海上自衛隊幹部学校

交通案内 | リンク | サイトマップ |  English

HOME / 戦略研究会 / コラム / コラム126

 戦略研究会

 海洋安全保障雑感(No.12) -米露INF条約と中国-

(コラム126 2018/11/15)

*******

   2018(平成30)年10月22日、米国のトランプ(Donald J. Trump)大統領が中距離核戦力(INF:Intermediate-Range Nuclear Force)全廃条約1からの離脱を表明2した。翌23日、この表明に対し中国政府は次のように応じた3

   INF全廃条約は米ソ両国が冷戦時代に締結した重要な軍備管理・軍縮条約だ。この条約は国際関係の緩和、核軍縮プロセスの推進、さらには全世界の戦略的均衡と安定の維持に重要な役割を果たしてきた。今日もなお非常に重要な意義を持つ。一方的離脱は多くの負の影響をもたらす。
   条約離脱問題について中国を引き合いに出すのは完全に誤っているということを強調しておく必要がある。

   INF全廃条約そのものは、米露二国間の条約であり、今回のトランプ政権が離脱を表明した要因の一つはロシアのミサイル開発に対する米国の不信感によるものである。
   しかし、中国政府自身は強く否定するものの、今回の米国の離脱問題では、ロシア要因と同等もしくはそれ以上に中国要因が大きいことは、誰の目にも明らかであろう。

中国の中距離核戦力に対する米国の懸念

   INF全廃条約の当事者でない中国が中距離核戦力を増強していることについて、近年、米国政府は懸念や脅威を繰り返し表明するようになってきた。
   例えば、2017(平成29)年4月の米連邦議会において、当時、米太平洋軍司令官であったハリス(Harry B. Harris Jr)海軍大将は、

   中国ロケット軍は2000発以上の弾道ミサイル・巡航ミサイルを保有する世界最大の軍事力であり、そのうち95%はINF条約加盟国であれば条約違反に相当する。INF条約国である米露にはこれに相当する能力はない。

   と証言して、中国人民解放軍の核戦力に直接対峙する最前線の指揮官としての脅威認識を吐露している4

   また、今年2月に米国防長官府が公表したNuclear Posture Review 2018(核態勢の検討)の中には次のような一文がある5

   米国は冷戦の最中以降 85 パーセント以上の核兵器保有量を削減し、20 年間以上にわたり新しい核能力を配備していない。それにもかかわらず、直近の 2010 年 NPR 以来、潜在的な敵対国からの一層明白な核脅威を含めて、世界的な脅威の状況は明らかに悪化してきた。米国はいま、過去のいかなる時よりもより多様で高度な核脅威の環境に直面しており、潜在的な敵対国の核兵器および運搬システムの開発配備プログラムも相当に動的になってきている。

   この発言の言う潜在的な敵対国に、北朝鮮のみならず中国が含まれていることは、前後の文脈や下表などから容易に推察できる。

2010年以降の各国の核兵器運搬能力

中国の中距離核攻撃能力

   これに対して中国は、INF全廃条約で米露が廃棄したこれらの戦力を、中国にとっての重要な戦略兵力と明確に位置づけて着々と整備を進めていることが中国側の発言で理解できる。例えば、2015年国防白書『中国の軍事戦略』6では、

   第2砲兵(現・ロケット軍)は(中略)核兵器・通常兵器兼備の戦略兵力であり、特に(中略)、中距離・長距離射程の高精度打撃力を向上させる。

   と宣言し、米国本土を目標とする長距離ミサイルとともに、中距離ミサイル戦力を強化させることを謳っている。直近のわずか10年間を見ただけでも、下表のとおり強化されていることを容易に確認できる。

中国の核弾頭搭載可能中距離弾道ミサイル保有数の増加

   そしてこれらのミサイルの射程は、米国防省によると下図のとおりである。同図によると、中国の核弾頭搭載可能な中距離弾道ミサイルの攻撃対象の多くが、それらと同等の核戦力を保有していない中国の周辺諸国であるということが確認できる。我が国もまたその一つであることは言うまでもない。

中国の短距離・中距離ミサイル・巡航ミサイル攻撃能力

中国の中距離核攻撃能力

   中国の中距離ミサイル戦力を発展させ完成させることは、
   ① 中国自身の安全に対する要求を満たすためであり、
   ② (台湾)統一を完成させるためであり、
   ③ 東部沿海部の工業発展地帯の安全を防衛するためである。

   上記の言葉は、米国のINF全廃条約からの離脱による中国への影響について、2018年10月25日に人民解放軍の将軍が発言したものである 。発言した将軍は、中国国防大学戦略研究所長の経歴を有し、中国国内外の様々なメディアに登場している金一南(JIN Yinan)陸軍少将である。
   この発言は、人民解放軍の将兵や中国の一般市民に対して軍事情勢を解説するために中国国営ラジオ局が放送している金一南少将自身の番組内におけるものである。こうした中国国内向けのメディアでは対外的にはあまり明確にしない中国の本音が透けて見えてくる。

我が国周辺における主な兵力の状況

   この発言で見落としてはならない点は、中国の中距離ミサイル配備の目的として東部沿海部の防衛が強調されているという点である。中国東部沿海部の工業地帯が、渤海・黄海から東シナ海に至る沿海地域を指しているのであるとすれば、それらの地域を護るための中距離核ミサイルの射程に入る地域はおのずと限定されてくる。

   INF全廃条約によって米露両国は中国のそれと同等な中距離核戦力を持っていないことを考慮すれば、この地域で同等の核戦力によって中国と対抗できる国は、核兵器保有国を自称する北朝鮮のみである8。北朝鮮以外の周辺国はいずれも中国本土を攻撃するような能力を保有していない。我が国にそのような能力も意図もないことは客観的にも明らかである。

   したがって中国東部沿海部防衛の対象が北朝鮮による核攻撃に備えたものでないとするならば、金一南少将の発言は、北朝鮮以外の周辺国に対する核攻撃の可能性を中国が意図していることを示すものと言えなくもない。それは我が国を含む中国の周辺国の立場に立てば、核兵器による威嚇であると認識せざるを得ないだろう。

   2016(平成28)年に米韓両政府がTHAAD(Terminal High Altitude Area Defense)システムの在韓米軍への配備を決定した際に、中国政府が「強烈な不満と断固とした反対」を繰り返し表明し、ついにはそれまで良好であった中韓関係を中国が一方的かつ急速に冷却させたことがあった9。これもおそらく、朝鮮半島に対する核攻撃能力保持への中国の執着と捉えることも可能である。

   前出の金一南少将は上記のインタビューの最後に、

   中国はINF全廃条約の締約国ではないので、条約の制約は受けない。
   (今後)中距離ミサイルを配備しようとする国は、(自身に)不利益をもたらすことなる。

   と述べている。同少将は、中国が中距離核戦力を自由に増強させることの正当性に言及する一方で、 米露を含む中国以外の他の国々が中距離核戦力を新たに保有することに対して強く牽制することも忘れていない。

まとめに代えて

   2005(平成17)年に朱成虎(ZHU Chenghu)少将が海外メディアに対して行った「対米核戦争容認発言」10はすぐさま中国政府によって否定された。しかし朱少将は重い処罰を受けることなく、その後も要職に就き、2007(平成19)年には当時留学生であった筆者や米国空軍大佐を含む多くの外国軍学生の前で国防大学防務学院長として同様な発言を繰り返していたこともまた事実である11
   また1995(平成7)年から1996年にかけて、自国民が住む自国の領土であると主張している台湾の近傍海域に向けて、中国人民解放軍が平然と弾道ミサイルを発射したことは記憶に新しい。このような自国民に対するミサイル攻撃を躊躇しない軍隊の、外国領土や外国人への攻撃に対する認識は想像に難くない。

   広島・長崎の悲劇を経験した我が国の核兵器に対する考え方と中国のそれとは大きく異なる。核兵器の開発は毛沢東(MAO Zedong)が掲げたスローガンとされる「両弾一星(原水爆と人工衛星)」に代表される中華人民共和国の偉大な歴史的成果の一つである12。今でも10月1日の建国記念のパレードなどにキノコ雲を模した山車が登場するほどであり、中国の一般的な庶民の核兵器に対する理解が我々日本人のそれと等しく共有していると考えることも、早計である。

   中国は2018年2月、「核の先制不使用」を宣言している。
   しかし、本コラムで見てきたように、これまでの人民解放軍高官の発言などからは、中国の我が国に対する核による攻撃意図を明確に否定できる安心材料を見つけることは難しいと思われる。
   そのうえで、中国が我が国にはない中距離核戦力を、東シナ海を挟んだ対岸に配備しているという客観的な事実を考えていく必要がある。

(幹部学校 山本勝也)

(本コラムに示された見解は、幹部学校における研究の一環として発表する執筆者個人のものであり、防衛省・海上自衛隊の見解を表すものではありません。)

--------------------------------------------------------------
1 INF全廃条約:冷戦末期1987(昭和62)年12月にレーガン米国大統領とゴルバチョフソ連(当時)共産党書記長によって調印され、翌1988年6月に発効し、ソ連崩壊後も米露間に継承された軍縮条約である。
   この条約では米ソ両国が保有していた地上配備型の中距離ミサイル(IRBM:射程1,000~5,500km)、準中距離ミサイル(MRBM:射程500㎞~1,500㎞)、ミサイル発射装置、支援施設などを廃棄の対象とするとともに、将来の生産や実験及び保有を禁止したほか、現地査察等の検証などが規定された。当時、東西両陣営対立の主正面であった欧州地域において、国際社会が危惧していた米ソ核戦争の脅威は、この条約の成立によって遠ざかり、冷戦の終結への大きな一歩となった。
2 The White House, Remarks by President Trump Before Air Force One Departure Issued on: October 20, 2018,https://www.whitehouse.gov/briefings-statements/remarks-president-trump-air-force-one-departure-4/.
3 人民網(日本語版)、http://j.people.com.cn/n3/2018/1023/c94474-9510957.html.
4 Statement of Admiral Harry B. Harris Jr., U.S. Navy Commander, U.S. Pacific Command Before the House Armed Services Committee on U.S. Pacific Command Posture, 26 April 2017, https://docs.house.gov/meetings/AS/AS00/20170426/105870/HHRG-115-AS00-Wstate-HarrisH-20170426.PDF.
5 米国防省「核態勢の検討」(日本語版)、 https://media.defense.gov/2018/Feb/02/2001872891/-1/-1/1/EXECUTIVE-SUMMARY-TRANSLATION-JAPANESE.PDF.
   日本語版は概要のみであり、全文(英語版)は以下で確認できる。https://media.defense.gov/2018/Feb/02/2001872886/-1/-1/1/2018-NUCLEAR-POSTURE-REVIEW-FINAL-REPORT.PDF.
6 中国国務院「中国的軍事戦略」、http://www.scio.gov.cn/zfbps/ndhf/2015/Document/1435161/1435161.htm.
7 中国軍網「一南軍事論壇」、http://www.81.cn/jwgd/2018-10/25/content_9323435.htm.
8 コラム094「中国と北朝鮮と選択肢」(参照) (リンク)。
9 コラム080「THAADの韓国配備」(参照) (リンク)。
10 Joseph Khan, Chinese General Threatens Use of A-Bombs if U.S. Intrudes, The New York Times, https://www.nytimes.com/2005/07/15/washington/world/chinese-general-threatens-use-of-abombs-if-us-intrudes.html.
11 コラム007「人民解放軍国防大学への留学」(参照)(リンク
12 中国科学院大学「『中国科学院と両弾一星』記念館」、 http://glory.ucas.ac.cn/index.php?option=com_content&view=article&id=1&Itemid=199.