海上優勢を維持するための構想
(039 2016/01/22)
米海軍大学 客員教授
本校戦略研究会(SSG)
1等海佐 下平 拓哉
2016年1月5日、米海軍のトップである海軍作戦部長ジョン・リチャードソン(John M. Richardson)大将は、「海上優勢を維持するための構想(A Design for Maintaining Maritime Superiority)」を発表しました。2015年9月18日に、第31代海軍作戦部長に就任して以来、初の戦略ガイダンスの発表となります。ここでは、その概要と特徴について、若干の考察を加えながら紹介してみます。
本構想は、主に戦略環境、判断基準、4つの努力について書かれています。
【戦略環境】
まず、戦略環境に大きな変化を与えている要因として、第1に伝統的な海洋システム、情報システム、テクノロジーの進展とそれらの相互作用、そして第2にロシア及び中国の急速に発展する軍事能力を挙げています。
【判断基準】
次に、米海軍が決定を下し、行動に移す際の判断基準を4つの属性として示しています。なぜならば、米海軍がおかれた戦略環境は、これまでにない非常に「複合的な(Complex)挑戦」を受けているため、指揮官の意図を体した分散(非集中)型の作戦について準備しなければならず、そこで求められているのは明確な理解に基づいた信用と信頼であり、したがって、次の判断基準をもって行動せよと明言しています。
① 誠実 |
【4つの努力】
そして、本構想を実行に移すためには、戦闘、知的能力の加速、海軍チームの強化、パートナーシップの構築の4つの努力に集中すべきで、それぞれは緊密に関係し合っていると指摘しています。
① 戦闘 |
本構想の最大の特徴は、「構想(Design)」という言葉を使っていることです。これは、米海大の「統合軍事作戦(Joint Military Operations:JMO)でも教えていることですが、現在の安全保障問題は、構造が明確(well-structured)な「複雑な問題(Complicated)」と構造が不明確(ill-structured)な「複合的な問題(Complex)」の2つに大別することができます。そして、前者は従来の作戦計画策定要領等によって解くことができるが、近年の安全保障問題の大半を占める後者については、従来の手法には限界があるため、「構想手法(Design Methodology)」を採用します。
「構想手法」では、①作戦環境の理解、②問題点の明確化、③解決策の案出、のステップにしたがって問題解決の糸口を探しますが、そこで最も重要なことは、作戦環境の理解です。わずか8頁の本構想のなかで「情報(information)」と言う言葉が17回も使われていることからも、作戦環境を正確に捉えるための情報の重要性が分かります。
そして、本構想の戦略環境において、ロシアと中国を名指ししていることにも注目する必要があります。前海軍作戦部長のグリナート(Jonathan Greenert)大将も、就任の2011年9月と2014年8月に同様の戦略ガイダンスを発表しましたが、今回のような明言はしていません。そして、本構想の結論では、名指しこそしていませんが、「競争相手(competitors)」という文言を使い、競争相手が主導権を握ることに力を入れていると警鐘を鳴らしています。
最後に本構想中に多くは言及されていませんが、表紙の中心に米沿岸警備隊の艦船が写されているのは、米海軍と米沿岸警備隊の強い紐帯を象徴しています。
【海上優勢を維持するための構想】
http://www.navy.mil/cno/docs/CNO_STG.pdf
【海上優勢を維持するための構想を説明するYouTube】
https://www.youtube.com/watch?v=7u83nFcvtrM