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 戦略研究会

 G7財務相・中央銀行総裁会議について -G7の一体性低下への懸念-

(コラム106 2018/6/6)

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米国による関税措置に対する懸念表明
   2018年6月2日、G7財務相・中央銀行総裁会議が閉幕した。議長声明において、「安全保障を理由として米国により同盟国及び友好国に対し課された関税は開かれた貿易とグローバル経済に対する信頼を損なうものであるとする懸念が表明」され、多くの参加国が米国の一方的な行動に対する否定的な影響を強調する等、米国によって課された追加関税措置に対する懸念が表明された1
   これに対し、トランプ大統領はツイッターに「貿易戦争に負けるわけにはいかない」と書き込んでおり、妥協する姿勢を見せていない。
   今回の異例の議長声明は、米国による鉄鋼・アルミニウムの追加関税措置に対し、各国が反発したものである。同措置は、既に日本、中国等を対象に3月23日に発動されたものであるが、EU、カナダ、メキシコ、韓国は対象外とされていた。今回、米国にとって重要な同盟国であるEU、カナダ等にも追加関税措置が実施されたことで2、安全保障と経済は切り離して扱うというトランプ政権の姿勢が鮮明となった。

トランプ政権の貿易政策における戦略観
   このようなトランプ政権の一方的かつ歴代政権と大きく異なる貿易政策は、どのような戦略観に基づくものなのだろうか。これを明らかにするため、2015年2月にオバマ政権下で発表された『国家安全保障戦略(National Security Strategy: NSS)』(以下、『2015年版NSS』)と2017年12月にトランプ政権下で発表された『国家安全保障戦略』(以下、『2017年版NSS』)を比較する。比較対象は主として、経済について扱った『2015年版NSS』の第3節及び『2017年版NSS』の第2節である3
   それぞれの節の題目は、『2015年版NSS』では「繁栄(Prosperity)」であったのに対し4、『2017年版NSS』では「米国の繁栄の促進(Promote American Prosperity)」とされ、自国の繁栄を追求する立場が強調された5。また、節内の項について見ると、『2015年版NSS』では「グローバルな経済秩序の形成(Shape the Global Economic Order)」との項があり、TPP等の「経済協定が米国に経済的・戦略的な利益を与える」とされているのに対し6、『2017年版NSS』では、「自由で公正で相互互恵的な経済関係の促進(Promote Free, Fair and Reciprocal Economic Relationships)」の項において「2国間貿易及び投資協定を追求する」とされており、多国間経済協定よりも2国間経済協定が優先されることが明示された7
   次に情勢認識であるが、『2015年版NSS』では、「米国経済は世界で最も大きく、開放的で革新的である」とされ8、概ね当時の米国の経済体制が肯定されていたのに対し、『2017年版NSS』では、「数十年にわたり、米国は不公正な貿易慣行が成長することを許してきた」として歴代政権への批判ともとれる表現がなされ、かつ現状に対し否定的な認識が示された9
   また、貿易赤字について、『2015年版NSS』では言及がなされていないのに対し、『2017年版NSS』では、「不公正な貿易慣行を含むいくつかの要因によって米国の貿易赤字は増大した」とされた10

表 1 『2015年版NSS』と『2017年版NSS』の比較
  『2015年版NSS』 『2017年版NSS』
「繁栄」 「アメリカの繁栄の促進」
「グローバルな経済秩序の形成」 「自由で公正で相互互恵的な経済
関係の促進」
経済協定 TPP等多国間協定重視 2国間協定重視
現状認識 米国経済は世界で最も大きく、
開放的で革新的
米国は数十年にわたり不公正な
貿易慣行を許容
貿易赤字 言及無し 不公正な貿易により米国の貿易
赤字が増大

  『2017年版NSS』と『2015年版NSS』等の過去のNSSを比較分析した外交問題評議会(Council on Foreign Relations: CFR)のブート(Max Boot)は、『2017年版NSS』では「貿易についての論述は全体的に否定的である」と評価し、また『2017年版NSS』で「公正で相互互恵的な貿易にコミットする諸国との2国間貿易及び投資協定を追求する」ことが明示されている点についても、その主目的は報復可能な仕組みによって「不公正な貿易慣行」に反撃するためであると述べている11。さらに同氏は、「『2017年版NSS』は国際協力に十分な重要性を与えておらず、その代わりに「米国の主権」を想定される脅威から守ることを強調している」と述べ、このような政策について「トランプ大統領は協力ではなく競争を好み、『2017年版NSS』にはそのような選好が反映されている」と評価した12

G7の一体性低下への懸念
   7財務相・中央銀行総裁会議について、フランスのルメール財務相は「米国が他の参加国と対立し、経済不安定化のリスクを冒している」として、米国が孤立している状況を「G6+1」と表現した13。また、カナダのモルノー財務相は「意見が割れているとの見解は一致している」とし、G7の内部が対立に陥ったことを認めた14
   G7は、自由、民主主義、基本的人権の尊重、法の支配といった普遍的価値を共有する主要先進国のグループとして、国際社会に大きな影響力を持っている。安全保障についても、ロシアによるクリミアの地位変更に対する停止の要求15、中国を念頭に南シナ海における地形の非軍事化の要求16等の声明を発表しており、国際社会のルール構築及び維持に多大な役割を果たしてきた。また、G7財務大臣による共同声明で、「完全で検証可能かつ不可逆的な朝鮮半島における非核化」を目指し、北朝鮮に対する最大の経済圧力をかけるための行動を継続していくことを表明する等17、核・弾道ミサイル開発を継続する北朝鮮に対しても強い姿勢で臨んできた。
   しかし、今回のG7財務相・中央銀行総裁会議では、米国とその他の参加国で意見の一致をみることができなかった。また、トランプ政権が、貿易赤字削減のためには主要な同盟国との関係悪化も顧みず、追加関税等の措置を実施していくことが明らかになったことから、経済と安全保障を切り離して扱っていることも示唆された。
   閉幕後の記者会見で麻生財務相は「米国が世界貿易機関(WTO)のルールに反するような行為をすることで中国を利している」と述べた18。普遍的価値を共有する主要先進国のグループであるG7は、これまで国際社会の平和と安定に大きな役割を果たしてきた。しかしながらG7の一体性の低下は、結果として、中国・ロシア等の力による現状変更を追求する勢力、核・弾道ミサイル開発を継続する北朝鮮等を利する可能性があるため、経済をめぐるG7内部の対立が安全保障にも波及することのないよう、参加国はこれまでと同様に安全保障について結束した姿勢を示すことが重要となるだろう。
   財務相・中央銀行総裁会議では共同声明は発出されず、議論は6月8日に開幕するG7首脳会談に持ち越された。トランプ政権発足後の2017年5月にタオルミーナで実施されたG7首脳会談での共同声明では、「開かれた市場の維持」、「保護主義と闘うコミットメント」が示された19。今回のG7首脳会談でも、参加国が一致して市場の開放、保護主義の否定等に関する声明を発出することができるかが注目される。

(幹部学校企画部企画課国際計画班 高畠太)

(本コラムに示された見解は、幹部学校における研究の一環として発表する執筆者個人のものであり、防衛省、海上自衛隊の見解を表すものではありません。)

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1 『日本経済新聞』2018年6月3日; G7 2018 Charlevoix, “Chair’s Summary: G7 Finance Ministers and Central Bank Governors’ Meeting,” June 2, 2018,
https://g7.gc.ca/en/g7-presidency/themes/investing-growth-works-everyone/g7-ministerial-meeting/chairs-summary-g7-finance-ministers-central-bank-governors.
2 『毎日新聞』2018年6月1日。
3 『2015年版NSS』では、序章に番号を割り当てているため、経済関連の節が第3節となっている一方、『2017年版NSS』では序章に番号が割り当てられていないため、第2節となっている。
4 The White House, National Security Strategy, February 2015, p. 15.
5 The White House, National Security Strategy, December 2017, p. 17.
6 The White House, National Security Strategy, February 2015, pp. 16-17.
7 The White House, National Security Strategy, December 2017, pp. 19-20.
8 The White House, National Security Strategy, February 2015, p. 15.
9 The White House, National Security Strategy, December 2017, p. 19.
10 The White House, National Security Strategy, December 2017, p. 17.
11 Max boot, “Trump Security Strategy a Study in Contrasts,” Council on Foreign Relations, December 18, 2017, https://www.cfr.org/expert-brief/trump-security-strategy-study-contrasts.
12 Ibid.
13 “U.S. Isolated at G7 Meeting over Tariffs: French Minister,” Reuter, June 2, 2018,
https://www.reuters.com/article/us-g7-summit-finance-lemaire/u-s-isolated-at-g7-meeting-over-tariffs-french-minister-idUSKCN1IX5EI.
14 『毎日新聞』2018年6月3日。
15 「ウクライナに関するG7首脳声明」外務省、2014年3月12日。
16 「G7タオルミーナ首脳コミュニケ」外務省、2017年5月27日。
17 「北朝鮮に関するG7財務大臣共同声明」財務省、2018年4月18日。
18 『日本経済新聞』2018年6月3日。
19 「G7タオルミーナ首脳コミュニケ」外務省、2017年5月27日。