門家の様々な意見を調査し数値化すること。第3に、ディベート(公開討論)を通じて政策提言するといった学術的アプローチです。なぜディベートという手法を採用したかと言うと、戦略の本質は、とどのつまりは選択をすることであり、そしてその選択にはしばしば痛みを伴うトレード・オフ(交換)を伴うものであることから、費用対効果を考えることが実際には極めて重要であり、したがって異見を戦わせる形式を重んじたためです。
まず、ディベートに先立って、最近のロシアの安全保障問題に係る次のような5つの基本問題を設定し、米海大教授陣の意見を数値化しました。
① | ロシアの国内情勢 2018年の大統領選挙でプーチンが再選:59% |
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② | ヨーロッパの安全保障におけるロシア 中東の不安定、難民、テロがロシアの脅威を覆い隠している:59% |
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③ | 世界におけるロシア 紛争の際、ロシアは中国を支援する:61% |
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④ | ロシア軍事ドクトリン ロシアの戦略目的は、影響力を拡大すること:71% |
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⑤ | ロシア海軍戦略 ロシアの海軍力は急速な発展を遂げる:67% |
そして、次の9つからなるロシアに係るディベートを実施しました。
① | ロシアの戦略的意図(限定的か、米国への直接的脅威となるか) | |
② | ロシアの軍事力(かなり制約があるか、過小評価すべきではないか) | |
③ | ロシアの経済見通し(驚異的に回復するか、どん底に落ちるか) | |
④ | シリアにおけるロシア(長期にわたって失敗するか、介入に成功するか) | |
⑤ | ロシアと中国(効果的な協調はなされないか、戦略的な相乗効果が表れるか) | |
⑥ | バルト海の安全保障(現状維持か、再保証から増強か) | |
⑦ | NATOの将来の役割(ロシアを手なずける理想のツールか、同盟自体が問題か) | |
⑧ | 黒海におけるロシアのA2/AD(米海軍力の限界か、A2/ADをロシア艦隊に対抗させるか) | |
⑨ | ロシアSSBNの現代化(脅威となるか、米国の抑止に影響ないか) |
英国のウィンストン・チャーチル卿は、かつて「ロシアは、不可解なミステリーに包まれた謎(a riddle wrapped in a mystery inside an enigma)」と語りましたが、この学術的アプローチは、この謎に対して簡単な答えを見出すものではなく、米国の国家安全保障政策策定者に対して、様々な見方を提供することを目的としています。ただ今後、ロシア海軍が、外交ツールとして中心的な役割を果たしていくことについては意見の一致がなされ、それを踏まえ最後に、次のとおり引き続き議論を続けるべきテーマが明らかとなりました。
① | ロシア艦隊の役割が高まるなか、ロシアと米国の軍事組織にどのような影響があるか | |
② | ロシアとのグレーゾーン事態において、米海軍はどのような役割を果たすべきか | |
③ | 米中限定的紛争となり、ロシアが中国に後方支援する場合、相手の弱点はどこか |
このように複雑さを増す安全保障環境下においては、様々な知見を集中し、議論を通じて様々な選択肢を抽出することがますます重要となってきています。米海大では、学際的アプローチを重視し、長い歴史がある図上演習も最大限に活用していますが、また新たな学術的アプローチも次々と考え出されています。
(2016年7月31日記)
【米海大ロシア研究専門家が推薦する最近の必読論文】
1) Thomas R. Fedyszyn, “Putin’s 'Potemkin-Plus' Navy,” Proceedings, Vol. 142/5/1, 359, May 2016.
http://www.usni.org/magazines/proceedings/2016-05/putins-potemkin-plus-navy
米海大ヨーロッパ/ロシア地域研究グループ部長のフェジズン教授が、ロシア艦隊が見せかけだけの偽物の村「ポチョムキン村」以上のものへと発展する可能性について、その戦略、作戦、造船等から分析し、地域における影響力はますます高まると評価しています。
2) Nikolas K. Gvosdev, “Just How Dangerous is Russia’s Military?,” The National Interest, July 15, 2016.
http://nationalinterest.org/feature/just-how-dangerous-russias-military-16981
ロシア軍の近代化は止まることはないであろうが、経済制裁等によってたとえ止まったとしても、小規模の介入作戦は実施できる能力はあると分析しています。
3) Andrew A. Michta, “All Not Quiet on NATO’s Eastern Front,” Carnegie Europe, June 28, 2016.
http://carnegieeurope.eu/strategiceurope/?fa=63934
バルト海、黒海におけるロシアのA2/AD能力は確実な進展を遂げ、地域バランスを不安定なものとしており、米国とNATOによる地域抑止戦略の構築が急務と警鐘を鳴らしています。
4) Lyle J. Goldstein, “Watch Out: China and Russia Are Working Together at Sea,” The National Interest, April 13, 2016.
http://nationalinterest.org/blog/the-buzz/watch-out-china-russia-are-working-together-sea-15767
米海大中国海事研究所(CMSI)の中露関係研究の専門家ゴールドスティン准教授が、近年の海上における中露協力関係は進展を見せているが、統合作戦や潜水艦作戦においてはまだまだ不十分であると分析しています。