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 戦略研究会

 防衛駐在官の見た中国(その30) -THAADの韓国配備-

(コラム080 2016/07/13)

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米軍THAADの韓国への配備決定と中国の反発

   7月8日、韓国国防省と在韓米軍は、米最新鋭ミサイル防衛システム「THAAD」の在韓米軍への配備を正式に決定したと発表した。この発表に際し、ブルックス(Vincent K. Brooks)米韓連合軍司令官兼在韓米軍司令官(陸軍大将)は、今回の配備決定を「開発を続ける北朝鮮の弾道ミサイル及び大量破壊兵器に対して米韓同盟のミサイル防衛体制を強化させるための措置」であるとしている1

   THAADとは、「ターミナル段階高高度地域防衛システム(Terminal High Altitude Area Defense System)」の略称であり、一般に「サード・システム」と呼ばれている。
   これは弾道ミサイル攻撃に対応するための防衛システムの一つであり、発射された敵の弾道ミサイルが、その飛行過程の最終(ターミナル)段階、大気圏に再突入した段階において、迎撃・撃破するために開発された、迎撃用ミサイル、ミサイル発射装置及び飛来する敵弾道ミサイルを探知・追跡するための早期警戒レーダー(Xバンドレーダー)並びに関連の情報処理システム等によって構成されたシステムの総称である。同様な防衛システムには航空自衛隊が運用しているペトリオットPAC-3システムがある。システムが比較的小規模であり、展開が容易である一方で射程が短いPAC-3 に比較して、THAADは、より高高度で敵の弾道ミサイルを迎撃することを目指して開発されたものである。

   これに対して中国外交部報道官は記者の問いに答える形で、「THAADの韓国への配備は、朝鮮半島の平和と安定の維持に不利であり、問題解決のための対話や協議等の努力に反するもので、中国を含む地域諸国の戦略的安全保障の利益と地域の戦略バランスを損なうものであるとして、『強烈な不満と断固とした反対(强烈不满和坚决反对)』を宣言する」と述べて強く反発している2
   また、同日8日に、中国国防部報道官は、外交部報道官の「強烈な不満と断固とした反対」を繰り返すとともに、「国家戦略上の安全と地域の戦略的バランスを考慮し必要な措置を講ずる考え」であるとの報道官談話を発表した3


弾道ミサイル迎撃システムは中国の安全保障を損なうのか

   中国外交部の報道官は地域諸国の戦略的安全保障の利益を損なうと述べているが、弾道ミサイル開発をはじめとする近年の北朝鮮の動向が、国際社会への明らかな挑戦であることは、中国が常任理事国を務める国連安保理事会において何度も決議され確認されていることである。特に、我が国や韓国など最前線に位置する国々にとって北朝鮮のミサイル開発に対する防衛システムの欠如こそ、安全保障を損なうものであることは明らかである。

   また、当該報道官は、THAADの配備が、地域の戦略バランスを損なうとも述べているが、THAADの配備によって運用されるミサイルは、図1によれば、射程はわずか200kmであり、何ら中国の国防に影響するものではなく、損なわれる戦略バランスが何を示しているのかは、報道官の言葉だけでは不明確である。

図1 THAADミサイル等の射程
(The Heritage Foundationより)

   それどころか、当該ミサイルは敵から発射され、我に向かって超音速で飛翔している弾道ミサイルを、図2によれば、、国民や国土に甚大な被害がもたらされる前に飛翔中に迎撃することが目的であり、敵弾道ミサイルの発射源や基地の破壊を目指すものではなく、能動的に敵地を攻撃する兵器ではない。つまり、THAADの迎撃ミサイルが中国の安全保障を損なうとの中国の指摘に容易に首肯することは我々にはできない。

図2 THAADミサイルの射程
(朝日新聞、28年7月9日より)

中国がこれほどまでにTHAADに拘る理由

   それでは、なぜ中国が地域の戦略バランスを損なうとしてこれほどまでにTHAAD配備に反対しているのだろうか。
   その理由は、THAADの一部を構成する早期警戒レーダーに起因していると思われる。それが図3によれば、報道されているレーダーの探知範囲(600〜800km程度)が中国大陸の沿岸部に及んでいることにあるのだろう。

図3 THAADレーダーの探知範囲
(ハンギョレ新聞(韓国)、28年7月5日より)

   つまり、中国は、中国自身が自国の防衛のために自国の沿岸部に配備している弾道ミサイル等の発射、飛翔がTHAADのレーダーに探知されることを懸念しているということなのかもしれない。2015年にRAND研究所が発表した報告(The U.S.-China Military Scorecard; Forces, Geography, and the Evolving Balance of Power, 1996-2017)4では、DF-11、DF-15と呼ばれる台湾や朝鮮半島を射程に収める人民解放軍の短射程弾道ミサイルが、2010年には1000発を超え、2017年には1200発程度に達するものと見積もられている(図4および図5参照)。
   

図4 中国の弾道ミサイルと巡航ミサイル
(The U.S.-China Military Scorecard, p.48より)

図5 西太平洋地域に対する中国の弾道ミサイルの脅威
(The U.S.-China Military Scorecard, p.51より)

   したがって、THAADが戦略バランスを損なうとの中国の主張は、THAADの探知能力が中国の弾道ミサイル能力に指向していると「中国が考え」、その結果、中国の弾道ミサイルの影響力が削減されることになると「中国が懸念している」ものと見るのが妥当である。しかし、そうした懸念には、中国が周辺国に対して弾道ミサイル等による攻撃を企図しない限り杞憂なものであるということが欠落している。こうした中国の思考過程を我々は見逃してはならない。


中国国内世論を対米脅威認識に誘導

   かつて海上自衛隊がはじめてイージス艦の導入を決定した頃、またインド洋における補給支援活動にイージス艦の活用が取りざたされ始めた頃、我が国の世論の一部にイージス艦に対する大きな誤解があった。
   それはイージス艦を「最強の水上艦艇、軍艦」と称するところに起因していた。しかし、イージス艦の持つ「イージス・システム」の最大の特徴は、我の艦艇部隊や商船隊を攻撃するために飛んでくる多数の戦闘機や攻撃機、ミサイル(これらを総称して「経空脅威」と言う)を早期に探知し、我の被害を最小限とするために対空ミサイルや艦砲を用いてそれら経空脅威を撃破することにあり、「イージス・システム」は受動的、防御的装備であった。イージス(盾)とは、その名の通り、降りかかってくる大量の矢(経空脅威)から我と仲間を守る「盾」という意味であり、「最強の攻撃力」ではない。「最強の防御力」と呼ぶ方が正確なのである。

   その意味で、THAADも、ペトリオットPAC-3システムもイージス艦もそれらの存在のみでは何ら能動的な攻撃的能力はなく、我に攻撃意図を有していないものには何ら脅威とはなりえない代物であることは、縷々述べてきたとおりである。

   中国国内では、THAADの探知範囲とミサイル迎撃能力のみが喧伝され、それをもって中国への脅威が生じるかのように報じられているように見える。
   例えば、中国共産党機関紙の中でも対日・対米強硬論を代表しているとみられる「環球時報」5では、外交部及び国防部の声明を受けて、THAADの概要について紹介する記事を報じている。当該記事では、飛来する敵ミサイル撃墜能力を繰り返し「殺傷力」と表現して攻撃性・侵略性を強調している6。さらに、当該記事と同時に、韓国へのTHAAD配備に対して中国がとるべき5つ措置を以下のとおり提言するとして社説を掲載している7
   ①韓国に対する経済制裁、②THAAD推進派韓国政治家及び関係企業への制裁、③THAADに対する技術的妨害、戦略ミサイルによるTHAAD照準等を含む人民解放軍による研究、④対北朝鮮制裁の見直し、⑤THAAD対策のための中ロ協力の可能性検討。
   この中でも、③項目に記された、「THAADを戦略ミサイルによって照準せよ」との提言は、「THAADの運用開始を阻止するために先制攻撃せよ」との中国共産党強硬派の意図を代弁しているとみられても不思議でない。

   これらは、中国の有識者と呼ばれる人々や報道関係者が、THAADシステムを理解していないか、あるいは理解していないふりをして、中国国内世論に実態とは異なるTHAADに対する認識を誘導している証左であるとも言える。こうした報道によって、中国の一般市民の多くは、THAADミサイルの配備によって、中国に対するミサイル攻撃の脅威が増えるものとの誤った理解を深めていく可能性が容易に想像できる。

   蛇足ではあるが、THAAD(サード)を中国では「薩徳(sa-de)」と言う字を当てている。中国語で「薩徳」と言えば、「サディズム」の由来となった仏革命期の小説家マルキド・サド(Marquis de Sade)であり、THAADに対する中国の見方を示す象徴的な表現であるとも言えよう。
   

情報収集に励む一方、監視されることに慣れていない中国

   今回のTHAADの対象は北朝鮮から発射・飛来する弾道ミサイルであるにもかかわらず、このような受動的な在韓米軍の警戒監視体制が、中国に対して挑戦的、挑発的な行為であると中国は捉え、中国国内および国外に向けて喧伝している。
   そうであるならば、例えば、今年1月から2月にかけて、対馬海峡、津軽海峡、大隅海峡を通過する等、日本列島近傍を一周し、その上、4日間もの間、東京から目と鼻の先にある房総半島沖を往復航行していた中国海軍の情報収集艦「ドンデイアオ854」8の行為を我が国はどのように受け止めるべきなのだろう。

   ちなみに、「ドンディアオ」級とは「東調」の中国語読みであり、海艦隊に所属する情報収集艦(調査船)に付与された艦名(東 + 調 = 東調)である。中国海軍は同艦種を「情報収集艦」としているが、筆者が中国在勤中に訪問した「ドンディアオ」級情報収集艦を建造している滬東造船所(上海)には、本部ビルの展示ホールに当該艦艇の模型が「電子偵察船」として自慢げに飾られていたことを鮮明に覚えている9

(統合幕僚監部ホームページより)

まとめに代えて

   外交ルートや国防当局間の対話を通じた相互理解が重要であることは言うまでもない。一方で、世論や市民の動きが世界の歴史を大きく動かしてきたことを顧みれば、一般市民の大きな誤解は国際関係の潜在的火種となりかねないことも歴史的事実である。したがって、現代の国際社会ではあらゆる場面において、適切なコミュニケーションのための努力が求められている。

   ストラテジック・コミュニケーションが、幹部学校戦略研究会(SSG)の主要関心領域の一つである所以である。

(戦略研究室長 山本 勝也)

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1 USFK“ROK-U.S. Alliance agrees to deploy THAAD”
http://www.usfk.mil/Media/Press-Releases/Article/831166/rok-us-alliance-agrees-to-deploy-thaad/, Accessed on July 8, 2016.
2 中国外交部「2016年7月8日外交部发言人洪磊主持例行记者会
3 中国国防部「国防部新闻发言人杨宇军就美韩决定部署“萨德”反导系统发表谈话(国防部報道官米韓によるTHAAD反ミサイルシステム配備についての談話を発表)」
http://www.mod.gov.cn/topnews/2016-07/08/content_4691051.htm、2016年7月8日アクセス。
4 Eric Heginbotham, The U.S.-China Military Scorecard; Forces, Geography, and the Evolving Balance of Power, 1996-2017, RAND Corporation,2015.
5 環球時報:中国共産党機関紙「人民日報」社が発行する新聞の一つ。
6 环球网「韩美决定部署萨德系统 外交部:严重损害中国战略安全利益(韓米がTHAAD配備を決定 外交部『中国の戦略的安全保障利益を著しく損害する』)」
http://world.huanqiu.com/exclusive/2016-07/9142822_2.html、2016年7月10日アクセス。
7 环球网「社评:反制萨德,建议国家采取五项行动(社説:THAADに反対するため、国家が取るべき5つの行動を建議する)」
http://opinion.huanqiu.com/editorial/2016-07/9145199.html、2016年7月10日アクセス。
8 統合幕僚監部「(お知らせ)中国海軍艦艇の動向について」
http://www.mod.go.jp/js/Press/press2016/press_pdf/p20160217_02.pdf、2016年7月8日アクセス。
9 「ドンディアオ」級情報収集艦が「電子偵察船」であることは、滬東造船所の母体である「沪东中华造船(集团)有限公司」のHPからも確認することができる。
http://hz-shipgroup.cssc.net.cn/component_product_center/news_more_pic1.php、2016年7月8日アクセス。


 本コラムに示された見解は、幹部学校における研究の一環として発表する執筆者個人のものであり、防衛省または海上自衛隊の見解を表すものではありません。