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 戦略研究会

 防衛駐在官の見た中国(その23)
-中国軍の30万人削減宣言-

(コラム072 2015/10/09)

   このコラムは、筆者が在中国日本国大使館防衛駐在官在勤中に得た経験にもとづいた筆者個人の雑感をご紹介するものです。読者の皆様が、我が国の防衛・安全保障を考える上で、幾ばくかの参考となれば幸いです。

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   9月3日に北京で行われた軍事パレード「中国人民抗日戦争及び世界反ファシズム戦争勝利70周年記念式典」における演説において、習近平(XI JingPing)主席は、中国が軍人の数をを30万人削減すると宣言した1

   30万人の削減とは自衛隊と海上保安庁を合わせた人数を超えるものであり、それが事実であれば、北東アジアから日本の防衛力を上回る兵員数が削減されることとなる。

   習主席の宣言について、軍事パレード終了後に行われた中国国防部の記者会見2において国防部報道官は、「軍備管理及び軍縮を積極的に推進することで責任ある態度を示すものであり、2017年末までに30万人を削減して総勢200万人の軍隊にすることを決定」したと説明すると同時に、その削減は「資源の集中、情報化建設の加速、質的向上に要するもの」であり、その内容は「老朽装備・部隊の削減と非戦闘部門の機構及び人員の簡略化」によるものとも述べている。

   国防部報道官の説明は、2013年11月に行われた中国共産党第18期中央委員会第3回全体会議(3中全会)で決議されたコミュニケ3の記述「軍隊の規模と構造を向上させ、軍種・兵種の比率、将校と兵との比率、部隊と機関の比率を調整し、非戦闘分野の機関と人員を減少させる」から大きな変化はなく、人員削減の具体的な中身については明らかにされていない。

海空軍兵力は軍拡

   習主席の宣言及び国防部報道官の説明を受け、中国軍備管理軍縮協会理事4である徐光裕(XU GuangYu)少将5は次のように述べている6

   2013年版国防白書によれば、人民解放軍現役部隊総兵力230万人のうち、空軍は39.8万人、海軍はわずか23.5万人であり、第2砲兵を陸軍兵力に含めた場合、人民解放軍の陸海空3軍の比率は72:11:17となる。これに対して米軍の比率は4:3:3である。
   これは解放軍の歴史に起因するものであり、中国軍は陸軍が主力であり、海空軍の地位は陸軍と対等ではなく、今もなお7つの大軍区司令員は陸軍将軍一色である。
   1990年代以降、情報化戦争の主戦場は海空軍であり、中国は強大な海空軍力と先進的な作戦理念を持つ潜在敵の南東方向からの脅威に直面している。海空軍を陸軍の付属とみる旧態依然の「大陸軍主義」は満州族支配による清朝政府と同様に世界の潮流に反している。
   巨大な国土と人口を有し、10数カ国と陸上国境を接する中国では、陸海空兵力の比率は5:2.5:2.5が合理的である。これに照らせば総兵力200万のうち、陸軍(第2砲兵を含む)は100万人、海空軍はそれぞれ50万人となる。」

   徐理事の発言が中国国内の主流であるとすれば、海軍及び空軍兵力は軍縮ではなく軍拡を目指すことになる

   また、2013年版国防白書の時点において既に陸軍機動作戦部隊は85万人とされていることを考えると、30万人の削減が意味する国際社会、とりわけ周辺諸国への軍事的影響はそれほど期待できるものではないことが読み取れる。

   その上、徐理事は、「老朽装備の部隊や削減された人員の転出先の一つは武警部隊である。武警部隊を平時には国土警戒を、戦時には正規部隊の補完を任務とする国民警衛隊に転換する可能性もある」とも述べている。
   旧式装備とはいえ戦闘力を有する部隊や人員が武警等に移管されて予備兵力として残ることになれば、少なくとも現状の軍事バランスを変化させるものとはなり得ず、軍縮は単なる言葉遊びに過ぎないと言えなくもない。

   それでは具体的にはどのような分野が削減されることになるのだろうか。

   広く我々が思い描く軍縮と、中国国内で現在議論され取りざたされているものとはやや様子が異なるようである。

削減対象は非戦闘分野

   徐光裕理事は、旧式装備の部隊とともに削減されるべき非戦闘分野について続き次のように述べている。

   「文工団と体工大隊が先ず削減の対象となる。調整の後、もし部隊が文芸や体育分野の必要性を要求するなら、それらは社会サービスから得ることができるので、文芸・体育の専門従事者を(人民解放軍が)養っておく必要はない。」

   部隊が娯楽を必要とする場合、その都度民間を活用すればよいので、軍隊内の文化芸能組織は真っ先に削減すべきという意味であり、日本人としての今日的かつ常識的な感覚からすれば至極当然の結論であるように見える。

   体工大隊とは体育工作大隊であり、簡単に言えば自衛隊体育学校を更にプロフェッショナルなのものとした部隊である7
   一方、文工団とは文芸工作団であり、歌唱や舞踊、演劇等多様な文芸宣伝活動により将兵の士気を鼓舞して軍隊を統治し、住民を啓発するために人民解放軍の建軍初期から続く伝統ある部隊の一つである。

   人民解放軍には、総政治部8、海軍・空軍・第2砲兵等軍種の政治部、及び各大軍区にそれぞれ文工団が設置されている9。その中でも総政治部歌舞団は習近平主席の夫人である彭麗媛(PENG LiYuan)が団長(少将相当)を務めたこともあり国際的にも有名である。

   これら文工団は離島や国境警備等の辺境地域で勤務する将兵に対する慰問イベントを行っており、そうした活動はCCTV(中国中央テレビ)をはじめとする全国各地のテレビ局から報じられている。
   2004年版国防白書では、「人民解放軍は思想文化の建設を重視し、(中略)毎年、2800種類あまりの図書や音響・映像作品を制作・出版している。各部隊は豊富で多彩な兵営生活文化活動を展開して兵営の全面的建設と戦闘力の向上を促している」10と記述されているとおり、これまで重視しされてきた重要な人民解放軍の構成部分である。

防衛駐在官が見た文工団

   筆者の文工団との出会いは、国防大学に留学11した際のことである。
   クラスメイトの一人であった空軍上級大佐が修了式を翌日に控えた前夜に学生主催の謝恩会のアトラクションとして空軍の文工団メンバーを招いたことがはじめてであった。

   その夜の空軍文工団のパフォーマンスは長時間かつ多岐にわたった。中国漫才、影絵、変面、奇術、雑技(アクロバット)といった中国の伝統芸能は勿論のこと、オペラを歌い上げる男性歌手、生バンドをバックに欧米ポップスや日本の歌謡曲を歌う女性歌手、更にはそれら楽曲や民俗音楽に合わせて肌も露わな薄手の衣装で妖艶な踊りを舞うダンサーなど、様々なパフォーマンスが繰り広げられた。文工団には離島や辺境の地で任務に就いている若い将兵を慰めるための必要な全てが揃っていると我々留学生は理解した。

   筆者が防衛駐在官として勤務した3年強の間においても、人民解放軍の各種記念行事や武官団研修等で訪問する各部隊において文工団のパフォーマンスは、たびたび繰り広げられ、同様な光景に何度も遭遇した。また、中国の紅白歌合戦と呼ばれる春節(旧正月)前夜の年越し番組や北京五輪開、閉会式イベントなどでも主要な役割を演じているのを目にした。

   そのほか、これらの文工団はテレビドラマや映画製作にも携わっている。ドラマや映画の内容はいわゆる抗日戦争や国共内戦といった「歴史モノ」のみならず、基地の医務室や駐屯地食堂を舞台としたコメデイタッチの舞台劇や前線部隊将兵の根性・青春ドラマ、部隊指揮官の苦悩を描いたものなど多岐に及んでいる。
   人民解放軍(政治部)が指導し、現役の軍人である俳優たちが演じるそうしたドラマは、筆者のように中国事情や人民解放軍に関心を持つ者にとっては極めて有用なものであった。

   特に、2009年に中国海軍創設60周年を記念して放送された連続テレビドラマ「旗艦(Qijian)」12は筆者が強く勧めたこともあって当時海軍武官団13の中で評判となった番組である。このドラマは一人の海軍将校が士官候補生から最新鋭駆逐艦の艦長に成長するまでを描いており中国版「愛と青春の旅立ち」、あるいは「ホーンブロワー」と言えるものである。艦長の補職選考を含む海軍における人事、指揮官と政治委員との人間関係、現場指揮官の独断専行、海軍と海上法執行機関との関係、安全意識など、中国人や人民解放軍の常識や価値観に裏打ちされたストーリーや俳優たちの仕草は、演出や脚色があるとはいえ、実際の人民解放軍の姿に近いものを映し出していた。

(CCTVCOMより)

まとめに代えて

   今回の自衛隊と海上保安庁を合わせた人数よりも多い30万人の削減が、海空軍をはじめとする正面戦力の縮小を意味しないのであれば、それが周辺国や国際社会に与える影響は限定的にならざるを得ないだろう。
   文工団は人民解放軍のソフトパワーであり、中国の文化外交に貢献してきた例もある14。周辺国からすればサンゴ礁の埋め立てや艦艇建造に軍事予算こそ削減して文化活動を含む防衛交流に注力してくれることを歓迎したい。

   一方、人民解放軍が中国共産党の軍隊であるための政治的思想的根幹を醸成する重要なツールである文工団等が削減の主対象であるとすれば、それが人民解放軍のアイデンティティに与える影響は大きいと言えるのかもしれない。
   そうであるならば、習主席が天安門広場で削減を宣言した真の対象は国際社会ではなく人民解放軍であり中国共産党であるのかもしれない。

   しかし共産党による指導が国是である中華人民共和国からするとそれを正解とするにはやや疑問が残る。政治工作の重要な部分であるこうした組織は、制度上たとえ人民解放軍から分離されたとしても、中央軍事委員会や総政治部の実効的支配から離れることはないだろう15
   もしかすると近い将来、2017年以降、人民解放軍正規部隊、予備役部隊、人民武装警察部隊及び民兵に続く「第5の武装力量」として文工団などのソフトパワーが国防法16に記載されているかもしれない。

(幹部学校 山本 勝也) 

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1 中国网「习近平在纪念中国人民抗日战争暨世界反法西斯战争胜利70周年大会发表重要讲话中国人民抗日戦争・世界反ファシズム戦争勝利70周年大会を記念して重要講話を発表した)」http://www.81.cn/201593dyb/2015-09/03/content_6663115.htm、2015年9月5日アクセス。
2 新华网「国防部举行新闻发布会详解阅兵和裁军等问题(国防部が記者会見を行い軍事パレード及び軍縮等の問題について詳細に解説)」
http://news.xinhuanet.com/2015-09/03/c_1116457865.htm、2015年9月10日アクセス。
3 新华网「授权发布:中共中央关于全面深化改革若干重大问题的决定授権発布:中京中央は全面深化改革について若干の重大問題に関する決定)」
http://news.xinhuanet.com/politics/2013-11/15/c_118164235.htm、2015年9月10日アクセス。
4 中国军控与裁军协会(中国軍備管理軍縮協会)http://www.cacda.org.cn/
5徐光裕:総参謀部某部副部長や人民解放軍防化学院副院長等を歴任した後、現役を退いている。
6 环球网「少将谈裁军:武警或变国民警卫队 不再有文工团(少将が軍縮を語る、武警派国民警衛隊に改編し、文工団は不要)」
http://china.huanqiu.com/article/2015-09/7418725.html、2015年9月14日アクセス。 7八一体育工作大隊:総政治部宣伝部に属する部隊(師団レベル)。部隊における体育活動の促進、プロスポーツ選手の養成を目的としている部隊。バスケットボール、バレーボール、陸上競技、重量挙げ、体操、ビーチバレー、水泳等のチームを擁する。
 八一体育運動大隊:総参謀部軍訓部に属する部隊(師団レベル)。射撃、近代五種、トライアスロンチームなどを編成して国際競技会での活躍を目的としている部隊。
8総政治部には少なくとも4つの文工団が存在する。歌舞団:大規模な歌舞に従事する部隊。話劇団:軍隊モノ・歴史モノ・現代モノ等の新劇に従事する部隊。歌劇団:オペラに従事する部隊。軍楽団:陸上自衛隊中央音楽隊に相当する部隊。
そのほか、総政治部の傘下には八一電影制片廠(映画製作スタジオ)、解放軍電視宣伝中心(テレビ放送センター)などがある。
9人民解放軍のほかにも、武装警察部隊や地方政府、国有大企業等にも文工団を有する組織がある。
102004年中国国防白書(中国の特色ある軍事改革)
http://www.mod.gov.cn/affair/2011-01/06/content_4249947_3.htm、2015年9月10日アクセス。
11 コラム007「人民解放軍国防大学への留学」参照
12 CCTVCOMテレビドラマ「旗艦」
http://dianshiju.cntv.cn/2012/12/17/VIDA1355687902001465.shtmlで全編を視聴することができる。
13コラム008「北京駐在武官団は小さな国連である」参照
14中国網「『木蘭詩篇』の日本公演で主演した雷佳さん(写真集)」では、彭麗媛団長とともに総政治部歌舞団が2009年11月に東京等で公演を実施したことを紹介している。
http://japanese.china.org.cn/ent/2009-12/31/content_19164490.htm、2015年9月14日アクセス。
15中国最大の武器製造企業「中国北方工業公司(NOLINCO)」の前身は兵器廠であり、中国有数の石油会社「ペトロチャイナ」を傘下に置く「中国石油天然気集団(CNPC)」は石油工程第一師団を前身とするなど、人民解放軍の部隊や機関を起源とする有力企業は多い。
16中華人民共和国国防法第22条:中華人民共和国の武装力量(armed forces)は人民解放軍現役部隊、予備役部隊、人民武装警察部隊、民兵によって組織される。


 本コラムに示された見解は、幹部学校における研究の一環として発表する執筆者個人のものであり、防衛省または海上自衛隊の見解を表すものではありません。