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 戦略研究会

 自衛隊機に対する中国軍戦闘機による異常接近  -中国の空間認識-

(コラム052 2014/07/01)

   5月24日及び6月12日両日の午前11時頃及び12時頃、自衛隊機に対する中国軍戦闘機による異常接近という事案が生起した。いずれの場合も、空域は東シナ海の公海上空、両国の防空識別圏の重なるところで、近接を受けた航空機は海上自衛隊のOP-3C及び航空自衛隊のYS-11EBであり、近接したのは中国軍の戦闘機Su-27、その近接距離は、30m~50mであった 1。小野寺防衛大臣は、「偶発的な事故につながる可能性のある危険な行為」、「常識を完全に逸した近接行動」であり2 、また、「中国の軍当局もしっかりしたモラルをもっていただきたい」3 として懸念を表明した。これに対し、5月24日の事案では、中国国防省は、「自衛隊機が中国の防空識別圏に侵入し、中ロ合同演習に対し偵察・妨害を行った」(下線部筆者)と反論する声明を発表した 4。これに加え、在京の中国大使館もホームぺージで、程永華駐日大使が「日本の自衛隊機が東中国海の防空識別圏に進入して中ロの海上合同演習に対し偵察・妨害を行ったことについて申し入れと抗議を行った」 5としている。

   このような状況は、中国の危険な行為に対する日本側の抗議に対して、中国側が「防空識別圏に侵入」という表現をもって自らの正当性を強弁しているようにも見える。しかし、そのような見方は、日本側のとらえ方であって、中国側は、強弁しているのではなく、自分たちの行動を本当に正当であると考えている可能性もある。換言すれば、今回の事案は、中国とその他の国との考え方の根本的な乖離を示唆するものであり、その乖離の本質は、領域や海域あるいはその上空といった地理的空間に対する中国独特の認識にあるように思われる。以下、今回の事案をヒントとして中国の空間認識について、若干の考察を加えてみたい。

   まず、空間認識そのものの考察に入る前に、そもそも、なぜ今回の近接事案が問題であるかについて考えてみたい。当然、その近接距離が極めて近く、安全の観点からみて、危険であることは明らかであり6、日本の抗議もその点に重きをおいている。 しかし、たとえ危険であったとしても、国際海域の上空において、軍用機間の近接限度距離を規制する国際法規は存在しない。また、過去の事案等を考えれば、今回の中国戦闘機の異常接近が前代未聞であったかというわけでもなさそうである。例えば、冷戦下であれば、軍用機間ではないものの、ソ連のTu-16爆撃機が、米空母「エセックス」に異常接近し、その近傍に墜落したり(1968年)、黒海において、米海軍駆逐艦にソ連海軍のフリゲートが体当たりするという事案(1988年)も生起している。公表資料で確認はできないが、冷戦期であれば軍用機間でも、このような近接事象はあったであろうと推測される。また、2001年4月には、海南島沖約110kmの国際水域上空で、米海軍EP-3と中国戦闘機が接触し、中国機が墜落、パイロットが行方不明となり、米軍機は海南島に不時着するという事案も生起している。

   つまり、今回の異常接近は、冷戦期であれば、危険な行為ではあるが、しばしば起きうることで、衝突等が実際に生起しない状況で、ここまで注目され公に取り上げられることはなかったかもしれない。その理由は、当時、米ソは、相互にいつ戦端を開いても不思議ではない敵対国として相手を認識していたし、また、東西ブロックを越えた経済的な相互依存の水準は極めて小さく、相手との関係悪化よりも、相互に厳しく対峙し抑止効果を高めることや自国の主張を実力をもって示す必要性の方が大きいと判断されるケースもあったと考えられるからである。また、2001年の米海軍機と中国機の接触事案は、いずれに非があるかはともかく、衝突した場所が、海南島から約110kmと比較的陸岸に近く中国領空に近いところで生起しており、今回の事案が、日中中間線付近で、中国領空からは大きく離隔した場所で生起しているという点で趣を異にしている。

   すなわち、今回の中国戦闘機の行動が一般的に常軌を逸した行為として評価されるのは、安全上の関係に加えて、いかに日中関係が政治的に冷え込んでいるとしても、経済的には相互に極めて重要なパートナーであり、かつ、自衛隊機が領空を侵犯するような懸念もないような状況にもかかわらず、中国戦闘機が極めて危険な飛行形態をとったからである。

   つまり、中国機の行動は極めて不可解の一言に尽きるのであるが、不可解であるが故に、この事象を中国空軍の国際常識の欠如やこれまで予算配分等に不満を有していた空軍が、防空識別圏設定以降、存在感を示す格好の口実を得て、蛮勇を奮い自制が効かなくなっているという、中国軍内部、特に空軍の事情に帰する解説もある 7。そのような可能性も考えられるが、空軍の蛮勇あるいは現場の常識の欠如のみで生起したのであれば、5月25日の事案に対する各方面からの反発を受けて何らかの修正が加えられたはずである。そのような修正を検討するために十分な時間があった状況で、かつ、最初の事案が遠い過去になる以前に同様の行動が繰り返されたことは、中国の指導部が空軍の対応を是としたことを意味している。そうであれば、中国の行動の不可解さの背景は、別のところに求めざるを得ない。

   ここで、その理解の手掛かりを与えてくれるのが、冒頭で紹介した程永華駐日大使による抗議の内容である。大使館の発表文は、冒頭部分に加え次のように続く。 「程大使は次のように指摘した。・・・海上合同演習は、・・・国際慣行に基づき、演習に先立ってさまざまの方法で外部に対し、関連海空域の航行禁止通告を発表している。・・・自衛隊機は勝手に関連区域に入り込んで危険な動作をとった。国際法と国際的な規範に著しく反するこの行為は、・・・」 8。(下線部筆者)

   要するに、中国が設定した、演習のための航行禁止区域に自衛隊機が勝手に入ったのが問題であると公式に非難しているわけであるが、そもそも、国際海域に航行禁止区域を設定するという権限は、いかなる国も有さない。日本を含む各国が射爆撃を行う海空域を告示することも日常的に行われているが、これは、周囲を航行する船舶や航空機に注意を喚起しているにすぎず、航行禁止をするようなことはしていない。しかし、中国が公式の声明文の中で上述のような表現を用いているということは、中国が、国際水域または公海上であっても、排他的な「禁止区域」を設定することができ、これに侵入するものについては、これを排除できると「認識」していることを示唆している。

   また、冒頭に引用したように、程大使の申し入れには、「自衛隊機が中国の防空識別圏に侵入し・・・」とある。この部分は、防空識別圏に自衛隊機が入ったこと自体も何らかの問題行動であるかのような表現になっているが、防空識別圏は、国際法上確立された概念ではなく、いわば、沿岸国が防空の必要上設定するもので、他国に自国空軍機の識別要領を明示したり、識別に関する協力を求めることはあっても、通常、当該空域内で何らかの義務を課したり、ましてや進入そのものについて問題視することはない。このため、中国が防空識別圏を設定した際に行われた日本政府の抗議のポイントも、防空識別圏を設定したこと自体やこれが日本側の防空識別圏と重なっているということではなく、同空域がわが国固有の領土である尖閣諸島上空を含んでいることと、中国が、同空域において自国規則に従うことを義務づけ、これに従わない場合の中国軍による「防御的緊急措置」をとるとしていることについてである 。9

   すなわち、防空識別圏についても、他国の航空機の飛行に対してあたかも飛行の許可を与えることができるかのような言動をとっているという点で、中国の対応は、特異である。 衆知のとおり、中国と周辺国の間では、海洋についても、軋轢が生じている。

   その原因の一つは、関係国と中国の海洋法の解釈の相違である。海洋法の解釈については、中国以外の関係国間でも微妙な相違があるので、相違点の細部についてここで論じることはしないが、中国の解釈の根底にあるのが、排他的経済水域や大陸棚とその上部海域を、あたかも国土、すなわち「海洋国土」であるかのように捉える考え方である。この点については、人民解放軍の「海洋国土観」として、『海幹校戦略研究』において山本論文が、近年、頻繁に使用される概念として紹介している10 。しかし、海洋を国土の一部として捉える考え方は、それほど新しいものではなく、平松茂雄によれば、1989年発行の「国民国防義務手冊」に、「中国の主権及び主権的権利が及ぶ海域の面積は300万平方キロメートル」であり、「沿海の領土は、国連海洋法条約に規定された大陸棚、排他的経済水域の境界線に一致する」 11と記載されている。また、『中国統計年鑑』においては、1990年版から、初めて、「自然状況及び資源」の「国土」の欄に、「海域面積」が加えられ、公式統計のなかに国土としての海洋の地位が明記されるようになった 12。これ以降、同年鑑の編纂年によって大項目の記載場所は微妙に変化するが、2009年版までは、「国土」の一部として「海域面積」が記載されている13

   また、中国統計年鑑による「海域面積」は、473万平方キロメートルとされているが、この内訳は、同年鑑の「海区海域及び漁場面積」の表に示された海域面積、渤海7.7万、黄海8万、東シナ海77万及び南シナ海350万平方キロメートルの総和に等しく、いわゆる第一列島線の内側のほぼ全域を包含した面積になっている。

   これらの事実をつきあわせ、また、東シナ海の防空識別圏が、中国の主張する大陸棚の限界、すなわち沖縄トラフ付近までとほぼ重なっていることを考えると、国際法の規定やあるいは周辺国の主張とは別に、中国が、いわゆる第一列島線よりも内側の上空も含めた立体的な空間を一種の支配領域あるいは勢力範囲のようなイメージで捉えており、その感覚が、周辺国との摩擦を生む中国の振る舞いの根底にあるといえるのではないだろうか。

   このような感覚について、中国社会科学院中国辺彊史地研究センターの李国強による南シナ海のいわゆる「九段線」の法的地位等にかかわる次の記述が興味深い。李国強は、中国においては、「九段線」に関しては、概ね四つの法的解釈が存在し、中国学界では、その法的地位に対する認識が完全に一致しているわけではないが、同線は、「中国の歴史的な発展のもとで形成され、近代以来の中国人民の南シナ海での活動範囲に対する認識を反映しており、中国の地図が作成された当時の基本的な規範から考えれば、・・・「断続国境線」であると確認できる」としている。その上で、これが国際海洋法条約よりも先に成立したものであり、「九段線」は長期にわたって存在し、中国人民の頭に染み込んでいる」ので、これに「適切な法的な地位を与える」ことが必要であると主張している 14。(下線部筆者)

   李国強の主張の妥当性について論じることは、本稿の目的はでない。ここで注目したいのは、引用下線部の「中国人民の頭に染み込んでいる」「認識」について、中国の専門家が紹介していることは、領海や排他的経済水域というような国際法上の海洋区分あるいはその上空の地位などについて、国際法の概念とは別に、中国独特の空間認識とその空間に対する支配を追及する性向が存在していることを示唆しているということである。そしてその空間の範囲は、先に述べた『中国統計年鑑』の「海域面積」が示すように、いわゆる第一列島線の内側の大半に広がると思われる。

   最近の中国と周辺国との海洋やその上空における軋轢は、当然、個々の事案毎にさまざまな背景や事情があり、一律に論じるべきものではないが、ここまで述べたような中国の空間認識がその根底に存在すると考えるべきで、中国の国力の伸長に伴って、その空間認識が様々な行動に現れてきていると見ることもできるのではないだろうか。

(幹部学校運用教育研究部長 高橋孝途) 

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1防衛省, 報道資料「中国軍機による自衛隊機への近接について」2014年5月24日,6月11日 http://www.mod.go.jp/j/press/news/2014/05/24a.html (2014.6.12アクセス)  http://www.mod.go.jp/j/press/news/2014/06/11c.html(2014.6.12アクセス)
2防衛省,報道資料「記者会見 平成26年5月25日(17時54分~18時0分) http://www.mod.go.jp/j/press/kisha/2014/05/25.html(2014.6.12アクセス)
3防衛省,報道資料「記者会見 平成26年6月11日(17時54分~18時0分) http://www.mod.go.jp/j/press/kisha/2014/06/11.html(2014.6.12アクセス)
4「演習妨害と反論=自衛隊機への異常接近-中国国防省」時事通信,2014年5月25日  http://www.jiji.com/jc/c?g=pol_08k=20140525000094.html(2014.6.12アクセス)
5中華人民共和国駐日本大使館「程永華駐日大使、日本機の中ロ軍事演習監視妨害に抗議」2014年5月27日, http://www.china-embassy.or.jp/jpn/sgxw/t1159887.html(2014.6.12アクセス)
6今回の事象の安全の観点からのテクニカル危険性については、小原凡児「非常識な中国機の異常近接 空軍が勢いづく理由」,WEDGE Infinity, 2014年6月5日, p2,http://wedge.ismedia.jp/articles/-/91, (2014.6.12アクセス) が簡潔に解説している。
7Ibid., pp.3-4
8前掲、「程永華駐日大使、日本機の中ロ軍事演習監視妨害に抗議」
9外務省,報道発表「斎木外務事務次官から程永華駐日中国大使への抗議」,平成25年11月25日http://mofa.go.jp/mofaj/presss/release/press1_000013.html(2014.6.12アクセス)
10山本勝也「人民解放軍の意思決定システムにおける中国海軍の影響力」『海幹校戦略研究』第2巻第1号、2012年5月、pp85-86
11平松茂雄『中国の海洋戦略』勁草書房、1993年、p4
12中国国家統計局、『中国統計年鑑1990』
13現在、同年鑑から、「海域面積」の記載は無いが、これが記載されていた「国土」の項目そのものがなくなっており、このため国土面積や海岸線長などの数値もあわせて削除されている。したがって、これは、同年鑑の編纂方針が変更されたことによるもので、海域を国土の一部とする考え方が改められたためとは言えない。
14李国強「中国と周辺国家の海上国境問題」『境界研究』No.1,2010、pp52-53,
http://src-h.slav.hokudai.ac.jp/publictn/japan_border_review/no1/03_li_guoqiang.pdf, (2014.6.12アクセス)


 本コラムに示された見解は、幹部学校における研究の一環として発表する執筆者個人のものであり、防衛省または海上自衛隊の見解を表すものではありません。