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 戦略研究会

 防衛駐在官の見た中国(その14)
 -海軍政治委員-

(コラム058 2015/01/30)

   このコラムは、筆者が在中国日本国大使館防衛駐在官として在勤中に得た経験をもとに中国に関する筆者個人の雑感をご紹介するものです。読者の皆様が、我が国の防衛・安全保障を考える上で、幾ばくかの参考となれば幸いです。

執筆者・山本勝也の過去投稿記事一覧

目 次
海軍政治委員
前海軍政委と劉華清
前海軍政委と胡耀邦
陸軍からパラシュート降下してきた新任海軍政委
習近平と新任海軍政委
まとめ

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   平成26年(2014年)12月末に人民解放軍高官の人事異動が行われたとの報道があり、海軍政治委員が交代したことが明らかになった。

海軍政治委員

  人民解放軍には自衛隊や欧米諸国の軍隊には見られない独特の指揮・指導に対する考え方とそれに基づく仕組みがあり、その代表的な例が政治委員制度である。すなわち、作戦指揮を主管する司令員と政治工作や人事を主管する政治委員の二人の指導者により指揮・指導される仕組みであり、これこそ「党の軍隊」を具現する意思決定メカニズムの骨幹であると言える 1

   特に人民解放軍を党としての側面から見た場合、部隊に所属する共産党員の代表で構成される党委員会が部隊における最高指導組織である。一般的には部隊党委員会のトップである書記を部隊政治委員が務める2ことからその権力の大きさを窺い知ることができる。

前海軍政委と劉華清

   今回、海軍政治委員の職を退いた劉暁江(LIU XiaoJiang)海軍上将は、国共内戦当時の共産党の部隊を率いた将軍3の子息(いわゆる「太子党」)であるとともに、「中国海軍の父」と呼ばれる劉華清(LIU HuaQing)将軍4から直接薫陶を受けた海軍軍人である。

   1970年に鉄道兵として人民解放軍に入隊した劉暁江上将は、副総参謀長であった劉華清将軍の秘書や海軍司令部及び総政治部での勤務を経て、海軍政治部5副主任、海軍副政治委員を歴任した後、2008年12月に海軍政治委員を就任し、呉勝利(WU ShengLi)海軍司令員(海軍上将)と二人三脚で中国海軍の近代化・発展を推し進めてきた海軍の指導者である。

   今回の人事異動において、海軍政治委員としての年齢の上限6が65歳であることを考えると、当該年齢に達した劉暁江上将がその職を辞して退役することは、定期的な人事異動の一環であると見ることが可能である7

前海軍政委と胡耀邦

   筆者は、北京在勤中に幾度か劉暁江上将と親しく話をする機会に恵まれた。その中でも劉暁江夫妻と初めて会った時のことは、今なお鮮明に覚えている出来事の一つである。
   平成22年(2010年)4月、中国海軍司令部近傍のホテルで開かれた中国海軍成立記念日レセプションの席上、当時海軍武官団長を務めていた筆者と妻は劉海軍政治委員夫妻と同じテーブルを指定された。会場に姿を見せた劉夫人は、筆者がそれまでに見た人民解放軍高級将官の夫人には感じられなかった独特なオーラを身に帯びていた。

   従来の中華人民共和国の指導者の夫人と言えば素朴で質素な女性であり、夫婦同伴で社交の場に出ることは少なく、出てきても控えめなイメージがあった8。しかし、当時の劉夫人は、劉上将に寄り添うばかりでなく、列席する多くの中国海軍の将佐官に自ら親しく話しかけ、また多くの海軍将校も彼女を慕っている雰囲気がうかがえた。その上、スマートで品格のある身のこなしと流暢な英語を操り、ゲストである我々を和ませる立ち居振る舞いは、中国の歴史と伝統を兼ね備えた貴婦人そのものであった。

   さらに筆者を驚かせたことは、列席の中国側参加者の中で唯一人、彼女のみが呉勝利海軍司令員と全く対等な友人として談笑していたこと、少なくともその光景を間近に見た筆者を含む一部の各国武官にはそのように感じ取れたことである。

   劉暁江上将の夫人である李恒(LI Heng)女史は、中国医学界や実業界で活躍する著名な女性であるばかりか、胡耀邦(HU YaoBang)元総書記9の愛娘として中国国内では有名な女性でもある。

陸軍からパラシュート降下してきた新任海軍政委 >>

(山本 勝也) 

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1政治委員:コラム025「中国共産党と人民解放軍」参照
2作戦指揮上のトップである司令員や艦長は副書記であることが多い。
3劉暁江上将の父(劉海浜)は、国共内戦中に習近平主席の父(習仲勲)の部下であったと言われている。
4劉華清副総参謀長:コラム055「中国近代海軍の父 劉華清将軍」参照。
5海軍政治部:海軍における政治工作、高級将校の人事等を所掌し、海軍司令部(作戦、情報、訓練等を所掌)、海軍装備部(艦艇・航空機等装備を所掌)、海軍後勤部(基地管理・建設、輸送、衛生等後方支援を所掌)とともに、海軍総部(中国海軍の最高指導機構)を構成する機関。海軍司令員及び海軍政治委員は海軍総部の長であり、海軍司令部及び海軍政治部の長はそれぞれ海軍参謀長、海軍政治部主任である。
6「中華人民共和国現役軍官法(修正)」第14条。  中華人民共和国中央人民政府HP(http://www.gov.cn/banshi/gm/content_63511.htm)、2015年1月23日アクセス。
   海軍政治委員は、副総参謀長、総政治部副主任、総後勤部部長、総装備部部長、海・空軍司令員等と同様に「正軍区職(上将又は中将が配置される職)」に位置付けられている。
   呉勝利海軍司令員(69歳)は、中央軍事委員会のメンバーであるため第14条には該当しない。中央軍事委員会メンバーの上限年齢に明文化されたものはないが、就任時の上限年齢が67歳と言われている。
7 一方、劉暁江上将の子息の妻及びその父が周永康(ZHOU YongKan)元中央政治局常務委員の汚職事案に関連しているとの報道もある。
8そのような意味において、習近平主席の夫人である彭麗媛(PENG LiYuan)は新しい時代の中国のファーストレディであると言える。
9胡耀邦総書記:文化大革命終了後、鄧小平(DENG XiaoPing)の下で趙紫陽(ZHAO ZiYang)首相等とともに改革開放政策を進めた中国共産党の指導者。胡耀邦氏の死去が天安門事件(1989年)の引き金になったと言われる。人民解放軍をはじめ中国各界には今なお胡耀邦氏を慕う人々が多数存在している。
   なお、李恒女史は母方の姓を名乗っている。


 本コラムに示された見解は、研究の一環として発表する執筆者個人のものであり、防衛省または海上自衛隊の見解を表すものではありません。