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 戦略研究会

 中国潜水艦のインド洋進出

(コラム054 2014/10/06)

   9月26日付人民日報は、人民解放軍海軍の通常動力型(ディーゼル・エレクトリック型)潜水艦が、9月中旬にスリランカのコロンボ港に寄港したと報じた 1。ジェーンによれば、この潜水艦はタイプ039「宋(Song)級潜水艦(艦番号「329」)であり、海南島を母港としている 2。中国国防省のスポークスマンは、潜水艦はソマリア沖及びアデン湾で海賊対処活動を実施している中国海軍艦艇へ合流する途上で寄港したと述べており、米国、シンガポール、インドネシア、パキスタン、及びロシアには事前に通知がされていたと報じられた3
   インド洋に中国の潜水艦が展開することは何を意味するのであろうか、そのためには、インド洋の重要性について再確認する必要がある。

  

インド洋の重要性

    米国の海軍戦略家マハンは、海洋が政治的、社会的見地から、最も重要かつ明白な点は、それが一大公路であるということであると述べている4。 ジェット機が飛び、情報化時代が到来しても、世界の貨物の90パーセントと、世界の石油関連物資の三分の二は海を通っている。すなわち、グローバル化世界も結局は海上輸送に依存しているのである5
   そして、インド洋にはバブ・エル・マンデブ海峡、ホルムズ海峡、マラッカ海峡のような重要な石油運搬ルートや、世界貿易のための海運上の主要なチョークポイントがある。世界で海上輸送されている原油の50パーセントがホルムズ海峡を通過し、世界の商船の50パーセントがマラッカ海峡を通峡している 6
   この様にインド洋では世界貿易の大半が行われ、エネルギー資源の世界的な供給地であるにも関わらず、インド洋はしかるべき注意を払われてこなかった。第2次世界大戦や冷戦期、そしてポスト冷戦の時代が来ても、ナチスドイツ、ソ連、北朝鮮や中国といった主役を欠いたインド洋は「第2戦線未満」の扱いを受けていたと言って良い。しかし、情勢は急速に変転しつつある。
   2009年から2011年まで米国防省の防衛政策委員会(Defense Policy Board)で勤務し、2011年と2012年にフォーリン・ポリシー誌で「グローバルな思索家トップ100」に選ばれたカプラン(Robert Kaplan)が、インド洋の安全保障環境を分析した『モンスーン(邦訳:「インド洋圏が世界を動かす」)』を執筆し、さらに続いて、南シナ海を題材とした『アジアの大釜(未訳)』を書き上げたのは偶然ではないであろう。カプランは、西はアフリカの角から始まり、アラビア半島、イラン高原、そしてインド亜大陸を超えてインドネシアまで広がる「広域インド洋」が21世紀の歴史の流れを決めるかもしれないと指摘している7
   中国にとってもインド洋は重要であり、その重要性は増すばかりである。中国の経済成長と歩調を合わせるように原油の輸入量も増大する一方だが、その中国に向かう原油の85パーセント以上がインド洋からマラッカ海峡を通過している8。そして、マハンが指摘するように、海軍というものは船舶交通の保護のために存在する9。中国が海賊対処活動に派遣する水上艦艇はこの文脈で見れば、中国の商船隊の保護であり、さらに言えば、グローバル経済を支える国際的な海上交通の保護への貢献であり、望ましいものとして国際社会もこれを見てきた。

中国潜水艦のインド洋展開の真意

   しかし潜水艦は汎用性に乏しい異質な艦艇である。海賊から商船を護衛するのに、潜水艦は有用な艦艇ではない-特に水上航走では速力が遅く、海賊を威嚇する大砲や機関銃を装備しておらず、丸い船体は海賊船への乗り込み等に用いる小型ボートの運搬や運用に適していない。
   実は海賊対処活動に潜水艦が参加するのは初めてではない。2010年9月から11月にかけて、オランダが海賊対処活動に従事するNATO海軍部隊に自国の潜水艦を派遣しているが、この通常動力型の潜水艦は偵察活動に従事すると報じられた10。潜水艦の最大の長所は、海の忍者としての隠密性であり、敵の根拠地に対する情報収集や、特殊部隊の潜入等に用いられてきた。ゆえに海賊の根拠地への情報収集を潜水艦で行うことも一理あることは否定しない。
   一方で、オランダ海軍という数少ない例を除き、海賊対処活動に潜水艦が用いられてこなかった理由についても検討する必要があるだろう。潜水艦が敵根拠地に対する情報収集で有用であるのは、「敵」の厳重な警戒網を潜り抜ける必要があるからであるが、海賊がどのような警戒網を張り巡らしているのだろうか?少なくても映画「キャプテン・フィリップス」で描かれたソマリア海賊の基地には、ハイテクセンサーどころか、レーダーすら無かった。現在、多国籍軍やNATO海軍部隊が、情報収集を水上艦艇やUAVで行っているのは、それで十分だからではないだろうか。
   中国潜水艦のインド洋への展開はおそらくこれが初めてではない。一例を挙げれば、本年3月のインディア・トゥデイは、中国の商(Shan)級原子力潜水艦のインド洋パトロールについて、中国国防省からインド側に通報があった旨を報じている11。同誌は、潜水艦のパトロールに続いて2、3年後には空母機動部隊が展開するのではとの憶測がインド軍上層部でなされていると報じている。インド海軍南部コマンドの元司令官スシル(KN Sushil)海軍中将は、「中国が我々の裏庭で際立った能力を誇示している」「我々には中国を抑止する戦略的能力が未だ備わっていない」と述べている12。今回の潜水艦派遣を、海賊対処という国際貢献の文脈で読み解くべきか、拡大を続ける中国の海軍プレゼンスと見るかで我が国の安全保障に与える影響は大きな振れ幅を持つであろう。

第1列島線の彼方へ

   ロックリア米太平洋軍司令官は上院軍事委員会で、「潜水艦能力の分野での中国の成長には目覚しいものがある。彼らは巨大でますます能力を高めつつある潜水艦部隊を保有している」と証言している13。歴史を振り返れば、中国海軍は近海防御戦略から始まり、主として沿岸海域を活動海域としてきた。紺碧の海で活動する「ブルーウォーター・ネイビー」に脱皮するために、近年、中国海軍は日本本土から南西諸島を経由してフィリピンへと伸びる第1列島線を越えて太平洋での活動を頻度と期間の双方で拡大してきたことは周知のとおりである。中国は中国沿岸への米軍のアクセスを許さないいわゆるアクセス阻止・エリア拒否(A2/AD: Anti-Access/Area-Denial)戦略を採用しているといわれ、米軍はこれに対抗するJOACAir-Sea Battle構想を発表しているが、今回の中国の潜水艦派遣は近海からの米軍の排除に限らない、グローバルなプレゼンスを視野に入れた戦略に基づくものではないだろうか。ブラウン(James Brown)が述べるように、東インド洋特にマラッカ海峡の入り口に中国潜水艦のプレゼンスが常態化したばあい、域内の数多の海軍の戦略環境を変化させることになる14
    また、将来的には、中国によるインド洋への派遣が様々な理由を付して拡大され、最終的には空母機動部隊の派遣に発展する可能性も否定できない。インド海軍参謀長ドーワン(Robin Dhowan)大将が、「中国の軍艦がインド洋地域に展開されており、インド海軍はこれをモニターしている」と述べている様に、域内の海軍も中国の活動を注視している15
    ジェーン社のテイト(Andrew Tate)によれば、これまで中国はインド洋域に海外海軍基地を展開する野心を否定してきた。一方で、今回のスリランカ寄港は、中国が海上交通線に沿って兵站拠点を必要としていることの現れである16。中国のインド洋戦略とされる、いわゆる「真珠の首飾り(ストリング・オブ・パールズ)」戦略では、スリランカやミャンマーに加えてパキスタンのグワダル港での大規模な港湾開発が盛り込まれている。当然のことながら、インド洋地域における中国の戦略については、慎重に見極める必要がある。「真珠の首飾り」戦略にしても中国の側がそのように述べたものではないし、米国政府の中でも「真珠の首飾り」戦略の存在そのものを疑問視する人もいることは、カプランも指摘している17。 しかしながら、中国がスリランカのハンバントタで10億ドル規模の開発プロジェクトを進めているのは事実であり、そこでは燃料補給施設や製油所等が建設されている。カプランは「いつの日か中国海軍が燃料補給基地やドックとしてこの港を利用するようになるかも知れない」と述べたが、今回のコロンボ港への潜水艦の寄港は「いつの日」が現実のものとなったことを示すものかも知れない。
   特に、原子力潜水艦と異なり、通常動力型潜水艦は定期的に補給を必要とする。中国の潜水艦がどこを根拠地として活動するかは注目に値する。ソマリア沖及びアデン湾で活動するのであれば、パキスタンのグワダルだけでは十分ではあるまい。オマーンあるいはジブチが有力な候補となろう。その場合、「真珠の首飾り」の西方への伸長、すなわちインド洋における中国海軍のプレゼンスが何処まで広がりを見せていくのか、我々は注視する必要があろう。

(幹部学校防衛戦略教育研究部 戦略研究室長 平山茂敏) 

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1“China: Submarine docking in Sri Lanka was routine”, China Daily, September 26, 2014,
http://www.chinadaily.com.cn/china/2014-09/26/content_18668407.htm, Accessed October 3, 2014.
2 “China sends first submarine to take part in Indian Ocean counter piracy ops”, IHS Janes, September 28, 2014.
http://www.janes.com/article/43854/china-sends-first-submarine-to-take-part-in-indian-ocean-counter-piracy-ops, Accessed 4 October, 2014.
3James Brown, “Chinese Subs Lurk Under the Indian Ocean: Cause for Concern?”, The National Interest, September 29, 2014,
http://nationalinterest.org/blog/the-buzz/chinese-subs-lurk-under-the-indian-ocean-cause-concern-11367, Accessed Oct 3 2014.
4アルフレッド・T・マハン『マハン海上権力史論』北村謙一訳、原書房、2008年、41頁。
5カプラン『インド洋圏が世界を動かす』奥山真司・関根光宏訳、インターシフト、2012年、24頁。
6カプラン『インド洋圏が世界を動かす』23頁。
7ロバート・D・カプラン『インド洋圏が世界を動かす』10頁。
8カプラン『インド洋圏が世界を動かす』25頁。
9同上、43頁。
10“Netherlands submarine to join Somalia anti-pirate force”, BBC NEWS, 22 June 2010, http://www.bbc.co.uk/news/10382470, Accessed October 4, 2014.
11“Exclusive: Indian Navy headless as Chinese nuclear sub prowls Indian Ocean”, India Today, March 21, 2014,
http://indiatoday.intoday.in/story/indian-navy-chinese-nuclear-sub-indian-ocean/1350498.html,Accessed Oct 3 2014
12“Exclusive: Indian Navy headless as Chinese nuclear sub prowls Indian Ocean”, India Today, March 21, 2014,
http://indiatoday.intoday.in/story/indian-navy-chinese-nuclear-sub-indian-ocean/1/350498.html, Accessed October 3, 2014
13Statement of Admiral Samuel J. Locklear, U.S. Navy, Commander, U.S. Pacific Command, before the Senate Committee on Armed Services on U.S. Pacific Commnand Posture.
http://www.armed-services.senate.gov/imo/media/doc/Locklear_03-25-14.pdf
Accessed on October 4, 2014.
14James Brown, “Chinese Subs Lurk Under the Indian Ocean: Cause for Concern?”, The National Interest, September 29, 2014,
http://nationalinterest.org/blog/the-buzz/chinese-subs-lurk-under-the-indian-ocean-cause-concern-11367, Accessed Oct 3 2014.
15“Chinese Submarine Headed to Gulf of Aden for Counter Piracy Operations” USNI News, September 30, 2014,
http://news.usni.org/2014/09/30/chinese-submarine-headed-gulf-aden-counter-piracy-operations, Accessed October 6, 2014.
16“China sends first submarine to take part in Indian Ocean counter piracy ops”, IHS Janes, September 28, 2014.
http://www.janes.com/article/43854/china-sends-first-submarine-to-take-part-in-indian-ocean-counter-piracy-ops, Accessed 4 October, 2014.
17カプラン『インド洋圏が世界を動かす』29頁。


 本コラムに示された見解は、幹部学校における研究の一環として発表する執筆者個人のものであり、防衛省または海上自衛隊の見解を表すものではありません。