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 戦略研究会

 米軍サイバーコマンドの昇格に見るサイバー領域の重要性について

(コラム112 2018/06/29)

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   古諺曰「百聞は一見に如かず」。はたしてそうだろうか。大戦中、戦艦大和の雄姿を見たものは、それがまさか沈むとは思いもよらなかったことだろう。ギリシャのフリュネの故事1を引くまでもなく、今日に至るまで見掛に判断を惑わされた事例は数知れない。「一見は百聞を遠ざける」こともまた真実である。
   騙す方も悪いが騙される方も愚かである。ソフトウエアエンジニアのトム・デマルコは「計測できないものは制御できない」と言った。逆に「測ることができれば操られる」のである。現代社会において至る所で事象の可視化が図られ、多くのデータは蓄積され、情報共有も進んでいる。そのような開かれた自由な情報の流れの中で、敵対者から操られ、足元をすくわれる脅威に対し、我々はどのように対処していくべきなのだろうか。

   今年(2018年)5月4日、米国サイバーコマンドがそれまで隷属していた戦略軍から10番目の統合軍に昇格した。司令官は日系人ポール・M・ナカソネ陸軍大将であり、これまで同様国家安全保障局(NSA)長官と兼務である2。戦略軍構成部隊のうち、性質の異なるサイバー部隊を切り離し、その重要性に鑑み昇格させたものとみられる3。部隊の規模は約6200名である4
   近年米軍に倣って各国ともサイバーコマンドを創設する傾向にある。昨年(2017年)にはフランス軍で約3000名5、ドイツ軍で約13000名規模のサイバーコマンドを設立した 。このような動きがみられるのも、やはりこの分野の重要性によるものであろう。

   米海軍大学校の講堂の壁には次のような文字が刻まれている。「戦争は人の心により生ずるものであるゆえ、築くべき平和を守るのもまた人の心である。(SINCE WAR BEGIN IN THE MINDS OF MEN IT IS IN THE MINDS OF MEN THAT DEFENSES OF PEACE MUST BE CONSTRUCTED) 」 戦争といえば武力戦をイメージしがちであるが、その本質は人の心の問題である。エアパワーが形而下のすべてを覆ったように、サイバーパワーは形而上をも包含し、今では直接一人一人の心に訴えかけることができるようになった。
   2010年、世を儚んだ一青年の焼身自殺から始まったアラブの春は、瞬く間にネットを通じてアラブ世界に拡散し、チュニジア、リビア、エジプト、イエメンで政権を崩壊させ、シリアでは今なお内戦が続いている。2012年の韓国大統領選では、北朝鮮のサイバー部隊が約300のSNSアカウントを通じて数多くの書き込みを行い、世論操作を行った7。2016年のアメリカ大統領選では、軍事インテリジェンス会社、また選挙コンサルタント企業として活動していたケンブリッジ・アナリティカがフェイスブック上で8700万人の個人情報を不正に用いてトランプ陣営の有権者の絞り込み等に使い、選挙を有利に進めた8。すでに普段使うディスプレイを介して、民主主義を根底から揺るがし、時には国家の意図に誘導しようとする兵士達と、誰もが直接対峙しているのである。

   そのような中にあって、各国ともサイバー脅威の認識を教育し、それへの対応が可能な人材の育成に努めている。米国では国家安全保障局(NSA)と国土安全保障省(DHS)が協同してCAE-CD(Center of Academic Excellence–Cyber Defense)という大学レベルのサイバー防衛教育プログラムを用意している 。NATOでは多国間サイバー防衛教育訓練プログラムがあり、EUにおけるサイバー教育とも連携しながら、産官学軍交えた議論を行っている10。2007年に約3週間にわたってロシアからと思しき大規模なサイバー攻撃を受け、市民生活を麻痺させられたエストニアでも、義務教育において国防の科目の中でサイバーディフェンスを学ぶ機会がある11

   このような認識を我々はどこまで共有しているだろうか。今年(2018年)1月、小野寺防衛大臣は「防衛計画の大綱の見直し」に関して、「サイバー・宇宙などの新たな領域における活動が死活的に重要になっていることを考え、(中略)こうした新たな領域における本格的な取り組みについても検討課題になる」との認識を示した12。他方で我が国の教育機関では安全保障の内容を取り上げる機会は十分になく、その認識が国民全体の意識に敷衍されるか疑問が残る。サイバー技術はデュアルユーステクノロジーの最たるものである。であるならば民・官にかかわらず広く国民が素養を身につけ、脅威を認識し、人材を育成の上、適所へ登用を図り、学術・産業を振興しながら、ともに脅威に対抗していくような環流を構築していく必要がある。

   サン・テグジュペリはその著「星の王子さま」でこう語っている。「一番大切なことは目に見えない。」 我が国では、普段目の届く個人、企業におけるサイバーセキュリティの議論は行われているものの、目の届きにくい国家レベルの議論が行われることは限られ、またその内容の多くは技術的対策が中心であり、社会的分析はまだまだである。一方で欧米に行くと、安全保障レベルのサイバー関連の議論も活発で、技術者のみならず社会学者、法学者、心理学者がこの分野で活発に討議を繰り広げている。我々は目に見える技術、損失といったものに関心を払っても、目に見えない価値、影響といったものについては十分検討を行ってこなかったように思える。
   安全保障の要諦は、国民の生命・財産の保護のみならず、この国の価値観を守り、後世に伝えていくことにある。それに大きな影響を与えつつあるサイバー領域の防衛は、国の在り方にかかわる核心的要素である。だからこそ多くの国々がサイバーコマンドの創設や昇格にみられるように、この領域を重要視し、この分野にリソースを投じるのであろう。

   諸外国の中には、国内の情報統制を行うとともに、ネット等を介して各国の世論操作等を行う国がある一方で、我が国ではその脅威認識も不十分である。力に対して力を持って対処することを忌避する国にあってはなおさらのこと、社会生活のみならず安全保障も視野に入れ、技術的アプローチのみならず社会的アプローチも分析しながら、包括的な対応をしていかなければならないのではないだろうか。たとえその道程がいかに遠く険しくとも「千里の道も一歩から」始めていかなければならない。

(幹部学校運用教育研究部 未来戦研究所 井手達夫)

(本コラムに示された見解は、幹部学校における研究の一環として発表する執筆者個人のものであり、防衛省、海上自衛隊の見解を表すものではありません。)

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1 古代ギリシャで祭儀に対する不敬で裁判にかけられた娼婦フリュネは、胸元をはだけることで無罪を勝ち取った。
2 REUTERS “Pentagon's Cyber Command gets upgraded status, new leader” 5th May 2018, https://www.reuters.com/article/us-usa-defense-cyber/pentagons-cyber-command-gets-upgraded-status-new-leader-idUSKBN1I52MS, 2018.6.11 参照。
3 DoD News “CYBERCOM to elevate to combatant command“ 4th May 2018, 昨年のペンタゴンでの記者団とのブリーフィングでKenneth P. Rapuano国土防衛局長補佐官は“The elevation of the command raises the stature of the commander to a peer level with other unified combatant command commanders, allowing the CYBERCOM commander to report directly to the secretary of defense〝と言及している。 https://www.army.mil/article/204771/cybercom_to_elevate_to_combatant_command, 2018.6.11 参照。
4 DoD Live “Cybercom becomes DoD’s 10th Unified Combatant Command” 3rd May 2018, http://www.dodlive.mil/2018/05/03/cybercom-to-become-dods-10th-unified-combatant-command/ , 2018.6.11 参照。
5 RTL Futer ”La France va renforcer son arcenal contre la cybercriminalite” 24th Jan 2018, http://www.rtl.fr/actu/futur/comment-la-france-veut-mieux-lutter-contre-la-cybercriminalite-77919647112018年6月14日参照。
6 2016年10月24日ベルギーで行われたNATO NMCDE&Tのワークショップの席上、ドイツ海軍ラルフ中佐の発言。
7 東亜日報「 北朝鮮、対南宣伝扇動で約300のSNSアカウント運営」 2013年10月29日、2018.6.11 参照。
8 BBC NEWS JAPAN「フェイスブックのデータ不正共有疑惑 8700万人に影響」 2018年4月15日、 http://www.bbc.com/japanese/43650517, 2018年6月13日参照。
9 National Security Agency / Central Security Service “National Centers of Academic Excellence in Cyber Defense”, https://www.nsa.gov/resources/educators/centers-academic-excellence/cyber-defense/, 2018年6月13日参照。
10 SIGNAL “Portugal at Forefront of Global Cyber Initiatives” 1st.Oct.2017, http://www.bbc.com/japanese/43650517, 2018年6月13日参照。
11 一般財団法人 国際 IT 財団「IT 教育・IT 人材育成に関する海外調査 2014(英国・エストニア)報告」2015 年 2 月 27 日、https://www.atpress.ne.jp/news/57792、2017 年 8 月 3 日参照。
12 防衛省「防衛大臣記者会見概要」2018年1月23日、http://www.mod.go.jp//j/press/kisha/2018/01/23.html、2018年6月26日参照。