海上自衛隊幹部学校

交通案内 | リンク | サイトマップ |  English

HOME / 戦略研究会 / コラム / コラム128

 戦略研究会

 クリミア半島沖におけるウクライナ海軍艦船拿捕に係る法的考察

(コラム128 2018/12/13)

*******

   本年11月25日、黒海に位置するクリミア半島沖においてロシア連邦保安局(The Federal Security Service:FSB)連邦国境警備庁国境軍所属艦船4隻が、アゾフ海に進出するためケルチ海峡を通航しようとしたウクライナ海軍所属艦船3隻(砲艦2隻、タグボート1隻)に対して銃撃やタグボートに対して体当たりを行った。引き続きロシアの特殊部隊が当該船団に乗り組み、拿捕したが、その際6人の乗組員が負傷した1。拘束された24人の乗組員は2か月間拘束された後、クリミアに設置されたロシアの法廷において裁判にかけられる予定である2
   当該ウクライナ艦船3隻は、編成替えのためにOdessaの基地からアゾフ海 沿岸のMariupolに所在する基地に向けて航行中であり、アゾフ海に至る唯一の海峡であるケルチ海峡の沖合において、ロシア艦船から銃撃された。ちなみにウクライナ側は航海計画等をロシア側に事前通報済みと主張している3
   本事案に際し、ロシア政府のスポークスマンはウクライナ艦船が国境軍の要請に従わず、一時的に閉鎖している自国の領海内に侵入したため、合法的な全ての手段をとったと主張しており、国連海洋法条約第19条、第20条に規定される無害通航に違反しているとしてウクライナ側の行為を非難している。
   他方、ウクライナ外相は、ロシア政府による一連の措置は、海上交通の自由(the freedom of maritime traffic)及び国連海洋法条約第38条、第44条に規定されている国際海峡における通過通航制度の規定に違反していると主張しており3、両者の主張は平行線をたどっている。
   本コラムは、本事案について国際法の観点から概観していくが、中でも論点になるのは、事案が生起した海域(ケルチ海峡、アゾフ海)とロシア艦船がウクライナ艦船に対してとった拿捕に至る一連の措置と思われる。以下にそれぞれの法的性質に注目して考察する。

1   アゾフ海及びケルチ海峡に係る法的考察
   2003年にロシアとウクライナはアゾフ海及びケルチ海峡の法的地位等に係る共同宣言(the joint statement)を締結しており、同海域を歴史的な内水とし、両国軍艦の航行の自由及び他国軍艦が同海域に入域する際の事前許可制を定めている5。だが、ロシアは同宣言が無効であると主張し、同海域を自国の領域であるとして、今年からアゾフ海沿岸のウクライナの港に出入りするすべてのウクライナ船舶のチェックを開始している6。さらにプーチン大統領は、クリミア併合前から本海域は、ロシアの領海である7と述べている。
   仮にロシアの主張するように宣言が破棄され、内水という法的地位が無効になったとしても、アゾフ海西方海域の広範はウクライナの沿岸と接している事実を踏まえると、同海内におけるウクライナの領海及び国際水域の存在は否定し得ないであろう。そうであれば、ウクライナが主張するようにケルチ海峡においては、国連海洋法条約の定める“通過通航制度”が適用されることになる。
   ただし、ケルチ海峡が、アゾフ海のウクライナ沿岸の港湾に至る唯一の海峡である事実を踏まえると、紅海に接するチラン海峡の例のように、同条約第45条が規定する公海又は一の国の排他的経済水域の一部と他の国の領海との間にある海峡における無害通航は停止されないとする、いわゆる“停止されない無害通航制度”が適用される可能性も否定できない。
   共同宣言が破棄されたとしても、いずれにせよ国際法上ウクライナ艦船の通航は妨げられるものではなく、ロシアが実施している事実上の海峡封鎖(ロシアは海峡を跨ぐ橋の橋脚間にタンカーを係留してまで、船舶の通航をブロックしている。)については説得力のある説明がロシア側に求められるであろう。

   

2   ウクライナ海軍艦船に対するロシアの対応について
   次にロシア艦船がウクライナ艦船に対してとった措置について概観する。
まず、それぞれの艦船の国際法上の地位について触れるが、ウクライナ艦船の内Berdyansk、Nikopolは海軍に所属しており、国際法上は、軍艦の地位を有している。他方、ロシア艦船についても、連邦国境警備庁国境軍に所属しており、同機関は軍として位置づけられていること8から、国際法上は、同様に軍艦としての地位を有しており、今回の事案は軍艦同士の衝突と言える。
   続いて、ロシア艦船がとった銃撃から拿捕に至る一連の措置について、拿捕が生起した海域がロシア領海内であると仮定して検討を進める。
   ロシアはウクライナ艦船が戦闘待機(combat readiness)の状態で領海に侵入したため、無害通航に違反するとして合法的な措置をとったと主張している9。ロシアはロシア連邦国境法第35条において、「軍艦等による領海への武装侵入を撃退する場合、警告なしの武器等の使用を認めており10」、当該措置は、本法に基づくものであったように思われる。
   ロシアはウクライナ艦船のどのような行為態様を見て戦闘待機にあったと判断したかについては詳述していないが、航海の目的が基地間の移動であったこと、ロシア側に事前に航海計画を通報していたことを踏まえれば、挑発的、好戦的な意図をもってロシアの主張する領海に侵入したとは言い難いであろう。言い換えれば、直ちに無害通航に違反しているとするロシア側の主張はやや無理があると思われる11。このことは、ウクライナ艦船が通峡に先立ってロシア艦船の妨害に遭遇し、引き返していた矢先に拿捕事案が生起したことも考慮すべきである。
   さらに、主権免除を有する外国軍艦の行う有害行為への対応については、当該行為に比例した限定的でコントロールされたものである必要があるが、上述したようにロシアは軍艦を拿捕し、乗組員まで拘束して、自国の法廷で裁判にかけようとしている。当該行為が他国の軍艦及び乗組員に対する自国の管轄権の行使であるとすれば、国際法上、軍艦が有している主権免除(immunity)を明白に侵害する行為と思われる。仮に、当該事案が一過性の武力紛争を構成するのであれば、ウクライナ艦船乗組員は捕虜としての処遇を受ける権利を有する。

   以上、本事案における国際法上の評価を、海域及び措置の法的性質に分けてそれぞれ考察してきた。総括すると、ロシアによるアゾフ海に至るケルチ海峡の物理的閉鎖、船舶の確認及びウクライナ艦船への対応については、議論の余地が多く、今後注視していきたい。

(運用教育研究部 作戦法規研究室 2等海佐 石井 浩一)

(本コラムに示された見解は、幹部学校における研究の一環として発表する執筆者個人のものであり、防衛省・海上自衛隊の見解を表すものではありません。)

--------------------------------------------------------------
1 “Ukraine says Russia has seized 3 of its navy's ships after firing on them near Crimea,” abcNews, November 27, 2018, https://abcnews.go.com/International/ukraine-russia-seized-warships-firing-crimea/story?id=59406620.
2 “Ukraine-Russia sea clash staged, says Putin,” BBC News, November 28, 2018, https://www.bbc.com/news/world-europe-46370619.
3 abcNews, November 27, 2018.
4 “Ukraine-Russia sea clash: Who controls the territorial waters around Crimea?,” BBC News, November 27, 2018, https://www.bbc.com/news/world-46345317.
5 United Nations Office of Legal Affairs, Law of the Sea Bulletin, No. 54, 2004, p.131.
6 BBC News, November 27, 2018.
7 BBC News, November 28, 2018.
8 高井晉他、「諸外国の領域警備制度」、『防衛研究所紀要』第3巻第2号、2000年11月、9貢。
9 BBC News, November 27, 2018.
10 小川哲也、「ロシア連邦連邦国境警備庁とその改革(その3)」、『海保大研究報告』、第47巻第2号、2003年、54貢。
11 コルフ海峡事件の際、国際司法裁判所は、以前のアルバニア側からの砲撃を踏まえ、緊張状態にあった同国領海内を航行するに際し予防的措置として英国軍艦が乗組員を戦闘配置につけていたこと(砲は定位置)について合理的であったとの見解を示している。クリミア半島を取り巻く軍事的緊張を鑑みればウクライナ艦船が警戒態勢を強化していたとしても非合理的とは言えないであろう。