海上自衛隊幹部学校

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 戦略研究グループ

 防衛駐在官の見た中国 (その10)
     -中国の海洋国土、公海と公空-


(コラム021 2012/01/12)

 このコラムは、筆者が在中国日本国大使館防衛駐在官1として在勤中に得た雑感をご紹介するものです。読者の皆様が、我が国の防衛・安全保障を考える上で、幾ばくかの参考となれば幸いです。


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 2010年(平成22年)11月30日の中国軍機関紙「中国国防報2」紙上に「『排他的経済水域』は『国際水域』ではない」と題したレポート3が掲載された。これは、当時、黄海周辺海域で実施されていた米韓共同海上軍事演習に対する、中国による非難の正当性を主張するための記事であるが、そこからは、「国連海洋法条約」という同一の国際条約に準拠しながら、米国はじめ多くの海洋国家の解釈4とは異なる中国の解釈が説明されており、そこから中国が考える「海洋観」というものが窺える。

 レポートの本旨は、「米国は『国連海洋法条約(以下、条約)』の批准を拒絶したままでいる一方で、米国が『排他的経済水域(以下、EEZ)』を『国際水域』と称することは条約を無視した違法行為であり、米国は条約及び沿岸国の権利・国内法令に配慮・遵守せず、当該条約の精神に背いた行動をとっている」と言うものであり、その根拠として以下の主張がなされていた。

 その第1は、条約の規定により、EEZは沿岸国が「主権的権利」及び「管轄権」を有しており、「全ての国家に開放された」、「全ての国家が自由に利用できる」公海とは並列した異なる概念であると言うものである。すなわちEEZは領土ではないものの、沿岸国の「海洋国土」の主要部分であり、「国際水域」ではないということである。

 「海洋国土」と言う用語は、近年、中国共産党、政府、人民解放軍をはじめとする中国各界が中国の海洋権益について語る際に頻繁に用いられる単語であり、接続水域のみならず、EEZ及び大陸棚を包含する用語であり、「国家管轄海域5」とも呼んでいる(図参照6)。


「解放軍報」 2010.10.5 記事より


 今回のレポートや中国の海洋関係書籍をじっくりと読めば、「海洋国土」が一般的な領土を示す「国土」とは性格の異なるものであることが理解できる。しかし、詳細な説明のない概念図や、新聞やインターネット上にあふれる幾分センセーショナルな記事からでは、多くの一般的中国国民7や人民解放軍将兵が、「海洋国土」の一部であるEEZも領土と全く等しい「国土」であるという誤った概念を持つことも無理ではない。

 実際に、筆者が在勤中に意見交換した人民解放軍の将兵の多くが、そのような理解に基づく発言を繰り返し、米国のみならず我が国を含む周辺諸国が中国の主権を侵していると非難する者さえ少なからず存在した。

 レポートにおける主張の第2は、条約第58条に基づくEEZにおける「航行及び上空飛行の自由」は、公海のそれ(条約第87条)と異なると言うものであり、「沿岸国及び内陸国を問わず、関連規定の制限の下、第87条が示す航行及び飛行の自由を享受する」とするものである。

 中国はEEZにおける「航行の自由」を否定しているわけではない。しかし、筆者が意見交換した中国の海軍或いは海洋関係者の多くが言うEEZにおける「航行の自由」とは、米国をはじめとする多くの海洋国家の言う「航行の自由」の解釈とは異なり、いわゆる領海内における「無害通航」に近いイメージを抱いている様子である。

 また、レポートには「公空」と言う用語が用いられている。「EEZが『公海』でないことと同様に、EEZの上空も『公空』ではない」、「米国はEEZを『公海』、『公空』と等しい『国際水域』、『国際空域』として概念を恣意的に混同させている」として、公海の上空を「公空」と呼び、EEZの上空は公空とは異なり、「国際空域」ではないと位置づけている。したがって、「EEZ上空を飛行する場合は、公海上空の飛行とは異なる」としている。

 EEZにおける「航行の自由」と同様に、EEZ上空における「飛行の自由」についても、筆者が意見交換した中国の海軍或いは海洋関係者の多くは、いわゆる「無害通航」に近い飛行をイメージしている様子であり、これは2001年に海南島近傍の南シナ海上で発生した米海軍機と中国海軍戦闘機の空中衝突事件8の際の中国側主張の根拠に通じるものである。

 近年、我が国周辺の海洋を巡り、様々な問題が顕在化し、多くの議論が行われている。議論を進める上で、相手が拠って立つ理論、解釈を理解しておくことが重要であることは言うまでもない。


(幹部学校主任研究開発官  山本 勝也) 


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1 防衛駐在官(Defense Attaché):防衛省から外務省に出向した自衛官であり、外務事務官として大使館などの在外公館に勤務し、主として軍事情報の収集などの任務についている。防衛駐在官は自衛官の身分を有しなくなるものの、自衛官の階級を呼称するとともに制服を着用することが認められており、派遣された国の国防関係者や各国の駐在武官との交流や情報収集を行うほか、我が国の防衛政策に対する国際的理解を深めるための活動を行っている。
 国際的には軍人として各国大使館に勤務する駐在武官(Defense Attaché, Military Attaché, Army/Navy/Air Attaché等)と同様に扱われている。
2 中国国防報:中国人民解放軍機関紙「解放軍報」を発行する「解放軍報社」(総政治部の一部局。社長は少将級現役軍人)が週刊で発行している新聞。
3 国営新華社通信インターネット版(新華網)上で、転載記事を確認することが可能。 <http://news.xinhuanet.com/mil/2010-12/07/c_12854815.htm>2011年12月22日アクセス
4 我が国の解釈については、トピックス009「排他的経済水域の基礎知識」参照
5 国家海洋局海洋発展戦略研究所「中国海洋発展報告2011」2011年、海洋出版社ほか。
 同報告には、「国家管轄海域面積は陸地面積の0.96倍である。中国の国家管轄海域(海洋国土)は陸地面積の0.3倍に足らず世界水準以下であり、海を挟んだ8つの隣国に比べて最も少ない。日本は国土面積の11.9倍の管轄海域を一方的に主張しており、北朝鮮は2.17倍、ベトナムは2.19倍、フィリピンは6.31倍、インドネシアは2.84倍である。また、国家管轄面積を世界の総人口で割ると一人当たりの海域面積は0.026平方kmであるが、中国はわずか0.0029平方kmであり、世界水準にはるかに及ばない」(22頁)との興味深い記述がある。
 筆者も中国で行われたいくつかの公開会議の席上、複数の中国の学識者が「日本は国土の12倍ものEEZを主張しているが、中国はそのような欲深い主張はしない」、「EEZは海岸線のみならず、人口や経済力も考慮に入れるべき」と発言するのを耳にしたことがある。
6 「解放軍報」2010年10月5日第2面。「巍巍たる国境の門は我々に何を語るのか」特集より <http://www.chinamil.com.cn/jfjbmap/content/2010-10/05/content_39839.htm>2011年12月22日アクセス
7 中国では一般的な国民のことを、親しみをこめて「老百姓(ラオバイシン)」と呼ぶ。
8 コラム019「海洋における管轄権の拡大」参照


 本コラムに示された見解は、幹部学校における研究の一環として発表する執筆者個人のものであり、防衛省または海上自衛隊の見解を表すものではありません。