海上自衛隊幹部学校

交通案内 | リンク | サイトマップ | English

HOME / 戦略研究会 / トピックス・コラム / コラム057

 戦略研究会

 【解説】「中国の南シナ海に対する主張に関する米国国務省報告書」
Office of Oceans and Public Affairs, Bureau of Oceans and International Environment and Scientific Affairs, United State Department of States, China, Maritime Claims in the South China Sea, Limits in the Seas, No.143 (5 December, 2014), 25pp.

(コラム057 2015/1/14)

<< 1 本報告書の趣旨及び目的
<< 2 本 論

3 若干の批評と今後の法的検討への含意
   本報告書における海洋法の理論的枠組みについては、本報告書の関連する部分の記述(第3章(2)節)は、条文の確認と教科書的な内容の域にとどまっている観があり、特に注目すべきものではない。また、本報告書においては、南シナ海における中国及びその他の沿岸国による領有権にかかわる個々の主張の妥当性についての判断は慎重に回避されている(p.10, n.25.)。本報告書においても後に検討されているように、中国が主張しているのは主として九段線の内側に所在する陸地に対する主権であり、それらが島であるのかまたは岩に過ぎないのかによってはそれらに付随して中国が権利を行使できる海域が異なる。よって、報告書が南シナ海に所在する陸地がUNCLOS第121条に鑑みて島または岩の何れであるのかについての判断を敢えて留保している(p.4, n.13.)点が一層惜しまれるのである。そして、この点は南沙諸島(Spratly Islands)に対する中国の領有権主張との連関において一層重要である。南沙諸島は、島のほかに多数の岩、礁(reefs)及び低潮高地(law-tide elevations)から構成されるが、中国は、南沙諸島において低潮高地を占拠しそこに建築物を構築して、それがあたかも島と同様であるかの如き領有権の主張を行っているのである14。このような中国の主張は海洋法に鑑み相当に無理があり、また、そのことを中国も十分に認識していることから、「歴史的」水域や「歴史的」権原という法的に不明瞭な説明を行っているものと思料される15。ちなみに、沿岸国はEEZにおける人工島等ついて領海を主張することはできず、単に500メートル以内の安全水域(safety zones)を設定できるにとどまる(UNCLOS第60条第5項)。
   低潮高地とは、自然に形成された陸地であって、低潮時には水に囲まれて水面上にあるが高潮時には水中に没するものをいう(UNCLOS第13条)。UNCLOSには低潮高地の領有または帰属に関する規定は見られないが、国際判例においては以下に引用するような判断が国際司法裁判所(International Court of Justice: 以下「ICJ」)により示されている。まず、カタールとバーレーンとの間で領海の画定に関連して、両国が主張する領海が重複している海域に所在する低潮高地の帰属が問題となった「カタールとバーレーン間での海洋境界確定及び領土問題事件」判決では、ICJは低潮高地関する領域主権の取得について海洋法条約規則は沈黙していることを認めつつも16、この問題は島及びその他の陸地と同様の感覚(sense)で考えることはできないとしている17。また、同じく低潮高地に対する主権の帰属が争われた「ペドラブランカ/プラウバトゥプテ、ミドル・ロックス及びサウス・レッジに対する主権事件」判決においては、ICJは低潮高地の帰属を問題とすることなく領海の境界画定を行い、その後にそれぞれの領海内に所在する低潮高地は沿岸国に帰属するとの判断を行った18
   翻って、本報告書においては低潮高地の帰属に関する言及がなされておらず、九段線の内側に所在する島嶼については、専らUNCLOS第121条の島の制度の枠内での議論に始終している。これは、本報告書が先に引用したICJの判決を十分に認識はしているものの、南シナ海における島嶼に対する領有権をめぐる紛争には敢えて踏み込まないというスタンスによるものなのか、それとも米国が中国の法律戦に惑わされているのかについては、本報告書の文脈のみでは必ずしも明らかではない。
   そもそも、Limits in the Seasとは、米国国務省海洋国際環境科学局が海洋に関して各国が行う様々な主張及び海洋境界と国際法との整合性につき検討した一連の成果のシリーズである19。そして、本シリーズは、1970年以降、海洋に関する主張等について国際法(海洋法)の観点に立脚した米国政府の見解を継続的に示す米国政府文書である。なお、本シリーズについて米国国務省は、海洋に関して沿岸国が行っている様々な主張について米国が無条件でこれらを受忍することを意味するものではないと付言している20。そのような点から、Limits in the Seasが米国の国家実行であるかについては慎重に留保を付す必要があるものと思料される。
   また、従前においても米国は、沿岸国が行う直線基線の設定、国際海峡の通過通航の規制及びEEZにおける他国による軍事活動の規制という活動について、UNCLOSを援用して過度な主張(excessive claims)であると批判してきた21。ちなみに、米国はUNCLOSの締約国ではない。それにもかかわらず、本報告書及びその他のLimits in the Seasシリーズにおいて米国は、主としてUNCLOSに鑑み他国の海洋法政策を批判している22。このような米国とUNCLOSとの関係からは、条約の非締約国が条約解釈について締約国に主張することは条約法上可能であるのか、及びその際の慣習法との関連といった論点が想起されるところである。
   学術的には以上のような議論の余地またはやや不十分な部分があるとはいえ、これらの事由により本報告書の価値が損なわれているということにはならない。東アジア及び東南アジア地域においては、主として外交的な配慮からか中国が半ば強引とも見てとれる手法により展開している海洋法政策について率直に批評する国が決して多くはないという現状に鑑みると、政策的な観点からは、国際法の観点から九段線について米国の公式見解を示す本報告書は真に時宜を得たものと評価される。
   九段線をめぐっては、従前、国際的に定評のあるメディアに諸国の海洋法研究者による学術論文が投稿されてきた23。しかしながら、それらのなかには、ある特定の国家の意図を潜在的に体していると思われるものも一定数存在している。そのようななか、海洋大国である米国が本問題について国際法(海洋法)の観点から正式な報告書を発刊した意義は過少に評価されるべきではない。また、先に指摘したような本報告書の限界は、本報告書が学術論文ではなく文字どおり米国の政府機関の報告書であることから生じる当然の帰結である。今後は、本報告書の内容と学界における最新の議論の動向24を十分に踏まえて、本問題について我が国(海上自衛隊)のスタンス及び実務的な観点に立脚した法的検討を行う必要がある。

(2015年1月8日脱稿)

                                                                 吉田靖之
                                                                 運用教育研究部図演装置運用課
                                                                 大阪大学大学院国際公共政策研究科招聘研究員

--------------------------------------------------------------

14Cf., 佐藤考一「中国と『辺疆』:海洋国境―南シナ海の地図上のU字線をめぐる問題―」『境界研究』No.1(2010年)、20頁。
15Richard Cornin and Zachary Dubel,  Maritime Security in East Asia: Boundary Disputes, Resources, and the Future of Regional Stability (Henry Stimson Centre, 2012), p.4.
16Case Concerning Maritime Delimitation and Territorial Questions between Qatar and Bahrain (Qatar v. Bahrain), Judgment of 16 March 2001, ICJ Reports 2001, para.205.
17Id., para.206.
18Case Concerning Sovereignty over Pedra Branca/Pulau Batu Puteh, Middle Rocks and South Ledge (Malaysia v. Singapore), Judgment of 23 Mat 2008, ICJ Reports 2008, paras.297-299. Cf., Territorial and Maritime Dispute (Nicaragua v. Colombia), Judgment of 19 November 2012, ICJ Reports 2012, paras.182-183: Ninke Grossman, “Territorial and Maritime Dispute (Nicaragua v. Colombia), International Court of Justice Judgment on disputed islands and maritime boundaries,” American Journal of International Law, Vol.107, No.2 (April, 2013), p.399.
19http://www.state.gov/e/oes/ocns/opa/c16065.htm, as of 25 December, 2014.
20Id.
21Limits in the Seas, No,112, supra note 9: John Ashley Roach and Robert W. Smith, Excessive Maritime Claims, International Law Studies, Vol.66 (Naval War College, 1994), xiv+ 376pp.
22加えて、米国が展開しているFreedom of Navigation Programme(FoNP)も、視点を変えれば海軍力を背景とした国家意思の強要であるとの解釈が成立する余地があるかもしれない。
23E.g., Zhiguo Gao and Bing Bing Jia, “The Nine-Dash Line in the South China Sea: History, Status and Implications,” American Journal of International Law, Vol.107, No.1 (January, 2013), pp.98-124: Florian Dupuy and Pierre-Marie Dupuy, “A Legal Analysis of China’s Historic Claims in the South China Sea,” American Journal of International Law, Vol.107, No.1 (January, 2013), pp.124-141: Masahiro Miyoshi, “China’s “U-Shaped Line” Claim in the South China Sea: Any Validity under International Law?,” Ocean Development and International Law, Vol.43, No.1 (2012), pp.1-17: Zou Keyuan, “China’s U-Shaped Line in the South China Sea Revisited,” Ocean Development and International Law, Vol.43, No.1 (2012), pp.18-34.
24例えば、九段線を中心とした南シナ海における中国の主張に対して国際法の観点から包括的かつ精緻な分析を加えた最新の業績として、西本健太郎「南シナ海における中国の主張と国際法上の評価」『法学』第78巻第3号(2014年8月)、1-35頁。


 本コラムに示された見解は、幹部学校における研究の一環として発表する執筆者個人のものであり、防衛省または海上自衛隊の見解を表すものではありません。